第25話 チーム結成

 闘技場から病院送りになったらしい。


「……昨日!?」


 オレの声が病室に響いた。


「昨日って、それ決闘はもう終わって」


 ベッドから跳ね起きようとして、しかし全身の激痛にそれを阻まれる。筋肉痛のような、しかし今のこの身体に筋肉痛なんて起こり得るのかよくわからない。


「そうです。はい。決闘は終わって。全先さんは丸一日寝ていて、まだ回復していないとのことですので、無理をなさらない方がいいと思います」


 ベッド脇に座っていたのはなぜか役場の中村千代だった。見舞いなのかなんなのかわからないがリンゴを剥いてくれている。皿の上に皮がきれいに繋がって落ちていく。


「いや……え?」


「ああ、大丈夫ですよ。はい。先生の話だと全先さんの能力の限界を超えて肉体へのダメージが生じた結果だそうです。回復能力が失われたとかではありません」


「そうじゃなくて、オレ、負けた?」


 肝心な部分の記憶がない。


 岩倉の眉間を蹴り飛ばして、カウントが開始されたところまでは覚えているのだが、限界を超えた三種の心器の反動が激しくて意識朦朧として。


「気絶したような」


 そう、完全に意識を失った。


「まさか。いいえ。あれで全先さんの負けとする訳にはいきませんよ。確かに岩倉さんも一日寝ていて、両者KOと言えなくもありませんが、どちらが勝ったかは明白でした」


 中村は言う。


「勝った?」


 オレは確認した。


「それはもう。はい。間違いなく」


「勝った」


 なんだか実感がない。


 それは中村の回りくどいしゃべり方のせいかもしれなかったが、最後まで立っていられなかったという事実の方が大きいだろう。


「島中大騒ぎですよ? いいえ。あの映像が外に出たらもう全地球規模で大騒ぎです。おめでとうございます。57位。もう首位が射程圏内ですね。私もこんなことならホテルに連れ込まれるんだったと深く後悔してこうして……」


 コンコン。


「邪魔するぜ」


 病室のドアをノックして入ってきたのは岩倉だった。青いハーフパンツに白いシャツをボタンを留めずに羽織ったラフなスタイル。筋肉を見せたいのかと普段なら思うところだが、へし折られた手の指やサンダルの脚の指と比べても、腹にずいぶんと痛々しく包帯を巻いている。


「……先輩」


 オレは違和感を覚える。


 腹にそんなダメージ与えただろうか?


「デクノボーとは言わねぇか。一丁前に気を使いやがって。決闘を挑んでまんまと最下位に落ちたおれを笑ってもいいんだぜ?」


 だが、岩倉は自嘲する。


「笑う気は、というかその、矢野白羽は……」


 色々と頭の整理が追いつかない。


「やのしらは?」


 目を眇め、言い慣れない風な岩倉の反応。


「え?」


 オレの方が面食らう。


 戦った動機のはずだった。


「負けはしたが、戦いそのものには満足してる。てめぇのお陰で新たな能力にも目覚めた。トップを目指すなら、またることもあるだろう。次は負けねぇ。それだけ言いに来た」


「あ、ああ……」


 さっぱりとした挨拶であった。


 もう割り切ったのか?


「余計な忠告かもしれねぇが、ランキングが上がると身を持ち崩す野郎も多い。遊びすぎるなよ、特にオンナだ。注意しろ」


 岩倉は中村を睨んで、病室を出ていこうとする


「先輩、あの!」


 お前が言うなよ、と思いながらオレは呼び止める。言わないといけないことがあるような気がした。矢野白羽を割り切ったにしても、あの女に戦うように仕向けられたということを伝えて。


「なんだ?」


 だが、振り返った岩倉の顔は気持ちのいい笑顔だった。そこに過去に対するなんらかの影のようなものを感じることはできない。だとしたら、これ以上は傷口を抉るようなものになるだろうか。


「えー、と。これからはラムネ先輩で」


 オレは言った。


「ラムネ?」


「名前の真ん中をとると、ラムネ?」


 決め技の名前を考えてたときに思いついた。


「デクノボーよりはマシだな」


 そう言って、岩倉は笑って出て行く。


「……全先さん。いいえ。私は違いますよ。遊びのつもりなんてこれっぽっちもありませんから。聞いてますか? 聞いてませんね?」


 魔性から逃れたのなら戦いの目的は達したのかとベッドに潜り込んで、ハッと気付く。逃れたのではなく、逃がされたのだ。流石におかしいと思うべきだ。


 その晩、矢野白羽が現れる。


 病室の扉をノックどころか、開けることすらせず、消えそうな気配がギシとベッドの上に這い上がってくる。岩倉先輩の忠告は実にありがたいものだった。


「節操がないんだな、やっぱり」


 オレはナースコールを握りしめて起きあがる。


 病院内では戦えない以前に、今はまともに動けないことは知られているから、間違ってもこちらが襲いかかったことにはならないだろう。


「そんな言い方って」


 矢野は両手を上げて降参のポーズ。


「ならどういうつもりだよ」


「誤解を、約束したから」


 そう言いながら、両足をまたいで膝で立っていた腰をストンと落とす。スカートの下のじわりと熱い感触にオレは戦慄した。濡れ、いや、そこまでしないだろ。常識、が通用しないが。


 夜の病院。


 飢えた怪しい女。


 正直、そういうシチュエーション、好きです。


「それをエサに岩倉先輩も釣ったのか?」


 なんとか理性を機能させる。


「用が済んだら記憶ごと消すわけだ。矢野白羽ってのは本当の名前なのか? 役場の人間に聞いたら、ランキングどころか住民にもいないらしいが。なんのつもりで……」


「ほっぺ、触った癖に」


「う、む」


 そこを指摘されるとキツい。


「強がらなくても、いいよ? 怖がらなくても、いいよ? なにも悪いことなんてない。少し、目的を見失うだけ。いずれ思い出せる」


 矢野はするすると腰を移動させてくる。


「一回? 二回? 望むなら何回でも」


「こ、断る」


 オレはナースコールを押した。


「恥ずかしがり」


 矢野白羽の姿は消えた。


「危ねー」


 病院で良かった。


 だれかを呼ばなければ逃れられそうにないくらい断腸の思いであったことを告白する。やってきたおばちゃん看護師に間違いだと告げて叱られたが、それでようやく落ち着けた。


 あの女、何者なんだよ。


 忙しいらしい医者には会うこともできず、オレは翌朝に自主的に退院した。全身の痛みは残っていたが、矢野がいつやってくるかわからない病室は居心地が悪いし、一泊七千H¥と聞かされては生活の心配がある。


 残金が三万を切っている。


 大食いをやってだいぶ金を使ったしな。


 病院を出ると、役場のある例の空港エントランスにそのまま行ける。この施設の名前は月暈島総合生活支援センターというらしいが、長ったらしいのでだれもそうは呼ばないようだ。


「ランキングの確定日が毎月二十日で、支給日が毎月二十七日? ペーパークラフト部が言ってたのはこれか。二十日にみんな一位を狙うと」


 オレは島への出口に向かいながらヒロポン内の生活の手引きアプリを参照する。ランキングは毎日変動するが、確定日のランキングでボーナスの支給額が変わるということらしい。


 今日は五月十九日。


「明日じゃねーか」


 寝てる場合じゃない話だ。


「ようわかってるやん、兄さん」


 気付くと、横にクッキーが立っていた。


 いつからいたのか。気配の多い施設内というのもあるが、歩きスマホは周囲への注意が散漫になる。まただれかとぶつかっても困るな。


「オレから来いって言ってなかったっけ?」


 タイミングは良いが。


「怪我人にそないなことは言わへん」


 クッキーは笑う。


「もうランキングも兄さんが上やし、役場でチームの申請を出すなら一石二鳥、こちらから伺わせてもらいますわ」


 商人のように手もみして言う、


「クッキーに言われなけりゃ、オレは自分を誤魔化して戦ってたと思う。それで決闘の途中で力尽きて、死んでたかもしれない」


 オレはランドセルの少女の前に立つ。


「よろしく頼むよ。これから」


「こちらこそや。ありがとうな」


 オレたちは握手する。


 矢野白羽のことは気になるが、それは五十鈴あさまから一位を奪ってからでも遅くない。そして奪うなら当然ボーナスを貰うべきだ。


「明日の作戦はあるんだろ?」


「ウチをなんやと思ってるっちゅう話や」


「自称、宇宙一可憐な天才」


「自称ちゃうわ!」


 オレたちは役場の窓口に向かう。チーム結成だ。

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