第55話 チンピラ
「兄さん、それヒーローやのうて、チンピラのやり口やから。女の顔面を地面に叩きつけて投げるとか、また評判悪なるよ」
あらましを聞いたクッキーはミルクティを飲みながら言う。
「なんかまともに戦う気分じゃなかった」
オレはたまごサンドにかぶりつく。
早朝だというのに軽く行列ができるほどに月日屋というパンの店は混雑していた。ほとんどが持ち帰りのようで、イートインスペースは余裕があったが、客はまったく途切れない。
「チームの評判も悪くなるんやからな」
クッキーは首を振る。
「ランキングは戦いやけど、ヒーローには人望も必要や、島の住人から好かれていれば、ある程度は正々堂々と戦うだけで一年を乗り切れるかもしれん。逆に嫌われるのは襲撃側の手段を選ばん動機にもなる訳で、リスクなんや」
「ごめん」
オレは謝る。
「……ま、今日の兄さんに心の余裕がないんはしゃーない。相手もタイミングが悪かった。んで、議長さんはなんて?」
「結婚は許してくれると」
クッキーの質問にオレは答える。
「代わりに条件か」
天才は話を先読みした。
「そういうこと。そこは男同士の話ってことで請け負った。悪い人じゃないと思う。腹を割って話をしてくれた気がしたからな」
当照さんを妻にしろ、という話はクッキーには伏せておくことにする。モノ扱いのつもりはないが、他人の気持ちを条件にするのはあまり女性にとって気分の良い話ではないだろう。
「ところで、これは世間話なんだけど」
オレは突っ込まれない内に話題を切り替える。
「天才の目から見て、ヒーローがいればなんとか維持できる今の地球の平和はいつまでつづくと思う? 率直なところ」
「? どうやろな」
怪訝な顔をしたが、クッキーは少し考える。
「五年、三年かもわからん」
「なぜ?」
義父の発言と天才少女の意見は遠くない。
「兄さんのおとうはんの件もそうやけど、最近の侵略者が起こしたいくつかの事件は背後関係がようわからんのが増えてきてる。これは地球側の捜査力が落ちてきたんやのうて、これまでとは別のタームに入ってきた言うことなんやないかと、ウチは思ってる。新しい組織か、新しい指導者か、その両方かはわからんけど、変化がはじまってるのは明らかや」
クッキーは半分ほどまで減ったミルクティのカップを見つめて、スラスラと喋る。いきなり意見を求められても即座に答えられる。常に色んなことを考えているのだろう。
「でも月暈がある限りは」
「あんなもん、アテにしたらアカン」
クッキーはあっさりと断言した。
「あれが盤石やないのは、機関が一番わかっとるやろ。元から技術的には古いと言われとるし、なによりこのままの地球の体制では二度目の発動すら危うい」
「どうして」
「夢魔をエネルギーとして使う地球製の防衛兵器が各地域でほぼ同時に実用化される。実験はほぼ終わってもう量産化の目処もたった。これが二年後や。そうなると、今までは地球人類があまり利用してこなかった夢魔の奪い合いや」
「奪い合い?」
「十五年前までは月暈機関がその採掘を独占してたんやけど、いくつかの国で似たような組織ができるんとほぼ同時に独占できんようになった。機関の内部分裂や。技術を持ってかれた」
「……」
初耳だった。
「内部のゴタゴタはともかく、問題は月暈を発動するにはかなりの量の夢魔が要るっちゅうことや。機関はかなり昔から地球上で採掘場所を確保してきて、七十年前はその備蓄で発動させた訳やけど、戦後にその大部分をその土地を持つ各国に譲り渡し、代わりに地球の危機の際は協力するという条約を取り付けた」
クッキーは頭のお団子を触った。
「これは根本的に言えば宇宙人が作った組織である機関が、地球人類に信用されるために必要やったことなんやけど、今の地球情勢を考えると失敗やった言うこと。地球全体をカバーするために大量のエネルギーを消費することに、各国は難色を示すやろうと見込まれてる」
「難色って、地球を侵略されるのに」
「国という単位の限界やろ」
オレの言葉を遮ってクッキーは言う。
「どこかの国が月暈の発動に消極的になれば、宇宙人と戦う前に地球上の火種が燃え上がる。もともと世界大戦は中断されたんや。各国の協調なんて表面上のこと、いざとなれば自分らの国さえ残ればええと思うようになる。日本が大阪を切り離したようにな」
クッキーの実感はそこにあるようだった。
「なるほどね」
オレなど、月暈が破られると言われるまで、そんな日が来るかもしれないと想像すらしなかったのだ。ヒーローになればそれで今の状態がいつまでもつづくとすら思っていた。だが、そうではないらしい。
だから、洗脳能力な訳だ。
少なくとも、各国のトップを洗脳できれば、月暈機関主導での地球防衛は出来る。それで時間を稼いで、ヒーローによる地球の統治を目指すということなのだろう。
解決策としての筋は通る。
「なんや、朝から重たい話やな」
「ごめん」
オレは再び謝る。
味もよくわからない間に五個のパンを食ってしまった。もったいないことをしたような気がする。とは言え、義父の言葉の裏付けはかなり取れたような気がした。オレの手には余るスケールの問題ではある訳だがやることは変わらない。
当照さんを利用させないだけだ。
「別にええけ、ど?」
正面に座るクッキーの視線がオレの背後に固定された。そしてなにか見てはいけないものを見たかのように目を逸らす。
「?」
背後にあるのは普通の人の気配だが。
「どうも、全先正生くん」
「! どうも」
そこに居たのはやたら目つきの悪い看護師だった。疲れ切った雰囲気だが、やたらと視線が鋭いので、なにか死霊に出くわしたような気分になる。クッキーが恐れるのも無理はない。入院していたときに見かけたような気もするが、特に会話した記憶はない。
妙な迫力がある。
「あさまをよろしく」
カーディガンを羽織った看護師はつぶやいた。
「え? あ、はい」
五十鈴の関係者なのか。
「そんじゃ、あたしはこれで」
「あの、どちらの……」
オレは素性を尋ねたかったが、看護師は振り返らず、買ったパンの入った袋をぶら下げて店を出ていった。ただの挨拶だったのか。
「いやがった! オマエ!」
だが、入れ替わるように店内に駆け込んできたババアの娘の声で、オレの思考は中断を余儀なくされる。あれだけやられてまだやる気か。メガネも直ってるし。
「あれが巫女田カクリの娘なん?」
クッキーが小声で囁く。
「らしいよ」
証拠はとくにないが。
「表に出ろ! そしてアタシと戦え! この店を破壊されたくなかったらな!」
その言葉に他の客が騒ぎ出した。
普段から戦いが日常の島だが、そこはヒーロー志願者たちなのでルールは守られるという安心と信頼があるのだろう。それを真っ向からぶち破ろうというスタイル。ナチュラル・ボーン・ヒーローは格が違う。
困った意味で。
「オレがチンピラになるのもわかるだろ?」
戦うには同レベルにならざるを得ないのだ。
「しゃーない。戦ったり」
オレの言葉に頷いてクッキーが言う。
「やるのか! やらないのか!」
「わかった。やるよ。やればいいんだろ」
オレは席を立ち、店の外に向かう。
「そうだ! この世の悪はアタシに倒されるために存在するんだからな! 皆さん! 安心してください! 巫女田イソラが倒しますよ!」
娘は全力でヒーローアピール。
「オレが悪なの?」
聞き捨てならない。
店内の全員が目を丸くしているように見えるのは気のせいなのだろうか。善悪の基準が壊れているというのは資質に難がありすぎる。
ババアめ、どんな育て方をしたんだコレ。
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