第30話 ルツァ・ラオラ②
スイに急かせられたままに走る。
はやく、はやく。
まだ森は途切れない。
少しずつ足の痛みが強くなり、細かい枝を避けきることが出来なくなってきた。
ゼイゼイと息が切れ、足が鉛のように重くなるのを感じながら練習不足を痛感する。
体の使い方が慣れてないので発動時間が短い。
気を抜くと発動が解けそうだ。
はやく、はやく、広場へと。
肺が痛いのを無視して足を動かしているとようやく木々が切れた。
途端に発動が解けて足がもつれる。
なんとか転ぶことは無かったが、立つだけでも膝が震えて辛い。そして今更だけど背中と腕が痺れて痛む。
ガンガン痛む頭痛のせいで視界がボヤけるが、ちょうど良く木陰で何かあってもある程度安全そうな窪みを見つけると二人を引き摺って横にする。
「はあ!?ルツァ戦の前にもう二人戦闘不能なわけ!?」
呼吸が苦しくて咳き込みながらも座り込んで体力を回復させていると、後ろからそんな声が聞こえた。
真後ろで腕を組み、呆れた顔のシンゴがいた。
「……ルツァが…、出たんだよ…」
「ルツァが?あれ?そういやユイいねーじゃん。あいつは?」
「ユイさんは、今、ルツァを引き留めてくれてる…、もうすぐスイさんが、助けてくれる、はずだ」
はぁぁ、と、シンゴが大きくため息をついた。
「もぉ、皆戦闘序盤からそんなんじゃダメじゃんか。パーティなんだから力を合わせて勝たないと。初めてのボス戦なのに!経験値全部貰っちゃうぞ!」
ボス戦?経験値?なんだそれ。
酸欠で頭がうまく回ってないせいかシンゴの言葉がちょっと理解できない。
「お前も早く体力回復させとけよな!じゃないと張り合い無くなるから」
それだけ言うとシンゴは広場の中心に向かって歩いていった。
「…………経験値とか、よくあるゲームじゃねーっつーの」
頭のなかにとあるゲームのファンファーレが鳴り響く。
経験値が蓄積される世界なら、オレなんか解呪の経験値溜まりまくりだ。
「………」
シンゴを見ると広場の真ん中で剣を振り回している。
こんな状況でも元気だな、あいつ。
上がりきった息が正常に戻り掛け、立ち上がろうとしたその時、爆音と共に空に巨大な火柱が上がった。
「!!」
地震でもないのに地面が揺れ、火柱を追うようにして折られたらしい木が空へと放り出されていた。
それが、近付いてくる。
爆発したような音を立てて火柱が立っていた方向の木々が弾き飛ばされた。
それらと一緒に転がり出てきたのは二つの人影。
「スイさん!!ユイさん!!」
素早く体制を立て直したスイがシンゴを見付けると大声を上げた。
「シンゴ様!!戦闘準備を!!!ルツァが出てきます!!」
「よっしゃあ!!まかせとけ!!」
スイの指示でようやく出番だとシンゴが大剣を上段に構え、体制を低くした。
「ユイ様は下がり援護へ回って下さい!!」
「はい!」
「ライハ様まだ動けますか!?」
「大丈夫です!」
まだ若干体がギシギシしているがいけないこともない。
ユイがこちらに駆けてくる。脚を怪我でもしたのか左足の動きが良くなかった。
「ユイ様がコアで回復している間後方援護をお願いします!先程渡した矢はまだありますか!?」
緊急の矢は使ったが、それ以外のやつはまだある。
「それを使ってこれからやって来るノーマル・ラオラを牽制してください!」
「はい!」
返事した瞬間頭に疑問がよぎる。
ん?ルツァ・ラオラじゃなくてノーマル・ラオラ?
首をかしげた瞬間巨大な塊が森から無数の小さな塊を連れだって飛び出してきた。
ダンプカーサイズのオッコトヌシ様…。
そんな言葉が頭を支配した。
猪とサイと牛とをくっ付けてダンプカー程に大きくした凶悪な生物がスイさん目掛けて突進してきている。
そしてそれを大型犬ほどの大きさの奴らが取り巻いているのを見て我に帰った。
あ、ノーマル・ラオラ。あれか。
半分混乱しながらも片手弓に矢を設置するとルツァとスイの間に一発放った。
いきなり目の前を通過した矢に驚いたらしいルツァがその巨体で竿立ちした。素通りした矢はすぐ隣にいたノーマル・ラオラに突き刺さると暴れ始め、周りにいたラオラを巻き込んで大混乱を引き落としていた。
「!!」
そこを銀色の光が一直線にルツァの真下へと伸びた。
シンゴだ。
シンゴの大剣が銀色の光の尾を引いてルツァを真下から切り上げる。
チッと音が聞こえた。
浅かったか。
竿立ちになったルツァの腹から斬られたらしい毛が舞い、ギョロリとその目がシンゴを捉え丸太のような両前肢を揃えると、全体重を乗せてシンゴへと狙い放つ。
「!!?」
ギリギリのタイミングで転がるように退避したシンゴが居たところに前肢が突き刺さり、一気に陥没。その瞬間地面が地震のように揺れ、背後の森から鳥たちが一斉に飛び立つ。
…怖い。
たった一撃で恐怖が体を縛り付けた。
が!
「おい!!この、ノーーコンッ!!!!」
その恐怖もこいつの声で霧散した。
「ヘッタクソ!!射つならもっと確実に射てよ!!」
遠くからシンゴがこちらに向けて中指立てていた。
「はぁ?オレのせいか?失敗したのオレのせいか?」
「ああそうだ!!!ルツァの胴でも狙って動き止めてくれるかと思ったら何で周りの雑魚蹴散らしたし!ヤるなら大物だろうが!!」
「オレが狙ってたのはその雑魚だっつーの!!」
「何喧嘩してんですか!?来ますよ!!」
「!!」
スイの声で視線をシンゴから離すと大量のノーマル・ラオラがこちらに向かってやって来ていた。すぐさま次の矢を装填して先頭のやや大きめのラオラ目掛けて射る。
矢は真っ直ぐ飛んでいき、焦げ茶色の体に突き刺さる。と、思った瞬間。
「!、避けた!?」
先頭のラオラが矢が当たる寸前からだを逸らして矢を回避したのだ。おかげで後ろにいたラオラに突き刺さってこちらも大混乱を引き起こしていたがな。
「……」
偶然か?
更に二度射るが避けられる。
これで分かった。あのラオラだけ他のノーマル・ラオラとは違う。
ただ討っても矢の無駄にしかならなさそう。
かといって…。
後ろにはノノハラとコノンが居る。
意識は多分だけど、まだ戻ってない。
抱えて逃げるにももう距離がなかった。
片手弓を戻して柄に手をかける。
どこまで出来る?
分からないけど、とにかく標的をオレに絞らせて二人から遠ざけないと。
その時、背後から大きな音がして振り替えるとコノンが上半身だけ起こし何かを呟いていた。いや、詠唱をしていた。
「ノ…ノノハラさんが起きるまでは、私の魔法で守ってます…!なので、大丈夫です…!」
《拒絶ノ壁》と叫んだ瞬間地面が大きく盛り上がり巨大な堤防が出来上がった。
ああ、オレもその中に入れてもらいたかった。てか気が付いたのね。優先順位は怪我人が上なので多分無理だろうけど。
残念な気持ちを入れ換えて前を見据える。
車サイズのラオラが一直線に向かってくる、緊張で胸のあたりがチリチリと痛むのを感じながら再び身体強化を施すと距離を一気に詰めた。
「ふんっ!」
タゴスとの訓練やソロ隊長との訓練で培った動体視力を駆使し、ラオラの角が当たる瞬間一歩大きく横にずれて前方へ倒れ込むように剣をラオラの脚目掛けて振るった。
ゴキン。
手の内に伝わる音と共にラオラが悲鳴を上げながら転がっていく。
「ーーっ!いったぁ!」
ビリビリ痺れる手を柄から片方づつ放して振った。衝撃が凄い。手が痛い。
けれど、それに伴う収穫はあった。
目の前に綺麗に切断された前肢が転がっていた。ラオラのだ。
転がっていったラオラを見ると懸命に三本の脚で立ち上がろうとしているが転がっていく途中で残った前肢も捻ったかなんかしたらしく何度も転がっていた。
確か、魔物は回復能力が高いんだったか。
再生能力がラオラにあったかは覚えてないが、体制を立て直す前に仕留めないと。
急いでラオラの側にいくとラオラの殺気立った目がこちらを見ている。
恐い。
残った後ろ足がオレを蹴ろうと激しく暴れていて、危ないので脚の届かない背後へと回る。
あばらの方向に剣を合わせると全体重で剣を差し込んで、剣を捻って体内に空気を入れた。こうすると死にやすいとか。
その後少しの間激しくもがいていたが次第に痙攣に変わって、ついには動かなくなった。
初めての魔物退治で上がった息を整えている最中、思い出した。
そうだノーマル・ラオラ他にも居たんだった。
早く次の攻撃に備えないと、と剣を引き抜きながら辺りを見渡すと前方にノーマル・ラオラの死骸がゴロゴロ。
あれ?
警戒しつつ近くの死んでるっぽいラオラを観察するとやたらボロボロで蹴られたのか胴にへこんだ所が多数ある。そういえばと最初に射った矢の付近にも同じ光景が見られた。
もしかしてこいつら矢で大混乱の末に自滅したのか?
頭のなかでラオラ情報の初心者にもってこいの魔物という文が甦る。確かに初心者に優しいわ。
「初だっけ?魔物退治おめでとさん」
「うわあ!?」
突然掛けられた声に思わず肩が跳ね、振り変えるとユイが居た。そういえば脚の治療で一旦離脱してたんだった。
「って吃驚させないでくださいよ。脚の治療は?」
「もう大分ね。さて、俺もそろそろルツァ戦に参加してこないとな」
前方ではルツァが次々と地面にクレーターを開けつつ火を吹いている光景が見られた。
そのルツァの足元をやたら素早い二人がチョロチョロ動きながら攻撃を加えるも、シンゴの剣は分厚い毛皮に阻まれ、スイは何故か動きが少し悪い。
(スイさんも何処か怪我でもしているのか)
「さっきついでにノノハラにもコアを当てておいたから、じき目が覚める。それまでコノン達のところにラオラが行かないようにしておいてくれ」
任せたという言葉を残してユイは乱闘中のルツァ戦へと突撃していった。
ところで、コアって何なんだろうな。
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