第184話 英雄の証明
オレに勝ち筋はあった。
言うまでもなくすみの性欲は見えていたからフォーヴ・チェンジして戦うことも出来たし、クッキーの新たなキュイ・ダオ・レーンを食欲で取り込むことも出来た。
でも、それは求められてる勝ち方じゃない。
それくらいはわかっていた。
白い獣になれば勝ったとしてもクッキーに手を出すことになるのは間違いないのでリスクが大きすぎるし、オレの妻ということで身を守るために戦うすみの武装を食ってしまったのではリスクを大きくする。どちらも選べない。
オレの戦い方は正統的ではなさすぎる。
戦いながら考えていた。
スピードで上回られても、プリンス殺しの威力を込めた弾をぶち込まれても、考える余裕があるくらいオレは強くなっていた。気がつけばというべきか、なんだかんだで戦いつづけてオレの肉体は強化されていたというべきか。
攻撃は避けられるし、やろうと思えばすみを殴れたし、殴ったとしても零次元防壁が組み込まれてるであろうクッキーの鎧の中が安全なのもわかっていたし、殴り合って勝つことも出来たと思う。自惚れじゃなく。
でも、そうはしなかった。
「ちょーじゅーりょくほーかいけーん!」
秘密兵器。
クッキーの操るテヤン手とキュイ・ダオ・レーン・Sによって擬似的に重力を崩壊させ敵を引きずり込むブラックホール状の空間を現出、突き出したプリンス殺し十発分のエネルギーを収束した剣へ突き刺すそれをオレは受けた。
「ごぶっ、オレでなきゃ死んでる…………」
心臓ど真ん中。
「いえーい。わたしたちの勝ちー」
すみの嬉しそうな顔を見て幸せだった。
「これを持ってたら兄さんもウチらを心配せんでええやろ? 仮にこれで相手が止まらへんかったらさらに超重力崩壊させて相手を潰すところまで行けるからな。流石にランキング戦では危なすぎて使えへんけど」
実験成功で胸を張るクッキーは可愛かった。
負けて悔いはない。
「あっ……あ、あ、ああっ」
その夜が過酷でも。
「……」
「起きた? どうだった?」
目が覚めたときにすみがオレの胸の上に頬を乗せて微笑んでくれる。逆の立場だったら好きな相手でもあそこまで出来ないということまでしてくれる女性を嫌いになったりはしない。
「癖になりそうだから、たまにでお願いします」
「もー……正直だなー」
ハードな行為も、結局は愛情次第だ。
「……勝たなくてもなんとかなると思ってる」
「え? なに?」
「言われたんだよ。オレは戦いに関してそういうところがあるって。自覚なかったけど、そうかもしれないなって思った」
先輩の言葉がなんだか突き刺さっていた。
「ふーん? それはわざと負けたって言い訳?」
すみにはピンと来なかったみたいだ。
「いや、そうじゃなくて」
オレは言う。
「結局、ヒーローには向いてない能力なんだな、ってことだよ。いや、まぁ、暴力も普通にそうなんだけど、勝とうとすると余計なものまで壊しちゃうところがあるだろ? オレの場合」
「あー、夫婦関係を?」
すみはわかったという風に頷いた。
浮気が念頭にあるんだろう。
事実だ。
「……うん、端的に言えばそうだけど。今まではまぁ……その場その場で必死だったから、あんまり後先考えてなかったけど、これから普通にヒーローとして冷静に戦おうとすると、オレはオレの能力をセーブせざるを得ないな、みたいな」
「でもー、睡眠欲はー?」
ずりずりとオレの身体の上を這い上がってすみは顔と顔がくっつく距離まで合わせてくる。なんてやわらかい感触だろうか。吸い付いて密着して互いの体温で溶け合いそう。
「あったとして使えるのかどうか?」
オレは抱きしめながら答える。
「オレの場合、食欲は
欲ボールのことは隠した。
「で、三大欲求とは言われるけど食欲性欲と比べると睡眠欲って質が違うと思うんだよね。まず欲が限界まで高まったら眠っちゃう訳で、なんらかの能力として目覚めたとしても戦いに使える気がしない。欲求を高めるために常に寝不足を維持するとか戦闘とは別の意味で辛いだろうし」
「そーだねー」
オレの説明にすみは頷いた。
「欲としては寝たら満たされるもんねー」
「そこなんだよ」
強めに同意する。
「食欲は食べるものがあってはじめて満たされるし、獣の性欲はほぼ繁殖欲で子供を作って満たされる。対して睡眠欲は自己完結する。なんか強くなるイメージがわかない。これって能力そのものにも影響するだろ?」
「するだろうねー……」
すみがそう言って、会話が途切れた。
「……」
居心地の悪い沈黙じゃない。
オレはやわらかい身体を抱きしめて、それからいろんなところの感触を確かめながら天井を見つめて、軽い勃起の気持ちよさに身を委ねていたし、すみはそんなオレの無遠慮な動きを受け止めながら首筋に唇を当てて動かしていた。
こんな話がしたかったんじゃないんだ。
そう感じる。
言葉が上手く出てこない。
「ごめん」
「どーしたの?」
「すみに不安をぶつけてる」
謝った。
オヤジはテロリストで。
オレもテロリストになるかもしれない。
伝える言葉もない。
伝えていいのかもわからない。
なにもかも。
「……そんなことないよ。わたしたちが正生くんに預けてるものの方がずっと重いから」
「預けてる?」
「期待とか、希望とか、夢とか……」
「応えられそうにないな……」
自分のことだけで手一杯なのに。
「……失望ばっかりさせてない? すみにしたら結婚の夢を現在進行形でぶっ壊してる気がする。オレが相手じゃなきゃ、あんなことをすることもなかっただろうしさ」
「わたしは、ヒーローに向いてると思ってるよ」
すみはオレに覆い被さるようにして目線を合わせて言う。持ち上がってぶら下がる乳房に視線が行かないようにするので必死になる角度だ。
ああ、なんて。
「気休めは」
素直に頷きたかったけど、オレには出来そうになかった。ここで甘えても、この先に待っているものが好転することはない。預かっているものを裏切るだけ、失望が大きくなるだけ。
「英雄は身勝手でいいんだよ」
でも、すみはオレの目を見つめていた。
「……どういう意味?」
「クマちゃんは苦しんでた」
「伊佐美?」
「強すぎるから、自分より弱い相手をいつも叩き潰すことになるのが重荷になってた。わたしはそういうクマちゃんの心を楽にすることを特科でしてたのね? わたしの能力だけじゃそこまで効果なくて、色々と社会貢献とかもやるようになって落ち着いたんだけど」
すみの声はいつもより穏やかだった。
その響きがオレに向けられてるのもわかる。
「……ああ、それは聞いた」
頷く。聖人君子。
「あさまちゃんは苦しんでる」
すみは言う。
「お兄さんのこととか、家のこととか、呪術の才能とか、わたしもちょっと聞いたぐらいだけど、見てればわかる。なかなか自分を解放できないでいるのはね。わたしに力があればなんとかしてあげたくなる」
「うん」
それはオレも感じる。
「クッキーちゃんは先に進めなかった」
微笑んですみは続ける。
「先に?」
「信じられないかもしれないけど、ずっとスランプだったんだよ? 天才だからそういうのも見せないようにしてたけど、わたしは知ってる。意外とアナログで乙女なかわいい日記を」
「ええ……?」
オレは眉を顰めた。
それはちょっと管理人を逸脱してないか?
「みんな正生くんが変えた」
気にせず、すみは言う。
「すみ、あのさ」
「ルビアちゃんはずっとなにか悩んでる風だったけど、正生くんと結婚するって言い出してからは吹っ切れた感じだし、みひろさんは離婚に踏み切ったけど、たぶんあさまちゃんと和解できると思う。マタちゃんはマダムになったし?」
「それは違うんじゃ」
「わたしは正生くんに一目惚れした」
オレの反論をすみは圧殺する。
「……」
「犯されても、その変化で受け止められた」
「偶然、良い方に転がっただけで……」
「それが英雄の証明だよ」
言い切って、すみは両手でオレの顔を包む。
心臓の上にすとんと腰を落として、その温かな重みを確かめさせるように身体を起こしていく。触れ合う肌と肌は熱かった。
「みんなの期待も希望も夢も、身勝手だから。クマちゃんの強さに求めるものも、あさまちゃんの境遇に求められるものも、クッキーちゃんの天才さに求められるものも、周りの人間の身勝手な気持ち。だから英雄も身勝手でいいんだよ」
「でも、その結果がどうなるかは」
「ダメなときは英雄が捨てられる」
「!」
「でも、わたしは捨てないよ。もう正生くんはわたしの英雄だから。そっちが捨てたくなったって捨てさせない。わかるでしょー?」
すみの片手がオレの顔から首へ、そして身体を撫でて下半身へと動いていく。ペニスさえ横切ってその裏筋の奥の奥へと爪がなぞっていく。
「……う」
「悩んでも仕方ないってこと。求められる間は求められるし、捨てられるときは捨てられる。それはみんなが身勝手だから。ヒーローはそれに身勝手に応える人だよ。正生くんは向いてる」
理屈にはなってないような気がした。
「すみがそう言ってくれるなら」
でもオレが少し安心したのは確かだった。
「うん。いつでも言ってあげる。さー、それじゃ、身勝手におっぱいを吸ってもらいましょーか? 頭なでなでしてあげるからねー?」
「……なぜに?」
この人はなにも考えてないだけかもしれない。
「この世で一番身勝手なのは赤ちゃんだから!」
「ばぶー」
でもオレにとっての英雄だった。
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