第82話 無理だ

 全部で十二人。


 オレは周囲の気配を把握する。


 バズーカを構えて取り囲むモヒカンの子供十一人と、目の前のモヒカン長身一人。それぞれ確実に強い気配はあるが、個々人で見れば負ける気まではしない。


 だが、チームワークとなるとわからなかった。


「ウルフ一家四男、志狼」


 長身が名乗った。


 なんと言ってもウルフ。群れで獲物を追いつめる獣の名を冠するからには、そういう戦いに長けていると考えた方がいいだろう。


「四男がシロー」


 わかりやすいが。


「ってことはサンジュウローがいるの?」


 オレはその高い背をさらに高く見せるモヒカンを見上げる。多少の風では揺れもしない固められたそれは威嚇のアピールなのだろうか。


「おら、惨充狼」


 バズーカが大きく見えるちっこい鼻水を垂らしたモヒカンが手を挙げる。クッキーより小さい。小学校低学年は間違いないだろう。


「へぇ」


 素直ないい子だ。


 気配的にも一番小さい、あそこが穴だろうが、しかし十一人の配置は、左右で弱いところをフォローするように強いのと弱いのが交互に配置されていて、気配的にも平均化されている。リーダーの統率が行き届いているようだ。


「余裕かましてんじゃねぇぞ!? この状況が絶望的だってことはわかんだろうが! あ?」


 シローが怒鳴った。


「どうかな、そのバズーカを街中でぶっ放す気があれば、そりゃ絶望かも知れないけど」


 オレは言う。


 全員が引き金に指をかけてはいるが、撃つ気がないことは大体わかる。大砲を構えるからには一撃必殺だろうに、こちらへの殺気よりも、隣にいるイソラを助けたくてウズウズする気配の方が圧倒的だからだ。


「は?」


 威嚇してくるシローでさえも。


 要は、こちらの出方待ち。


 仕掛けさせて、その隙にイソラを奪還しようということだろう。ヒーローとしては人命優先が当然だし、機関の理事の娘ともなれば重要人物であることは疑いの余地もない。


 つまり、取るべき手は。


「こうしたら?」


「きゃっ!?」


 オレはひょいと手を伸ばしてイソラを抱える。


「触るんじゃ」


 反射的に取り戻そうと動いた。


「ラムネ討ちっ!」


 オレはシローの臑を全力で蹴った。


「ぐ」


 四男の顔が苦痛に歪む。


 取り囲む十一人の気配が緊張したが、イソラを抱えるオレごとを撃つわけにはいかないようで、こちらを取り押さえるべく輪を縮めてくる。


「悪いな!」


 オレはそのままイソラを盾にするようにサンジュウローめがけて直進する。洟垂れ小僧の視線が泳いだ。オレはハッとして、ついでにスカートをめくってやる。


「はぷ」


 鼻水が赤く染まった。


 ミニスカートだったのである。


「ちょっとマサキ、ヒドくない?」


 イソラがスカートを押さえて抗議した。


「だったら淫魔の能力で連中をたらし込め!」


 オレは言う。


 そのくらいのことは出来るはずだ。既に惚れている連中ならメガネを外すだけで効果覿面だろう。ぶっちゃけ内心でそれを期待してた。


 情婦なら助けてくれよ。


「ヤダ。オトコ嫌い」


「オレがここで殺されても?」


「妻とか鶴とか、アタシ以外のオンナのために頑張られても濡れないから。ここで死ぬならその程度だし、剥製にして大事にするよ」


「わーお」


 猟奇的!


 そう言えば、生まれた時から目の能力を制御できなくて男には苦労してたとか、そんなことをあの時に泣きながら言ってたな。実際、望んだ能力でもないから使いたくないのは仕方ないか。


 ああ、罪悪感。


「秋紅狼っ!」


 サンジュウローを飛び越えたが、背後でシローが叫んでいた。ジュウクロー?


「オラオラ!」


 ドォン!


 とびきりモヒカンのデカいヤツがバズーカを発射、それは即座に網を広げてこちらへと迫ってくる。それは避けられそうだが、既に弾を入れ替えている他のモヒカンもいる。


 イソラを投げて防いでも間に合わないか?


「なんかヒドいこと考えた?」


「別に」


 オレはともかく向かってくる網を避けながら、逃げ道を探る。ウルフ一家は四男を中心に五人が追跡、残る七人は回り込むように気配を移動させている。流石に冷静だ。


 そう簡単に逃がしてはくれない。


「でも、この状況、濡れるかも」


「は?」


 言葉通りならもうとっくに濡れ濡れだろお前。


 ドォン! ドォン!


 飛んでくる網を右へ左へ回避しながら、オレはひとまず、予定通り、事件現場のホテルの方向へ進む。ここでひとつ確実に確認しておかないと、後で困ることになる。


「妻を捨て、情婦を誘拐、ヒーローも宇宙人も敵に回すオトコ。逃げた先は北の果て、すきま風の吹くあばら屋で二人は身を寄せ合い」


「捨ててねぇから!」


 オレはイソラを放り出したい衝動にかられたが、現実問題としてこの淫魔娘を捨ててしまうとあちらは手加減抜きで殺しに来るのでどうにもならない。


「捨ててるって!」


「捨ててねぇって!」


「だって、球磨伊佐美が逮捕の取り消しを求めてお母さんに直談判してるのに、こんな風にアタシを拐かしたら台無しだから」


「!? そんな話、聞いてないけど?」


「言ってないから」


 最悪だな。


 ドォン!


 モヒカンの弟たちは、追いつくほどではないが、引き離されない程度にはオレをマークしてくる。特に無理をしている様子はない。


 追い回して弱らせて、しとめる。


 まさに狩りのスタイルに入ったということだろう。なんとか振り切りたいがそう簡単でもない。オレはホテル前を通り過ぎながら、記事の写真を思い出す。三車線の道路を挟んで、ホテルの入り口前、植え込みと、ロータリー越し、かなり距離のある写真だった。


 有効範囲が知りたい。


 カメラの前から千鶴が一瞬にして消えたということは、そこまで時間停止していたということである。誘拐だけの短時間なら時間のズレにまでは気づけないだろう。軽く半径三百メートル。


「ヤバい」


 比霊根神社周辺を止めてた時点で予想はしていたが、効果範囲が広すぎる。写真を撮られたということは、千鶴自身が時間を止めながら移動はできないのだろうと思うが、それでも。


「ヤバいよ」


「は?」


 割り込んでくるイソラにオレは苛立つ。


「ほら、あっち。奥さん」


「!」


 脇に抱えたイソラの視線の先、走り出したバスの向こうに、クッキーと五十鈴が並んで立っていた。無理もないことだが明らかに怒っている。


 ドォン!


「……」


 しかしオレは止まれない。


「修羅場! 濡れるけど!」


「お願いだから黙っててくれ!」


 気付かなかったことにしたかった。


 オレを助けるために動こうとしてくれている妻たちを思いっきり裏切っているかもしれない。そういう視点がスッポリ抜け落ちていた。それも千鶴のためとか、修羅場もいいところだ。


「なにをベラベラ喋ってんだ!」


 カチ。


 一人、遅れている気配。


 脚の痛みに苦しんでいる様子のシローの引き金がそれだけ浮き上がるように聞こえたのは、そこに込められた殺気のせいだろう。


 このままだと当たる。


「……」


「え!?」


 オレはイソラを抱え込んで地面を転がった。


 周囲の景色がまばゆい光に飲まれる。


 シュバッ!!


「つぐっ!」


 背中を焦がしてそれは一直線に空間を焼き払った。ビームかレーザーか知らないが、アスファルトが溶け、道路の行き止まりの建物にデカい穴をあけて貫通した光。とんでもない破壊力だった。


 カチャリ。


「お終いだド畜生!」


 シローが言う。


 オレの頭にバズーカの砲身が向けられた。


「巻き添えが出たんじゃないか?」


 オレは言った。


 実際、避けなきゃイソラごとだった。


「オメェを逃がしたことで出る被害に比べりゃ小さいだろ。オラはヒーローだからな」


「惚れたオンナも殺すか、偉いよ実際」


 オレとは逆だ。


「やめて! アタシのオトコなんだから!」


 同時に、すばやく弟たちの手によって淫魔娘は回収されていた。暴れるミニスカートの中身が蝶々みたいで、サンジュウローには刺激が強すぎたなと思う。反省だ。


「……」


 オレにも十分に刺激が強い。


「マサキ! マサキ! マサキィィイ!」


 そう言って暴れるイソラのメガネが落ちたのはそのときだ。視線が交錯して、オレは精力剤を飲んでいたことを思い出す。


 カチ。


 至近距離の砲火が頭にぶち当たった。


 貫かれる。


 視界も意識も消えかけて、死んだかと一瞬は思う。だがオレの体は建物をぶち抜く高エネルギーを受けながら起きあがろうとしていた。


 オレの子供を産ませたい。


 ただそれだけの欲望が極限まで高まっていた。


「らぁああっ!」


 五十鈴とクッキーがいたぞ。


「オメェ!?」


 起き上がりざまに振り抜いた拳がシローの顔面に当たり、モヒカンが道路に突き刺さるが如き回転で吹き飛んでいく。


「熱いだろうが! モヒカン野郎が!」


 オレは叫びながら、顔面を押さえる。


 白い毛のガードをぶち抜かれたが、形は残っている。ならば回復するだろう。顔の半分ぐらいが溶けたんじゃないかというぐらいに痛い。


 クソ、腹立つ。


「あつい? 原子分解砲だぞ?」


「コイツ異常すぎる。アニキ呼べ!」


 モヒカンの小僧どもがオレへ照準を向けながら騒いでいる。もう二、三発打ち込めば足止めぐらい出来ると思うが、兄のやられっぷりに戦意をほとんど失いかけている。


 ガキだ。


 殴る気も起きない。


「マサキ! 助けて!」


 連れて行かれそうなイソラが叫んだ。


「ああ」


 オレはメガネを拾ってガキ共から一瞬にして女を取り戻す。顔面は痛いが、動きのキレはいままでで一番いい。精力剤のおかげか?


「マサキ、またその姿に。やっぱ、濡れる」


「メガネ、つけとけ」


 オレもその淫魔の目で見られると必要以上に興奮して困る。まずは五十鈴とクッキーにオレの子供を仕込むのが先だ。


 セックスを楽しむのはそれからでもいい。


「ねえちゃんとられた!」


「アニキに怒られる!」


「おめ、うつぞ」


「イソラにも当たるぞ? いいのか?」


 背後で騒ぐガキ共にオレは言う。


 戦意は失っているが、全員が震えながらも撃つ気だ。十一人が起きあがれないシローではなく、オレを止めるために動いている。ヒーローとしての躾は行き届いている。


「ちきゅうのためだ!」


 洟垂れのサンジュウローまでが言うのだ。


「……」


 逃げようとしたが、オレの脚は思ったより言うことを聞かなかった。どうやら顔面の回復に力を使ってしまっている。白い毛もあまり思った通りに広がらない。


「ヤバいよ。マサキ。流石にこの数は」


 察したのかイソラが言う。


 さっきの砲火は受け止められないな。


「悪い」


 オレはそう言って、イソラの唇を奪った。


「んっ!? んんんっ、ん。んあ……」


 抱えた女の身体が仰け反った。


「……」


 ガキ共を見ながら、差し込んだ舌でからめ取って、涎の糸を引かせる。子供にはちょっと刺激が強いショーだ。性的嗜好が歪むかもしれん。


 可哀想だが、仕方がない。


 この世にオレの繁殖を邪魔する男は要らん。


「あ、ああっ」


 洟垂れがバズーカを落として目を伏せた。


「惨充狼!」


 ジュウクローが弟を叱咤したが、一人の脱落で他の弟たちも続々と目をそらした。淫魔の力の影響であれ、惚れた女を目の前で汚されて戦えまい。


「んんん、ァ、モットぉ」


「終わりだ」


「えー、これからなのに!」


 オレの首筋に腕を絡めてきたイソラの顔を引き剥がしてオレは悠々と包囲を抜ける。五十鈴とクッキーはどこだ。さっきのバス停は。


「弟たちになにを」


 殴られた顔面を押さえ、蹴られた脚を引きずりながらシローがそれでもバズーカを構えてこちらを狙う。道路に座り込んでしまった弟たちに動揺しているが、気配に油断はない。


「少し現実を見せた」


 オレは言う。


 手加減せず殴ったつもりだったが。


 ヒーローは流石に頑丈だ。


「マサキ、現実はもっとハード」


 イソラがオレの焼けただれた顔を舐めた。


 滲みる。


「お嬢さん! オラはお嬢さんの奔放なところ含めて好きです! 他に男がいたって、その子供を宿してたって構わないんです! でも、ソイツだけはダメです! ソイツは、自分のやってることがわかってない! もう機関の敵で、いずれは地球の敵だ! だから離れてください! 自分の意志で! 後生ですから!」


「って、言われてるけど?」


「……」


 シローの必死の演説がイソラに届かないのは同じ男として少し不憫ではあった。言っていることは至極まともで、おかしいのはオレであることはオレですらわかっている。


 だが、理不尽なのが男女の関係なのだ。


「惚れる女を間違えたよ、お前」


 オレはイソラを背中に回して白い毛で包み込む。顔はまだ痛むが、受けて立たねばなるまい。この男の愛情はへし折ってやるべきだ。


「オメェになにがわかる! オラは」


 シローはバズーカを構えた。


「アソコの色? アエギ声?」


 オレは挑発する。


 真っ向勝負。


「チィィックッショォォォオオッ!!」


 カチ。


心貫通シン・アダルトリィ!」


 放たれた砲火は膨れ上がるように広がった。


 オレは両腕をクロスさせたまま、その向こうにいるシローに向かって突進する。白い毛が剥ぎ取られるのも構わず、全力で駆け抜けた。


 ゴッ。


 ぶち当たる鈍い音。


「オメェを、必ず殺す」


「無理だ」


 交錯した一瞬、そしてクロスした両手を開いてシローを打ち上げる。勢いのまま駆け抜けて、振り返った先で、頭から落下するその姿を見る。


「オレが知らない女と出会え」


 それなら許す。


 焼けただれた両腕が重かった。


「終わった?」


 背中からイソラがひょっこりと顔を出す。ほとんどの毛を集中させたので、眠らせる効果も弱まってしまったようだ。


「ああ」


 オレはそう言って、五十鈴とクッキーを探す。


 気配が遠ざかっている。


 オレの姿を見ただろうに、逃げたのか?


「ね、マサキ、つづき、シよ?」


「後だ」


 なぜ逃げる。


 オレの子供を産む用意があるはずだ。


「え、ちょっと」


 イソラが抗議したが、オレは構わず走り出した。回復が追いつかないが、それはいい。千鶴はオレの子を宿している。当然、助ける。だが、居場所はわからない。見当もつかない。


 ならば、先に子作りだ。


 取引があるなら、いずれは姿を現す。空港付近で待っていればいい。その間の時間を有効に活用する。高まった性欲をそこらの女に使ってはもったいない。


 折角なら妻を悦ばせたいじゃないか。


 受けたダメージを別にすればいい感じなのだ。


「ホォールド!」


 遠くの気配が膨らんだのと、オレの身体が固定されたのはほぼ同時だった。全身を押しつぶすような見えない圧力。


 そして足が地面から離れる。


「いったぁああい」


 イソラも巻き込まれていた。


「だれだ?」


「正生! なにをしてる!」


 聞き覚えのある声とともに、浮いた身体はぐるりと振り返らされた。それで能力の正体も、捕まった理由もわかった。


 遠ざかったホテルの屋上に立つジャージの女。


「なんだ。先生か」


 空気熊の見えない手に引き込まれて、オレは女教師妻の前に引き出される。これはこれでいい。順番が変わるが、子作りの相手だ。


「なんだとはなんだ! この騒ぎ、どういうつもりだ! 説明してもらうぞ!」


 球磨は怒っていた。


「あー……」


 オレは言葉を探す。


 そう言えば逮捕の取り消しを求めてくれていたのだった。根が小市民なので権力を相手にそういうことができる発想がまったくなかった。骨折り損をさせて申し訳ない気持ちはある。


 本当だ。


「ごめんなさい」


 とりあえずオレは言ったが、それより、おっぱいにしか目がいかない。生で揉みたい。揉みしだきたい。ピンクだっけ乳首、ヤバいな。


「反省してないな、その顔」


「え? あー」


 教師の目にはバレバレだったか。


「そっすね。説教は子供作ってからで」


「えー? マサキ、アタシが先」


「……!」


 球磨のこめかみがヒクついた。

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