第154話 惚れ薬
あさまが勝手に暴走しはじめた。
色手がいたずらをしたわけでも、オレが性欲に触ったわけでもなく、食欲が満たされた結果として性欲が昂進したからか、デートは次第にいやらしい方へと流れていった。
きっかけは下着売場での会話だと思う。
「ネグリジェっていいな」
何気ない一言。
もちろんオレは、女性がそれを着てくれたらいい、というつもりで発言したのだが、あさまはオレ、つまり間々崎咲子が着るものとして解釈したようだ。些細な行き違いと言えるかどうか。
理解力の問題な気もする。
「今晩はこれで」
さんざん、恥ずかしい下着の着せかえを行って店を出た直後に、あさまはオレに透けた白いワンピースの入った袋を見せる。
「思い切った……」
「……」
じっとこちらの反応を見ていた。
「え? ワタシが着るの?」
「着ないの? 気に入らない?」
寂しそうに言われて、行き違いに気づいたが、
「着る。着る着る」
オレに拒否する度胸はなかった。
どうせ女の格好で過ごすんだから、多少の恥ずかしさがプラスされたところで問題ない。全裸で表を走り回ることを考えれば、桁違いに文明的だ。いい思い出になるかもしれない。
甘かった。
「次はこの店にしよう?」
「アロマ?」
興味はなかったが、あさまが見たいというのならば特に異存はない。ついていく。センター内のショッピングモールには色々あるな、ぐらいの軽い気持ちだった。
「いらっしゃいませ。なにをお探しですか?」
店主は化粧の濃い怪しい雰囲気の女だった。
その女からも、店中からも、得体の知れない香りが混ざり合ってただよっていて、オレは一気に気分が悪くなる。この店、なにか変だ。
「性的興奮を高めるの、ありますか?」
あさまは直球勝負だった。
「!?」
「ありますよ」
そして店主は笑顔で応じる。
「!?」
「ください」
なんだこの躊躇のないやりとり。
「では要望をお聞かせください。ノーマルなカップルはもちろん、女性同士、男性同士、使うタイミングも導入から、最中、事後、相手から攻められたい、自分から攻めたい、様々なシチュエーションを決めておくことで、効果は跳ね上がります。年齢は、おいくつ?」
「十六です」
「ああ、いい頃合いです」
なんだこの会話。
オレは置いてけぼりだったが、あさまは店主と話し込んで、複数本のオイルキャンドルを購入していた。詳しくは聞きたくなかったが、すぐに聞かされることになった。
「おまけでオイルをもらったの」
「オイル?」
「マッサージオイル。早めに塗っておくとアロマがより効くんだって。咲子、塗らせて?」
「あのさ、今晩は女同士だから」
「塗らせて」
有無を言わせなかった。
匂いが強いとかなんとかで、展望デッキまで連れ出され、オレはあさまにされるがままにオイルを塗られる。指の先からオイルが染み込むようにじっくりともみ込まれる。
「どう?」
「どうって、マッサージは気持ちいいけど」
匂いはあんまり好きじゃない。
酸っぱいような、しょっぱいような、オレの鼻が敏感になってるのは事実だけど、嫌な臭いは無意識にシャットアウトしてるはずの部分が上手く機能してないというか、匂いの方から、鼻に入ってくるような、なんか頭がぼんやり。
「あのお店、惚れ薬売ってくれるって噂があって。聞いてみたら、これだって」
「あ、あ」
あさまの言葉がぐらぐらと揺れていた。
惚れ薬? おまけじゃなくて?
「能力らしいの。身体の分泌物を、その時の感情を呼び覚ます成分にするって、ね」
「かん、じょう?」
「実際には、そこまで効果覿面でもなくて、たっぷりと時間をかけて塗らないといけないらしいけど、わたしを一番好きになって、正生」
あさまは耳元で囁いた。
そしてスカートの中に入ってくる。
「あ、さまっ、やめっ」
「こんなにして、ね」
大胆な指先の動きにオレは翻弄される。
ぐったりしたまま、あさまに連れられてバスに乗り穂流戸市まで、他の乗客はいたけど、あさまはオレを窓際の席に寄せて、ずっと脚を触ってた。気持ちよかった。
「すみさんはまだ仕事中みたい」
「っ」
ただ皮膚を撫でてるだけなのに、刺激がある。
なにかされてるのか?
「でも、心配しないで、わたしは結界通れるから。それに、その姿、他の住人に見せる訳にいかないでしょう? だから、まっすぐ部屋まで行って、朝まで、ずっと、ね?」
「う、ん」
眠たい。
バスの揺れにオレはうとうととする。
意識は途切れ途切れ。
バスの屋根が吹き飛んだ。
「エンジェル!」
「?」
だれだっけ?
「待って! 連れて行かないで!」
あさま?
「……」
オレはだれかに抱えられて、空を飛んでいた。身体に力が入らない。けれど、その腕は優しくオレを包み込んでいた。
「救出したおれ、勇者っしょ?」
「ゆ、うしゃ?」
どこか白い場所だった。
「仲間を助けて日本に一緒に? 帰ったら挙式? やばいっしょ? まずプロポーズっしょ? 眠り姫よろしく? 勇者はそうじゃない? 敵を倒して、世界を平和にしたら?」
「……」
うるさい。寝れない。
寝れない。
寝れ。
寝る。
寝ろ。
「っ!?」
オレは飛び起きた。
気だるさが完全に消えて、気分壮快、ここ数日の疲れも完全に吹っ飛んでたけど、とんでもないところで寝たのは間違いない。
デートは?
あさまは?
「なんだここ」
やたらとなにもかもが白い部屋だった。石造りの壁は象牙のようだったし、ベッドはクリーム色、白のコントラストで家具も調度品も作られている。目に優しくない。
「……」
パタン、と本を閉じる音がした。
「?」
オレは目をこらして、そこに白い人がいることに気づく。ベッドの脇の白い椅子の上、なにもかもが白い。髪の毛も、服も、白目はもちろん、黒目さえも白い。濃淡のある白はしかし白い部屋に溶け込んでしまっている。
本まで白い。
「女?」
「あなたも、女」
白い女は冷たく言った。
「……」
そう言えば間々崎咲子のままだ。
「ここは?」
「勇者の、船」
「船?」
「宇宙、船」
そこは区切るところなのだろうか。
「勇者の、仲間なの?」
オレは言う。
「違う、妻」
「勇者って既婚者なんだ」
それは意外だ。
結婚してもあんなホスト風だなんてよっぽどの頭である。関わりたくない限りだ。いや、勇者の船にいるってどういうことだ。オレ、バスで寝ちゃって、なんか、誘拐されて。
「妻的、な」
「誘拐!?」
オレ、誘拐されてんのか?
「!」
「あ、あー。なんでこんなことに?」
あさまが怪しげなオイルを塗ってきたからだ。
それで油断しきって、弛緩しきって。
「で、出口」
オレは白い部屋を見回す。
白いだけで、窓もなく、出入り口もわからない。入ってきたんだ、出られないってことはないはず。だが、どこだ。見分けがつかん。
「面倒くさいっ!」
オレは壁を思い切りぶん殴った。
室内全体が揺れて、白い女がベッドに倒れた。だが壁にはなんの変化もない。手応えがない訳でもないが、単純に物理的な壁でもなさそうだ。閉じ込められてる。
「ああああああっ」
「落ち着け、女」
白い女が頭を抱えるオレの背中を叩く。
「これが落ち着いていられるか!?」
「その通りじゃっ!」
色姫が頭の中で叫んだ。
おい、ちょっと今、立て込んでんだから出てくるな、と思ったときには色手が白い女に伸びて、ソフトに上半身を撫で回していた。
「ひゃっ!?」
「退屈じゃ! 妾はそちが手込めにされるのを待ってたのじゃぞ! なにを寝こけておる!」
なに勝手なこと言ってんだ色ボケ!
「あ、ちょ」
左手を捕まえようとしたオレの右手が、白い女から出ていた性欲に触ったのはそのときだ。白い部屋の中で白いもやはまったく見えなかった。
「ひゅいっン!」
カク、と白い女が腰を落とし、床に色が出る。
「あ」
おい、色ボケ。
「やりすぎたの。見た目以上に初心じゃ」
言うべきことはそうじゃねぇよ!
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