第6話 断念、断念、断念なのである

 夜の十時を回って帰宅してみると、先住犬であるひなさんがいつものようにぼくを出迎えてくれた。まずは彼女に報告し、お許しをもらわねばならない。これをクリアーしないことには、ぼくはねこさんを迎え入れることができないのだ。もしも、彼女がNOと言うのなら、ぼくがどれほど覚悟をしようと、ねこさんのお世話は断念せねばならない。

 

 獣医さんの「わんちゃんと一緒に育った子は社交性のある子に育ちやすい」という言葉を胸に、とにかく彼女にお許しをもらうことにした。果たして、彼女は受け入れてくれるだろうか?


 実はひなさん、小さい頃は実家のわんこたちと暮らしていたため、幼少期にしっかり社会性を学んだわんこさんである。先住犬にきっちり立場を教えてもらい、他のわんこに対しても、割と寛容な子なのである。十四歳と高齢の今も、足腰はしっかりしているし、この年になっても大病という大病はしていない、とてもよくできた子でもある。


 そんな彼女にねこさんの入った段ボールを見せる。ねこさんは初めての獣医さんと環境が変わったことで元気が全くない状態。そんな段ボールの中に顔を突っ込んだひなさんは大興奮状態。


「ワンワンワンワンワンッ!」


 ほえまくる。


 しつこいようだが、時間は夜の十時を回っている。この時間帯で鳴いたら、騒音レベルの迷惑音量でほえまくる。


 あかーん。これはあかーん。


 彼女をなだめるように頭を撫でるも、やはり得体の知れない白い物に対して、彼女の警戒心は解けず、元気のないねこさんを鼻先で転がし、ワウワウとほえまくる。ねこさん、無抵抗。


 あかんっ。本当にあかーん!


 ご対面は五分で終了。初日で仲良くなるはずはなく、ひなさんから引き離すことを決める。すんなり受け入れてくれる……かもなんて甘かったのである。


 とりあえず、彼女から見えない場所にねこさんを移動する。ねこさんはじっとしている。無理もない。この時点ではまだ、水も、食べ物も口にしていない。どれくらい、食事をしていないかもわからないのだ。まずはねこさんのお腹を満たしてやらねばならないだろう。


 購入したミルクを開けて、獣医さんで教えてもらったように作ってみる。


「ホットケーキの生地よりは薄く、水よりはもったりとって……難しいじゃん!」


 とろみの具合に苦労する。さらさらすぎても飲みにくく、もったりしすぎでもダメ。さらに言うなら、ひと肌温度にしなければならない。ねこは冷たすぎても、熱すぎてもダメ。


 なんだ、この難しい塩梅は!


 計量カップでミルクを計り、缶に記載された水の分量を作る。まだ、この時点ではねこさん専用の器はないので、小さなお皿にミルクを作る。

 しかし、ぼくはわかっていなかった。平皿に少ない分量だと、すぐに冷めてしまい、ミルクは固くなってしまうのだ。


 急いでねこさんにミルクのお皿を渡す。ねこさん、臭いを嗅いだ後、ぺろぺろとミルクを舐める。舐めるのだが……減らない!?


 作りすぎたわけではない。決して作りすぎたわけではない。むしろ、少ないかもしれないと思っていたくらいの分量なのに、ねこさんは半分も舐めればいいくらいしか飲まないのだ。逆にお皿のなかに手を突っ込むものだから、手がミルクでべったり汚れてしまった。


 ひぃっっっ、なんでそうなる!?


 食欲はないし、手は汚すし。ミルクが美味しくないのかと、買った缶詰を少し与えてみる。臭いを嗅いで、ぺろぺろぺろと舐めるものの、こちらもまったく減らない。


 なんで食べないの!?


 ひなさんからは引き離したし、見えないところでご飯を与えてみても、やっぱりねこさんは食べない。環境が変わったことで、食欲がないのかもしれないと思い、無理に与えるのをやめて、ゆっくり休んでもらうことにしたが、その前に、もう一つやらねばならないことが出てくる。排泄である。


「ごはん食べたときに一緒に陰部を刺激して、出させてあげてみて」


 獣医さんに教えられたように、ティッシュで陰部をちょんちょん刺激する。しかし、何度刺激してもしない。ティッシュを濡らしても、やっぱりしない。


 ガッデム! なんでやねん! なんで出ないねん!


 排泄断念である。とにかく寝てもらおうと、段ボールにタオルを敷き、ねこさんを休ませる。


 今はわかるのだが、十分に飲み食いしていなければ、出るものだって出ないのだ。すでにこのとき、ねこさんはかなり弱っていたのだと思う。そう、今ならわかるのだが、環境が変わったからの元気のなさではなかったのである。


 心配は残しながらも、この日、ぼくもねこさんも就寝する。しかし、その次の日、初日よりも困ったことになってしまうのであった。

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