第23話 ゴキブリ並みの生命力
意識は途切れ途切れ。
回復はまったく追いつかない。
「まだ死んでねぇよな!?」
持ち上げられた足の向こうから岩倉の声が響く。この巨大化した声がなければ、とっくに寝ていたかも知れない。その意味では感謝だ。
強力な能力で偉そうにしやがって。
魔性の女に誑かされてる癖に。
その腹立たしさだけで戦意は萎えない。
「女に踏まれる前に死ねるかっ!」
四つん這いで立つ。
全身の骨がガタガタのボロボロだ。まっすぐに地面に立てる気がしない。だが、相手がこちらの回復など待ってくれる訳がない。
岩倉から落ちる影が濃くなる。
「てめぇを踏んで気持ちよくしてくれるオンナなんかいねぇんだよ! 屑が!」
すでに足のサイズだけで三メートル越え。
体重はどのくらいなのか。
受け止めて支えるのはもう無理だ。
「んぎ!」
オレは力任せに両腕と両足で地面を叩いてはね避ける。その反動の痛みで全身が痺れ、横っ飛びにゴロゴロと転がった。
「潰れたカエルみてぇだぞ!」
岩倉はホップしてさらに踏みつける。
「どっこい生きてんだよ!」
避けられない。
オレは仰け反るように跳ね上がって、無防備な足の裏めがけて飛ぶ。腕も脚も攻撃を仕掛けるには回復不足、生理的には拒否感あるが。
カウンターを決めるならここだ。
「んんん!」
大男の呻きが結界内で反響。
「てめぇ、このっ、やりやがって」
そしてその巨体が地面に倒れた振動が広がる。
「……く、はっ」
揺れで全身のダメージを感じる。
苦しい。だけど、それは相手もだ。
のたうつのも無理はない。そこはなかなか鍛え上げられるところではない。
「タンスの角よりオレの頭の方が堅い」
首を押さえて立ち上がる。
右足の小指を頭突きでへし折った。変な方向に曲がってる。これで指は二本目。あと十八本へし折れば動けないだろう。
これは勝機じゃないな。
確実にオレの首がダメになるのが先だ。
それに。
「バカが!」
岩倉はさらに大きくなっていた。苦痛に顔は歪んでいるが、もう見上げていると疲れるレベルでデカい。痛めた首のせいもある。
あ、また頭から血が流れてきた。
「こんなもんでおれが参るか!」
大男は歯を食いしばって立ち上がる。
「その割には辛そうだが」
根性あるな。
「耐久戦とか言ってたけどな。有利なのは……」
「小さすぎてもう聞こえねぇよ!」
岩倉の拳が山崩れのように降ってきた。
とっさに避けたが、地面へ叩き込まれた振動と風圧で踏ん張りのないオレの身体は闘技場の壁に叩きつけられる。
「う、く」
大きくひび割れた地面はもう災害だ。
「ノミみてぇに跳ね回りやがって」
岩倉の目が少し迷った。
「カエルからのランクダウンが激しいな!」
オレは居場所をアピールする。
やっぱり相対的に小さくなると敵も見失いやすくなるか。巨大化は視覚的な弱点にもなりうる。そろそろだ。攻略法というほどでもないが、能力を聞いて倒し方は考えてきた。というかこれしか思い浮かばない。
限界越えの一撃によるカウンター。
「悪ぃな、ノミっつぅより、ダニだった」
こちらを見つけた岩倉が踏み込んでくる。
おそらく闘技場内ならどこでも二歩で届く。
「違いがわからねーよ!」
オレは身構える。
まだ回復が追いついていない。
野比たちは岩倉が大きくなる前に倒すのが最善だと言ったし、オレもその考え方に同意するが、それは選べないとも思った。開幕限界越えは耐えられたら動けなくなって終わりというリスクの大きさも意識はした。でもなにより。
能力を封じての勝利は意味がない。
決闘に絶対の自信を持つであろう岩倉のスタイルそのものを打ち破らなければ、勝利しようとも目を覚まさせることはできない。そういう気がしたのだ。
「見えるか見えねぇかだ! ボケが!」
上体を大きく動かしてのパンチ。
これだ。
オレは闘技場の壁に沿って駆け出す。
「今更! 逃げてんじゃねぇぞ!」
叩きつけた山体崩壊のようなパンチが、結界の中に嵐のような風を巻き起こす。砂煙はありがたい。オレは自分でも地面を叩いて姿を消す。
「どこへ消えたぁ!」
「……」
勝負は一度きり。
闘技場内で、岩倉の気配からもっとも遠い地点へと、砂煙に紛れて移動する。攻撃が当たろうが当たるまいが全力のスイング。
それさえわかれば十分。
もう少し、あともう少しで骨は治る。
肉体の痛みが収まるまで。
なぜオレが目の前の大男と戦うのかと言えば、矢野白羽に騙されていると信じるからだ。これを正義とは言わない。女に騙されて幸せな男だっているだろう。あるいは岩倉自身も騙されてると理解しているかも知れない。喋ってみて、そこまでバカでもない気がしている。
オレだって好きな女なら喜んで騙された。
好きな女が男を両天秤にかけて争わせる。それに勝利することで愛される資格を得る。熱い動機だ。男らしい。タイミングが違えば、オレが先で岩倉が後だったりすれば、オレの戦う理由は逆になったかもしれない。
そういうことなのだ。
なにが善で、なにが悪か。
そんなものはタイミングと立場でいくらでも変わりうる。クッキーに言われて気付いた。月暈機関を信じていないオレは、本当はオヤジのことも信じちゃいないのだ。テロリストであるわけがない。頭から否定したオレは、真実から目を背けていた。事実を見つめなかった。
見極めなくてはいけない。
ヒーローならば、そのときそのときに信じるもののために戦い、その結果として起こることのすべてを引き受ける。善も悪もない、信じるもののために戦って勝ち、その正しさを証明しつづけるためにまた戦うのだ。
「来いよ、デクノボーッ!」
オレは叫んだ。
こちらからも土煙で相手の姿は見えない。
集中しろ、気配を捉えろ。
「本気で殺したいなら原型留めないぐらいにしてみやがれ! それとも虫も殺せない乙女か! ノミでもダニでもねぇ! ゴキブリ並みの生命力はあるぞ!」
「いい度胸だ!」
ズシン、と踏み込みの地鳴り。
オレも地面を蹴った。
巨大な岩倉の気配が動く。
カウンターの威力を最大化する。
こちらの限界越えの力をどこまで引き出せるかはわからない。その威力もわからない。だが、手の指は折れたし、足の小指を打ち付けて痛めもした。巨大化は、巨大化故の反動をも大きくしている。ならばこちらの小ささは、逆にピンポイントの衝撃になるはずだ。
針、いや、弾丸のイメージ。
岩倉の気配が拳を振り上げる。
オレはさっきみたその位置から目測を立てて飛ぶ、隕石のように落ちてくるその拳の真上。そこが限界越えの力の使いどころだ。
拳によって巻き起こる暴風の突端を。
蹴る!
「!」
土煙から飛び出したオレの姿に、岩倉の目が見開かれる。だが、振り下ろしかけた拳を地面に向けて蹴られ、その勢いに引きずられるのは変わらない。
「デカい面してんなよ!」
蹴った反動でさらに飛び上がるオレは足を伸ばして、計算通りの角度で突き出す。目指すのは人体の急所のひとつ、眉間。
「うううううぅぁラムネ討ちィッ!」
倒れ込んでくる巨人の勢いに逆さの跳び蹴り。
ズン、と全身に応える衝撃。
完全に入った。
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