第84話 謝罪のしるし
パチン! パチン!
剥き出しの尻たぶを叩く乾いた音が室内に響く。満遍なく赤く痛々しく、母から娘へのお仕置きとしては容赦ないように思えた。
「ひ、っく。も、ゆるし、て」
涙も出なくなったイソラが懇願する。
パチン!
「大人しく逮捕されていた容疑者を外に連れ出した挙げ句、ヒーローの活動を邪魔して敗北までさせる。まったくだれに似たのか、親の顔が見てみたくなるでしょう?」
巫女田カクリはオレに向かって言った。
伊佐美に捕まったオレは、そのままホテル最上階の一室に連れて行かれ、ラグジュアリーな雰囲気の室内で事情を聞かれている。
もはや洗いざらい吐くしかなかった。
「…………お、親の教育がまともでも、子供がまともに育つ保証はありませんから。本人の資質かと」
オレは震えながら答える。
お前が親だろ、という当然の返しをすれば許さないという言外の威圧感は嫌というほど伝わっていた。なんと言っても、白い獣から戻って全裸で正座するオレの股間に、ババアの尖ったヒールが当てられているのである。
この教育が子供をまともに育てる訳がない。
パチン!
「ひゃ、ぐ」
「テロリストの息子がテロリストに育ったのは、親の教育の賜物ではなく、あくまで本人の資質によるものだと、正生は主張したい訳ですか?」
「……」
揚げ足を取ってくる嫌なババアだ。
「カクリ様、正生はテロリストではなく」
室内で様子を見守っていた伊佐美が言う。
「発言は許可していませんよ」
「し、失礼しました」
だが、ババアのひと睨みで黙らされた。
「日本で会ったときは素直な少年のフリをしてわたくしを騙し、そして島にやってきてすぐに一位を奪取する要領の良さで、近づいてきた女を残らず食い散らかし、その能力で将来あるヒーローの卵たちに子供を仕込んで機関を乗っ取ろうと画策、鬼畜の所行ではありませんか。どうしてくれましょう」
「話がデカくなりすぎで」
パチン!
「ひゃぴ、いぃ」
反論しかけたところでイソラが激しく叩かれた。ババアはじっとこちらを見ながら、娘の尻に磨き上げられたネイルを突き立てる。
血が滲んでいた。
「冗談です」
ババアはニッコリと笑って言う。
「計画性があったならば、機関はそれを察知できました。正生が素直に行動した結果が、この有様だということは理解しています」
「はい」
それこそタチの悪い冗談みたいな話だが。
「今後は計画的にやりましょう」
「?」
オレは発言の意味を汲み取れない。
「カクリ様、仰っていることがよくわからないのですが、もう少し詳しく我々にもわかるように説明していただけませんでしょうか?」
伊佐美が言った。
「わかりにくかったですか? 正生が求める首相誘拐の犯行グループを助けてあげましょう。その代わり、わたくしのために」
ババアはグリグリとオレのモノを踏んだ。
「この、力を、使って貰いたいと言ったのです」
「!」
思わず声が出そうになる。
ちょっと気持ちいいんですけど?
「カクリ様のためというのは、どういう」
「冗談ではなく、機関を乗っ取りたいのです」
「!?」
オレが唇を噛んで悶絶している間に、伊佐美とババアのやりとりがつづく。割とシリアスな話だ。側近らしき人々も部屋から出したのは、娘の尻を他人に見せないためではなかったらしい。
しかしババアの足は止まらない。
流石にテクニシャンだ。
「いえ。乗っ取るもなにも、カクリ様が理事として既に機関で強力な実権をお持ちだと思うのですが。今以上になにを望まれるのか」
「わかっていませんね。伊佐美」
ババアは首を振って、玉を踏んだ。
「イッ」
どうしようもなく声が出た。
「少し人より長生きな古参というだけで、わたくしが機関に対して持つ力など大したことはありません。もちろん、力を拡大する努力はしてきましたが、限界というものもあります。最高の資質を譲っても出来の悪い娘であるとか!」
パチン!
ぎゅ。
「「ひ」」
オレとイソラが同時に呻いた。
「しかし、カクリ様の力でどうにもならないものを、この正生がどうにかできるとは思えないのですが。乗っ取るとは具体的に」
伊佐美はオレの顔を見て呆れていた。
「力を取り戻した気分はどうかしら?」
ババアは膝の上に乗せていたイソラをオレの方に投げると、立ち上がって伸びをする。ぐぐっと気配が膨らむのがわかった。
「お、おしり痛いよ。マサキぃ」
「あ、ああ」
それどころじゃないぞ。
「え? いえ、まだ実感はそこまで」
伊佐美はババアに気圧され後ずさる。
「嘘おっしゃい。わたくしには見えていますよ。あなたの喜びに満ちた夢魔の奔流が。力を取り戻しただけでなく、かつてないほどに充実しているのでしょう」
「そ、うかもしれません、が」
「試してみましょう」
首をひねりながらババアが言う。
「そんな、無理です。カクリ様」
伊佐美がそんな風に動揺するのはわかる。
「弱気なことを」
ババアは小柄で、見た目には強い感じすらしない。だが、こんなホテルの一室で力を使わせたらダメなことぐらいはわかる。存在が災害規模だ。建物そのものが壊れる予感しかしない。
「受け止めて、確かめなさい」
トン、と軽く跳ねた。
「!」
鋭く繰り出されたハイキックを伊佐美が受け止める。単純に言えばそれだけのことだったが、感じられる気配の衝突はそんな規模じゃなかった。互いに島でも沈めるのかという力を打ち消し合って無事なだけである。
「ほら、素晴らしい。わたくしが右腕にしたかった力が戻ってきてうれしい限りです」
「し、死ぬかと思いました」
受け止めた伊佐美自身が怯えている。
「これでわかったでしょう」
「はい」
伊佐美は静かに頷いた。
「妻の立場としては、複雑ですが」
「可愛いことを言うようになりましたね。伊佐美。けれど、それは仕方がありません。ヒーローとは個人の才能を限界まで全体に還元する者、わかっているでしょう?」
「……」
ババアの言葉に伊佐美は答えなかった。
「わたくしが、長年をかけても得られなかったもの、才能に溢れる人材を集めても、それぞれの才能が枯れていくという現実の壁も、この能力ならば打ち勝ててしまう」
なんかとんでもないこと言ってる。
オレはなにを期待されているのか想像しかけて、それを頭の中から打ち払った。残念ながら事態が悪化しているのは間違いない。
「正生」
「!」
クルリと振り返ってオレを見る姿に背筋が伸びる。多少は近づいたかと思ったが、力の差はまだ歴然だ。このババアその気になれば、オレをこの場で跡形もなく消せるだろう。
「首相誘拐の犯行グループを見つけ、あなたに従うように説得なさい。そうすればその罪はわたくしがもみ消しましょう」
「説得、って今の状況と同じ?」
「ええ、説得です」
「……」
どう考えても、脅迫だな。
「これはあなたに与える最初のミッションです。成功するまで、わたくしは邪魔もしませんが助力もできません」
ババアは宣告した。
「失敗すれば、あなたが孕ませた子供たちは死ぬことになるでしょう。わたくしが一人残さず消します。能力の有用性を自ら証明するのです」
「わ、かりました」
オレは頷く。
選択の余地はなかった。
説明が足りない。なにがはじまったのかわからない。だが機関を乗っ取るというババアの目的にオレが役に立つところを見せられなければ、終わりだということだ。
オレだけでなく、オレの子を宿す女たちも。
「よろしい。では、指名手配状態のあなたの正体を隠す装備を用意させます。これは助力と言うより、わたくしからの謝罪のしるしですが」
「謝罪?」
なんだ急に。
「あなたの父親の身柄が奪われたことについて」
「は!?」
オヤジがなんだって?
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