第30話 もしかして、会いに来たの?

 実はねこさんが入院した当日。ぼくはとても不思議な体験をしている。しかし、これ、自分でもとても信じられないことでもある。そして、あくまでも、ぼくは霊感がない。感知度マイナスの人間である。だが、もしも、この不思議体験がそうであるならば、霊感など関係なく、人は不思議な体験ができるという証明にもなりえるだろう。


 さて、前置きが長くなったが、ぼくがどんな体験をしたかを話そう。


 その日の夜、たぶん十一時を回ったくらいのことだったと思う。ハットリくんと長く会話をしたぼくは、それでも寝付けず、なにもする気になれず、ひなさんとともに布団に横になっていた。横向きの状態でスマホをいじりながら、ねこさんのことを考えていたとき、不意にぼくの腰からお尻にかけて、なにかが乗った、かのように、掛け布団に重みが加わったのである。


 ん? なんだ?


 思わず振り返った。しかし、それは一瞬のことで、振り返ったときにはすでに重みはない。それどころか、重みを加える物(者)もなにもない。ただ、布団があるだけ。


 ひなさんはぼくのお腹のところで丸くなって寝ている。ねこさんは入院中。ぼくの家にはねずみもいなければ、ねずみクラスの生き物は飼ってもいない。だとするならば、なんだったのだろう、今のは?


「ちーたくん?」


 そう、ちーたくん。実は『ライ』という名前を決めたにもかかわらず、ぼくは彼を『ライ』と呼べていない。なんだか気恥ずかしくて呼べなくて、あだ名で呼んでしまっていたのである。ちなみに『ちーた』となったのは『ちびた』『ちびすけ』が崩れた結果である。現在はいたずらをして怒るときは『ライ』、遊んでいるときは『ちーたくん』。ハットリくんも『ライ』が呼びにくくなり、『ちーたくん』になってしまったことから、ねこさんの中では『ちーたくん』が正式名称となって固定されてしまっている、実に残念な飼い主に、残念な結果となっている。


 さて、また横道にそれてしまってので本題に戻すとしよう。結局、そのとき、一回だけ、こんな体験をしただけで、それ以降はない。ぼくが勘違いをするくらいにねこさんを心配していた結果、錯覚を起こしたのであろうか? それにしても、踏まれていったかんじはとてもハッキリしており、あれが夢だとか、錯覚だったとかとは考えにくい。


 聞いてみようかな? でも、あいつ、笑うんじゃないか? 


 こういう話に強いヤツを、ぼくは一人知っている。ハットリくんである。がしかし、霊感マイナス値のぼくの話を、イタコレベルの彼が真剣に取り合うだろうか? 勘違いや思い込みと笑われるのではなかろうか? 事実、ぼくは以前、ハットリくんに霊体験っぽい話をしたことがあるのだが、そのときはバッサリ、勘違いと切り捨てられている。


 悩んだ結果、翌日、ぼくはこの話を彼にしてみた。すると、予想外なほど、彼は真剣に聞いてくれたのである。ちゃかすことも、笑うこともしなかった。そんな彼が言ったのは、間違いなく会いに来ていたということだった。


「おまえに会いに来たんだよ。おまえのことが心配で見に来たんだと思うよ」

「笑わないのか?」

「なんで? 笑わないさ。よくあることだよ。それくらい、あいつはおまえが好きだということだ。とにかく、おまえが元気がないと心配させることになるから、ちゃんとしろよ」

「うん……そうだね」


 心配していたはずのぼくが、ねこさんに心配をかけてしまっているなんて思わなかった。元気になれと言っていたのはこちらのはずなのに、ぼくが励まされてしまったのかと、そう思うだけで、ダメなヤツに拾われてごめんという気持ちでいっぱいになった。


 もしも、あのとき、ぼくに拾われさえしなければ、彼はもっといい飼い主さんを見つけられていたかもしれない。もっと苦しめずに、風邪もひどくならずに済んだかもしれない。それでも、こうやって会いに来てくれるくらいには、ぼくを慕ってくれているんだと思えたら、ぼくもあきらめちゃいけないんだと、さらに強く思えてならなかった。


 そしてハットリくんはこんなことも言った。


「ねこは愛情が深いんだ。いぬよりもずっと、ねこは愛情深くて、賢いから。だから、おまえの愛情も伝わっていると思うよ」


 と――


 だから、動物たちは人ではなく、一緒に過ごした家に憑くんだと、スピリチュアルな雑学まで一緒に教えてくれたのだけど、これはなんとなく、わかるような気がする。実際、過去、実家で飼ってきた子たちも亡くなってから、会いに来たんだなと思えるようなことがあったから。フローリングの上を走るときに鳴る爪の音を、小さい頃、ぼくは何度か聞いたことがあったから。


 寂しさと心配とで、ぼくに会いに来てくれたねこさん。そこまでの愛情を持ってくれた彼に、今後ぼくができること、それはきっと、それ以上に愛情を注ぐことだけなのだと思う、スピリチュアルな体験だった。

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