第145話 ジェーン・ゴールドスター

 追っ手を振り切って走ったつもりだったが、ひとつの気配がピッタリと付いてきていた。そこには余裕が感じられる。おそらく追いつこうと思えば追いつけるが、距離を保って追跡するつもりのようだった。


 背後、上空。


 無視して五十鈴家に向かうべきかどうか。


「戦いたくはねぇんだけど」


 しかし無視もできない。


 オレは気配の方を見ないようにしながら、飛び移っていた山の木を降りて、森の中に入る。正体不明の相手を連れて戻るのもかなり不安だ。


 ヤってる最中に襲撃とか。


「なんの巻き込んでしまえばよい」


 意見は求めてねぇから色ボケ。


 とりあえず正体は把握しておきたいところではある。男なら解呪までオレは戦えないから、クッキーとマタに迎え撃ってもらって時間を稼がねばならない。女なら戦って倒すのが無難ではあるが、追跡してるのがひとつの気配だからと言って、相手が一人とは限らない。


 男は混ざる前提で覚悟しないとまた吐く。


 なんにしてもクッキーに連絡して。


「!」


 ザ、ザザザザザザザッ!


 オレがしゃがんだのと、頭上をなにかが回転して飛んでいったのはほぼ同時だった。木々をなぎ倒したそれは、高速回転しながらブーメランのように戻っていく。


 山の一部が切り開かれた。


「あっれ? 首が吹っ飛ぶ角度だったのに」


「……」


 振り返って見上げた先には巨大な斧を握った女が真っ赤なマントを靡かせて飛んでいる。ゴールドに輝く派手な鎧をまとった金髪に青い目の女だった。いきなり殺しに来るとは。


「なんと、あの下品な乳の大きさ」


 口が悪いよ。


 ま、そこにしか目はいかないが。


 実際のところ、伊佐美には及ばないにしてもかなり体格的には優れている。その上で、アンバランスに見えるのは大きすぎて入らないから胸元を開いているのだと言わんばかりの鎧の形だ。


 谷間を見せすぎである。


「さっすが、月暈機関の次期ヒーロー候補筆頭。このジェーン・ゴールドスターの相手に相応しいってことだ。全先正生、正式に勝負を挑むよ!」


「……」


 受けたくない。


 そう思ったが、オレがイエスとかノーとか言ってるのを待ってるほど礼儀正しい相手ではなかった。巨大な斧を振り上げながら、金ぴか女はもう突っ込んできている。


「ハッハーッ!」


 陽気に笑いながら振り下ろされた斧が山の斜面を引き裂いていく、距離があったのでかわせたが、衝撃波が背後で起こるほどの速度。


 木々がなぎ倒されていく。


「シャウ!」


 通り過ぎざまに斧を投げ、


「ゴールデン!!」


 飛んでよけたところにパンチ。


 両腕でガードしたが、高速で飛行しながらの衝撃に、木々を何本もへし折りながら吹っ飛ばされる。気配は尚も追ってきていた。


「ヘイヘイ!」


「っく」


 転がりながら立ち上がろうとしたときに、背後から斧が戻ってくる。それをしゃがんで避けたと思ったら、キャッチした金ぴか女がさらに振り下ろしてくる。


 受け止めようとしたら真っ二つ。


「っく」


 横っ飛びに避けたところに、斧の投擲。


「流石に三度目だぞっ!?」


 オレは斧の柄に手を伸ばそうとする。


「ヘーイ?」


 キャッチしようとしたオレが見たのは、小型の斧を両手に持って、にんまりと笑いながら投げようとしている金ぴか女だった。


「読まれとるの」


「うるせぇ!」


 頭の中の声に叫んだが、一本が首をかすめ、もう一本が右肩に突き刺さる。そして赤いマントを翻して追い打ちが顔面に向かってきていた。


 視界が白くはじけた。


「ゴールデーンッッッ!!」


 地面をバウンドして、オレは転がる。


 脳が揺れる。


「聞いてるよ! 全先正生ィ! 多少のダメージじゃ死なない身体だってさーっ! ゴールドラッシュのはじまりだーっ!」


 キラッキラの鎧が吹き飛ぶオレに次々と攻撃してくる。パンチの連打、浮かんだところを掴んで地面に叩きつけ、それを踏みつけるキック。


「さー、まだまだ。ァ!?」


「げ」


 色手が動いていた。


 オレの意識が一瞬途切れたことで、呪われた左手はより自由に暴れ回った。攻撃の動きではないことで、カウンターであることすら意識されなかったようである。


 鎧の胸部分を剥ぎ取っていた。


「本物とはの。下品な乳じゃ」


 色姫は悪態を吐く。


 中に着ていた布地もついでに引きちぎっていたので完全に露出したおっぱいは、しかし飛行能力の影響なのか正しい形を保ったまま、綺麗に浮かんでいた。白くて乳輪が大きく見える。


 エロい。


「くっ、日本人の男はヘンタイだと聞いてたけど、本当に戦闘中に仕掛けてくるとは、ゴールドスターもなめられたものね!」


 マントを破ってすぐさま胸を隠した金ぴか女は、地面に倒れるオレを睨みつける。だが、オレは見逃してはいない。白いもや、性欲がその表面に現れたことを。


「目立ちたがりは、それで興奮するからの」


 色ボケの的確な解説である。


 しかし、なるほど。


「命狙っといて、ガタガタ言うなよ」


 オレは口に溜まった血を吐き出しながら立ち上がる。疲れを感じる。そりゃそうだ。このテスト期間中のオレときたら寝る間も惜しんでセックスセックス、挙げ句の果てに性欲の鬼を飲まされて左手が色ボケるに至ってる。


 無礼な女に優しくするほどの余裕はない。


「金髪女はオレの大好物だ!」


 そして本音。


「ファック!」


 指を刺されて、金ぴか女は目を見開いた。


 再び小さな斧を取り出すと、二本を投げつけながら、さらに二本を振りかぶってこちらに飛んでくる。オレは一本をキャッチしてもう一本を払い落とし、迎え撃つ。


「フラッシュ殺しっ!」


「そんなもの、当たるわけないっ」


 金ぴか女の表情が変わった。


 空気を弾けさせた全力パンチを避けて、地面に突き刺さっていた大斧に向かって飛んでいく。直接の殴り合いは危険だと判断したらしい。


 的確だよ。


「欲ボール」


 しかし、オレの狙いはお前の性欲だ。


「そち、やる気じゃな。妾に任せておけ、毛唐の女をひんひん泣かせてくれようぞ」


 バカか色ボケ。


 性欲はこう使うに決まってる。


「フォーヴ・チェンジ」


 オレは欲ボールを自分の腹に押し当てた。


「なんと?」


「ギギギギギギギギ!」


 下半身に熱と血流が集まったと思うと、オレの意識がケダモノに支配される。顔と身体の前面を覆っていくマスク、そして白い体毛が着物を突き破った。


「ホワイトモンキー!?」


「ギー」


 人語喋れなくなるから、あんまりなりたくないけど、他人の性欲をオレに移植すれば、自分で白い獣になれる。これが正しい使い方だろ。


「つまらん」


「ギャッホ、ギギィ!」


 色ボケ!


「見た目が変わったって!」


 金ぴか女は大斧を構えて飛んできていた。


「ゲッゲッゲ」


 遅い。


 オレは斧の刃を掴んでその上に乗る。


「ギギギギギ!」


「オーノー!?」


 空中で視線が合った金ぴか女はなぜか下手くそな英語で叫んだ。もちろん容赦などせず、その顔面に一撃を叩き込む。勝負の世界だ。


「ギギッ」


 ズズン。


 地響きが広がって、すっかり荒れ果てた地面に大穴が出来た。オレはそのまま着地して、金ぴかの鎧を剥いでいく。バストもエロかったが、ヒップもボリュームがあってエロい。オレの子供を産ませるに相応しい身体だ。


 マスクさえなければな。


「ギャッホ」


 裸に剥いた女を背中の体毛に仕舞い込む。


「そち、良いのか?」


「ギャギャ?」


 なにがだ。


「良いなら妾は構わぬが」


「ギーギー」


 さて、腹も減ったし、さっさと帰ろう。


 オレの姿を見てあさまがパスワードを言ってくれるだろう。そうすればあさまにオレの子供を仕込み、ついでにこの女にも仕込むことが出来る。まったくいい拾いものだった。


「ギャッホギャッホギャー」


 オレは陽気に五十鈴家の呼び鈴を鳴らす。


「ギギ」


「どちらさ、わーっ! あ、あさま様ぁああ!  白い、白い猿が白い猿がぁあああっ!」


 出てきた家の人間はオレの姿を見て逃げ出した。若い女がいるじゃないか。あさまに言えば当主の権限でオレの子供を産むようにできないだろうか。人の気配はあるよなこの屋敷。


 姿はあんまり見えないけど。


「正生、なんで?」


 しばらくして出てきたあさまはオレを見上げて表情を堅くする。なんでそんな嫌そうな感じなんだ。テスト終わったらセックスしようって感じだったじゃないか。まっすぐ帰ってきたのに。


「ゲッゲッゲ」


「なに言ってるかわからないから、ね」


「ギギー」


 早く、早くパスワード。


「あら、正生くん、またフォーヴに?」


 その後から出てきたのはみひろだった。小さな子供と手を繋いでいる。そうしていると母親みたいだ。母親なんだけれども。


「ギャギャ」


 みひろにもオレの子供を産んでもらわねば。


「と」


 巫女装束の子供はオレの姿におびえるように背後に隠れていたが、興味はあるようで、首を伸ばしてこちらを見ている。


「ギー」


 これはまだ子供を産めないな。


「と、ととさま!?」


「ギャ?」


 あれ、この子供、もしかして元ペック?


「ととさま。ととさまだべ?」


「「ととさま?」」


 五十鈴母娘が首を傾げる目の前で、元ペックはオレに駆け寄ると「ととさまととさま」といいながら白い毛に覆われた脚に抱きつく。


「ゲッゲッゲ」


 ととさま、ってなんだ。


 じっさまとか、ばっさまとか。


「オラのととさま!」


「ギーギー?」


 もしかして、オレのこと父親だと思ってる?

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