第53話 巫女田イソラ
一ヶ月ぐらいで印象が変わる訳もないのだが、それでも違って見えるのはこの島に来てからのオレの変化によるものだろう。気配はまったく普通の人間と変わらないのだ。
それでも、強さを肌で感じる。
横をすれ違う一瞬で、オレは臨戦態勢になり、そして戦う前に敗北を確信した。軽く戦ったかもしれない。手を出そうという意識になった瞬間にこちらの首が飛ぶイメージが見えただけだ。
確実な死、その力の差が見えた。
「聞きましたよ。早速一位を取ったとか」
背後に付き従うスーツ姿の五名と共に、入れ替わりにエレベーターに乗ると、振り返って不敵に唇を釣り上げる。偉そうな、とはじめて会ったときは思ったが、今となればそれが実力だと認めざるを得ない。
よく殴れたものだと思う。
「ええ、まぁ」
オレは曖昧に頷く。
怖いもの知らずってのは怖いな。
年齢不詳、子供を産めば産むほど強くなり若返るババア、オレが抱く機関への不信感の根本はこの女に対する生理的恐怖感かもしれない。
「成長が見て取れます。推薦したわたくしも顔が立つというものです。イソラ」
ババアは背後の一人をみた。
「はい」
メガネをかけたスーツ姿の女が返事をする。よく見るとそいつだけ他の大人とは違って明らかに若い。たぶん高校生ぐらい。きちんとした格好が馴染んでいないというのではないのだが、どこか無理を感じる。
うん。胸がないからだな。
「あなた、彼と戦って倒してみなさい。それができなければ、これからの同行を許しません」
「え?」
「では正生。また会いましょう」
そう言って、エレベーターの扉が閉まる瞬間、ババアはその女の腕を引っ張り、外へ放り出した。反射的にオレがそれを避けたので、広いエントランスにゴロゴロと転がる格好になる。
「お母さん!」
逆さまにひっくり返り、スカートがめくれて白い地味なパンツを丸出しにした女は叫んだが、エレベーターは無音で上がっていった。
娘なのか。
「……」
オレは階数表示を見つめる。
五階で止まったということは、もしかすると義父に会いに行ったのだろうか。なんの話をするのか気になる。地球の危機が近いのなら、緊迫した内容になるのだろうが。
「おい、オマエ」
ババアの娘は遠慮して視線を逸らしている間に立ち上がっていた。黒縁のメガネをかけているが、全体的には母親のスタイルを真似ているファッションだった。
タイトなスカートに開襟のシャツ、胸の谷間は見えない。ブラックのスーツ、ただ網タイツではなく黒のニーソックスなのが、色気に徹してなくて中途半端に見えるのだろう。化粧も薄い。
下着も白だしな。
「あの人に子供が五百人以上いるってマジ?」
オレは気になってたことを尋ねた。
「なんでオマエにそんなことを答えなきゃいけない。それよりもまず、アタシと戦え!」
「あ、っそ」
教えてくれないのなら別にいい。
そもそも五百人もいたら、娘だからって把握してるとは限らないしな。確実に上の方の人間はもう亡くなってるだろう。能力を受け継ぐならババアの子供たちもまた化け物かもしれないが。
「んじゃ、さよなら」
オレはヒロポンを取り出して、クッキーに電話をかける。義父との用件は済んだ。合流して色々と話すことがある。主に当照さんについて。
「は? さよならじゃなくて、戦えと」
「早いやん。終わったん?」
クッキーがすぐに出た。
なんか食ってる感じの喋りだな。
「終わった。そっちはパン屋? オレも腹減ったから食いたいんだけど、店ってどこ?」
「ん、エントランスからやと正面に進んで、役場と反対の奥。ショッピングエリアの入り口付近」
飲み物で喉を通してクッキーは言った。
「ショッピングとかできんのか」
オレは説明の通りに歩きはじめた。
「島の外からの輸入品が主やな。なんやかやで島の住民はよく使う場所やし、逆に島に視察にくるお偉いさんとか向けのお土産的な……」
「なめるなよ」
背後で気配が膨らんだ。
「ありがとう。クッキーすぐ行く」
オレは電話を切り、立ち止まって振り返る。
こっちには戦う理由がないんだけどな。
「飯食ってからにしてくれないか? 別にそれくらいは待てるだろ? そっちは朝食済んでるのか? なんなら一緒に」
「機内で食事は済ませた。こことは時差がある地域から来ている。こっちは用件が済めば寝るところだ。待ってなどいられない」
早口でこちらの言葉に被せるとババアの娘は拳を握りしめる。やる気満々、流石に様子がおかしいと周囲の視線も集まりつつある。
あんまり目立ちたくないのだが。
今はマタが改造の真っ最中でチームとしては戦力ダウン状態である。ここぞとばかりに一位狙いが寄ってきて、登校までに襲撃を受けるとか、あまり考えたくない。
「公共施設内は戦闘禁止だ。島のルールは守った方がいいんじゃないのか? あんたがどんな立場の人間か知らないが、母親は機関の理事だろ?」
オレは言う。
「アタシはオマエらとは違う。巫女田イソラ。戦ってその強さを証明するまでもない。生まれながらのヒーローだ。現一位だかなんだか知らないが、玉石混淆にされてる時点で大したことないんだよ」
ババアの娘は居丈高に言った。
エリート宣言である。
「石ころなのは否定しないけどさ」
オレは諦めて、外に出るように促す。
「それでいい」
「負けたらヤバいんじゃないの?」
挑発してみる。
「アタシが? オマエに? バカバカしい」
「……」
たぶんこの娘はそこまで強くない。
弱くはないだろうが、脅威は感じない。
オレにはそれがわかっていたし、おそらくババアの意図もそういうことなのだ。思い上がった娘を叩き直したいというような、ちょっと喋っただけだが、そう感じさせるに十分な傲慢さを見せてくれている。
ウザい。
しかし、余所の家の躾に利用されるのは腹立たしいな。どう考えても親の仕事である。ババアちゃんとしろ。忙しいからって丸投げすんな。そういうところが信じられない。
「勝敗はどう決める?」
自動ドアの手前でオレは言う。
決めた。
「気にすることはない。戦いがはじまれば数秒の内にオマエが気絶して終わる。それだけだ」
「それだけかー」
オレは少し立ち止まった。
「?」
ババアの娘がこちらに気づいたが、その両足は止まることなくセンターの外へと踏み出す。戦いを挑むには油断しきった対応だ。
「はいっ」
オレは勢いをつけてその背中を追い越すように外に飛び出しながら、油断しきった後頭部を掴んで地面へ叩きつけた。
「んな!? ぐ」
アスファルトにぶつけたメガネにヒビが入る。
ぽっかりと顔の形に凹んだな。
「お母さんに叱られとけ?」
オレは言って、再度地面へと叩きつける。
同じ穴が深くなる。
「ひきょ、うなっ」
意識はあるようで、そこはエリート。
「石ころは大変なんだよ」
生まれながらのヒーローなら死にはすまい。
オレは頭を掴んだまま回転し、ハンマー投げでもするみたいにババアの娘を正面のビル群の方へと思いっきりぶん投げた。木の葉が舞うように吹き飛んだその身体がビルの壁をぶち抜くのを見て、施設内に戻る。
勝ち逃げ。
「我ながら、悪辣非道」
オレは小走りにパン屋に向かう。
しかし、正々堂々と戦えとも言われてない。
生まれながらのヒーローなら敵がなにを仕掛けてきても対処しないとダメだろう。メガネ代を請求されたら弁償はしないでもない。エリートがそんな恥ずかしい真似をしないとは思うが。
目が悪い時点でヒーローとして微妙じゃね?
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