第118話 生き方
「案の定というか」
左手人差し指の第一関節で引っかかった指輪は引っ張っても抜けない、どころか肌に染み込むようにその形さえ見えなくなる。
実物というより、能力で作られたものか。
「外せないのか、これ」
「外させる訳ないだろバカチンポ!」
「「「バカチンポーっ!」」」
言ったときには、四人はさっさと逃げ出していた。教師も目を丸くするほどの逃げ足の早さである。そして捨て台詞が最低すぎる。
よく恥ずかしげもなく。
「おい! なんなんだこれは!」
「説明するかバカチンポ!」
「「「バカチンポーっ!」」」
「言ってるお前らの方がバカっぽいぞ!」
それを連呼する女を相手にしたくない。
だが、得体の知れない能力を食らったままというのも困る。ともかく捕まえてなんとか外させなければと追いかけようとしたとき。
「それ、先生にみせて」
割り込んできたのは女教師だった。
オレの左腕を掴んで、手をじっと見つめる。
「え? あの、外せるんですか?」
反応に困る。
事態の原因を作った人物だからだ。
四人との力の差を考えても、指輪なんてそもそもはめられようがない。リリにしても輪投げのように指に通そうとは思っていなかったはずである。予想外の偶然を引き起こしている。
「ううん、外せない」
女教師は目を細めて真剣に見ながら言った。
「え? じゃ、あのもういいですか?」
なら邪魔すんな、ボケ!
オレは思いっきり苛立った。
相手が教師じゃなかったら、間違いなく怒鳴って振り払って追いかけるところである。学園の教師ってことは伊佐美の同僚にもなるはずで、だから遠慮がちにしか言えないだけだ。
「だめ。追いかけてどうするつもり?」
だが、女教師は真剣にオレの顔を見た。
「はい? 外させるんですよ、そりゃ当然」
わかりきったことを聞くな、ボケ!
「どうやって? 脅して?」
「話し合いができなくて、必要なら?」
なんか面倒くさい人だ。
「そんなのだめ。ヒーローになるんでしょう?」
「先生、相手が仕掛けてきて、こっちは反撃するだけです。それは侵略者から地球を守るのと変わらない。ヒーローの仕事でしょう?」
オレは焦る気持ちを押し込め、冷静になろうとしながら言葉を選ぶ。どうせクラスメイトだ。伊佐美に聞けば行方を追うことも不可能ではない。忍者を相手にしてる訳じゃないんだ。
指輪も即座に問題がある様子はない。
「暴力的だわ」
女教師はオレの指を触りながら言う。
「ですが」
相手が暴力的なんだから。
バカチンポとかヘイトスピーチ全開だし。
「不起訴になったとは言え、それで逮捕されたんでしょう? 全先くん、あなた才能があるんだから、もっと人間性も磨かなきゃだめよ?」
「先生が現状の原因ですよ?」
流石に説教には耐えられないので、オレはもう結論を口にする。磨かれた人間性のある人は、まず自分の落ち度を謝るはずだ。
「違うわ」
だが、女教師は首を振った。
「え?」
「全先くんの生き方が争いを呼んでいるのよ。いじめられた側に問題があるなんて言いたくはないけど、強さに見合った人間性があれば、こんな風に争いになることはないもの」
「……」
イライラ。
「もちろんあの子たちが悪いのは事実、でも、全先くんは弱くないんだから、相手の弱さを包み込むような強さを持たなきゃ。いじめられたからって対話の心を閉ざしちゃだめ」
「…………」
イライライライラ。
「強さと人間性を兼ね備えれば、島のみんなに祝福されて、正々堂々としたランキングを戦っていけるはず、機関の本当の狙いはそういうことなのよ。ヒーローなら尊敬される人にならなきゃ」
「………………」
イライライライライライライライラ。
なんなの!? このボケ教師!?
正論だろうよ。そりゃヒーローが尊敬される人間性持ってりゃ言うことないからな。だれもが尊敬する存在ってのがありえないのがリアルだとしても、それを目指すことに異論はないよ。
で? だから?
この説教を人間性を磨くために受け止めろ?
それを言ってる教育者としての人間性はどうなんだよ。この学園の生徒は教師が育ててんだろ。今の状況をいじめとは思わないが、いじめがあるとしたら責任の所在は教師にあんだろ。
荒れた学園にしちゃうぞ、コラ。
「聞いてる? 全先くん?」
「聞いてます」
妻の同僚だ。抑えろ。
オレは考えるのを止めて、小鳥のさえずりだと思うことにした。鬱陶しい内容だが、ボケ教師の声はそこまで尖っていない。むしろ声だけ聞けばやわらかなボイスと言えた。
気の弱そうな顔をしている。
いじめた側より、いじめられた側を説教してしまうのも、教師としての自信のなさの裏返しかも知れない。先生も辛いのだろう。愚痴を聞いてくれる職場の仲間とかいないのかもしれない。
可哀想に。
「……」
伊佐美にそれとなく話を聞いてみようか。
名前は知らない。
年齢は若いだろう。背は150センチそこそこ、髪型は内向きにカールしたセミロング。服装はクリーム色のロングスカートに淡いグリーンのブラウス。ゆったり目に着こなしているけど、割と胸はあるな。隠したがってる感じか。
むずっ。
「えっ?」
小鳥のさえずりが不意に止まった。
「全先くん、これはどういう意味?」
「え?」
言われて、オレは自分の左腕の信じられない動きに気付いた。捕まれていたところから押し戻して、ボケ教師の胸を鷲掴みにしている。
ブラの感触がある。
「? いや、無意識に?」
パッと手を離したが、よくわからない。
触ろうとなんて思ってもいなかったのに。
「先生、情けないわ。女子にいじめられたからって、それをこんな風にぶつけるなんて。心が弱すぎる。無意識なんて、よく言えたものね」
「ち、違、先生」
「頭を冷やしなさい!」
ぺちんっ。
手慣れた感じのしない平手打ちが入った。
「た、体罰なんて、したくなかったのに」
そう言いながら、ボケ教師は涙目で走り去っていく。泣かせた、その事実だけでどんよりとした罪悪感だけがオレに残される。なんでこんなことになったんだ。
「あ、ありえねぇ」
オレはつぶやきながら自分の左手を見る。
無意識に女の胸を揉む?
バカバカしい。
オレの欲求は現在とても満たされている。そんな無意識が働く余地などない。ぶっちゃけ妻六人で足りているのだ。ボケたエロジジイじゃあるまいし、可能性としてはリリの指輪の効果というところだろう。
さっさと外さないと。
しかし指輪の効果だとすると、不用意に女に近づくのは厄介ごとを引き起こしかねない。伊佐美のところまで学園内を移動するのも考えものだ。気配を察知しても数が多ければ対応できるかどうか不透明になる。ここで焦ってはいけない。
それは本当にバカのすることだ。
「あ、もしもし?」
天才の知恵を借りよう。
「兄さん? 試験どうやった?」
クッキーはすぐに応じてくれた。
「それは問題ないと思う。その話はいいんだけど、えーと、今どこにいる? 実はちょっと困ったことになって、助けてほしいんだ」
通話しながら、オレは体育館の屋根に飛び上がり、気配がないことを確認しながら大学部に向かう。ともかく対策を考えて貰わないと。
「研究室におるよ」
「そっか、そこにクッキー以外に男とか女とかいる? 出来れば人がいない方がいいんだけど」
「教授は理事会の方やから、ウチだけや」
「よかった」
「助けてほしいてなに?」
「なんか能力を使われたみたいで」
オレは状況を説明しようとする。
「うっ」
だが、集まってきた気配に吐き気を催す。
男たちの集団だ。
逃げだそうと思ったが、そいつらは、かなり広い範囲からオレを取り囲んでいた。体育館につながる校舎の屋上やら、上空やら、地面やら、絶対に逃がさないという強い決意を感じる。
この忙しいときに。
「どうしたん?」
「っ、よくわからないんだが、囲まれて」
「学園内やろ?」
「た、戦う感じでも、ない、のか?」
気配はそこまで攻撃的ではない。
だが、吐き気を堪えるのに必死ではある。
「わ、悪い、かけ直す」
オレは通話を切る。流石にクッキーの耳にゲロを吐く音をダイレクトに聞かせる訳にはいかない。それはトラウマになるだろう。
「う、それ以上、近寄るな!」
脱力感と戦いながらオレは叫んだ。
「話があるなら聞く! けど、それ以上、うぷ、近寄るなら、あ、ぁ、叩きのめすっ!」
辛い。
「いいだろう」
空を飛んでいたヤツが、同じ屋根の上に降りてくる。よく見ると、割とオッサンだ。翼もなにもないが、それは素早い空中移動ではあった。近寄るなっつってんのを聞いちゃいないが。
「……」
口を開くともう吐きそう。
「顔色が悪いようだが?」
男は気遣うように言う。
「……」
オレは首を振った。
気遣うくらいなら囲むんじゃない。
「我々は月暈倫理委員会、通称、
「こ、小林一茶?」
カッコつけるポイントが意味不明だ。
「イッサ・カサノヴァ・コバヤシ。日本の著名な俳人と同じ名前なのは光栄ではあるが、母の再婚でこうなっただけなので俳句の心得はない」
「……」
どうでもいいけど。
「全先正生、君には責任を取って貰う」
「せ、きにん?」
初対面の組織なんだけど。
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