第17話 男前だな。だけどさ……

 ねこさんとの共同生活も一週間を迎えようとしていた頃、ぼくはハットリくんとともに、さらなるねこさんの居室改革に乗り出していた。ゲージは完成し、トイレもセットし、メッシュマットも入れ込み、ねこパンチマシーンも完備された居室なのだが、それでもまだ、彼の寝床がどうにも寂しいように感じられたのだ。いや、そりゃそうだ。メッシュマットの上にタオル敷いただけだもの。そこにねこさん、ゴロンする。普通なら、クッションベッドみたいなものを用意して、囲ってやる方がいいに決まっている。


 そんなわけで出かけたのだが、広いゲージの半分はトイレで占領されており、さらに二階に飛べるほどの脚力もとい、体力がないように見受けられる以上(実際は体力はないし、脚力もないから、一階部分しか使用できない。二階は意味をなしていないのである)どうにか、残りの半分を暮らしやすくするしかない。メッシュマットを敷いても、ふかふかにはならないし、ふわふわタオルを敷いてるからまだ寒さがダイレクトに伝わることもないだろうけれど、元気なく、一日寝てばかりいる彼にどうにか喜んでもらえる居室作りというのは本当に悩ましい問題だった。


 例のごとく、ホームセンターと百円ショップを見て回る中での話題はもちろん、ねこさんのことである。


「にしても、よくおまえ、預かったよな。普通なら、その場に置いていくぞ。飼う気ないならさ」


 ハットリくんのこの言葉に、ぼく自身も首を傾げた。なぜなのか、自分自身でもわからない。


「なんでかねぇ。よくわからん」

「まぁ、頭のどこかで考えていたんだろうな。ひなも年だし」


 それはある。ひなさんは現在十四歳。ぼくは彼女が亡くなったら、もういぬは飼わないと決めていた。別れがつらいとかではなくて、彼女を忘れるのが嫌だったから。新しい子を見つけてしまうと、どうしても亡くなった彼女を忘れがちになってしまいそうで、それが嫌だったから、飼うことは一生しないと決めていた。でも、ねこならいいかな……なんてことを、実はちらりと考えていたのだ。そう、ねこさんと出会う一か月くらい前の話である。それを両親にちらりと漏らしたこともある。彼女がいなくなった後の生活を思うと、どうしても寂しさが募って、ペットレスになりそうな気もしたからだ。だから、いぬではなく、ねこならいいかなと思ったのは確かであった。


 さらにこの時期、ぼくはねこを登場させた小説を考え、その下書きをしていた。しかしである。ねこを知らない。ねこを知らなすぎて、ねこを描写できないことにストレスを抱えていたのだ。実際、ねこを登場させた短編を書いたのだが、やはり描写はいまいちだったと思う。そのタイミングで彼に出会ったのは、運命だと思えてならなかった。こういう縁もあるものなんだと――


「それはある。でも、まぁ、飼うとは思わなかった」


 ちらりと考えただけで、本当になるなんて誰が想像できただろう? 


「飼うって決めたのもすごいよな。そういうところ、おまえ男前だと思うわ」


 褒められた。珍しく褒められた。ハットリくんに褒められることなど滅多にない。けれど、このときばかりは素直に感心された。そういうところが好ましいとも……いや、どうした? ハットリ!? であるのだが、会話には続きがある。


「だけどさ、仮に身体壊して、治療するのに二十万かかりますってなったら、どうするよ? ひなも介護になったら金掛かるのに、若くして入院ですって、できるのか?」

「ああ……保険利かないしなぁ。治療費、高いわなぁ」

「二十万って大金だぜ?」

「まぁ、二十万払って治すってなったら、わからんなぁ。治療しないかもしれん」

「まじかよ! ひでぇな。やっぱり、おまえはそういうヤツだよな」

「って、大体さ、そう言いながら、いざとなったら助けるに決まってるって、おまえ、わかって聞いてるだろう、それ?」

「うーん、どうかなぁ」


 談笑しながら、ぼくらはねこさんに毛の長いマット二つを購入した。二百円ほどの買い物だったのだが、きっとアイツなら喜ぶよな、ふわふわ好きだからさと、ルンルンしながら帰宅し、セッティングした。しかし、ねこさん、見向きもしなかった。メッシュマットの上に置かれたそれは、未だにあまり活用されず、とりあえずの床材として設置された状態である。しかし、改革はできた。うちにたまたまあった(どうしてあったのかは忘れた)ラッピング用のカゴのサイズがすこぶるお手頃だったのだ。ここにふわふわタオルを入れ込み、ベッドに改良。寝ているねこさんを移動させると、これが本当にベストサイズで、ステキベッド完成したな、天才だぜ、ふっふっふと自己満足したくらいである。


 しかしながら、こんな笑い話として気にも留めなかったことが、現実味を帯びてくる。体重の増えないねこさんは、その日、ぼく自身が驚くほどの呼吸をしたのだ。伏せたような状態で、ぐわっ、ぐわっ、ぐわっと大きく腹で息を吐いたのか、吸ったのか、よくわからないが、むせたような咳を数回繰り返す。全身で強く咳き込んだ彼の身体は、いつもより熱いような気もした。


 日曜の診察は午前中のみ……ということで、翌日の月曜日、仕事が終わってから獣医に向かうことになるのだが、きっと、ぼくは遅かったのだ。もう少し、早い段階で連れて行けば、彼を苦しめずに済んだかもしれない。死神は確実に小さな彼に忍び寄っていたのだから…… 


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