第11話 外来種
休み時間に新入りがやってくる。
廊下からざわついていたが、担任に連れられて入ってきた男の右手が尋常ではなく真っ赤に腫れ上がっているを見て教室中が事情を察した。
新しいオモチャ。
「あの頑丈な能力はクマ先生好みだよねー」
「だね。体育、楽になるしラッキーかも」
ヒソヒソと教室が静かになる。
(また壊す気?)
教室の最後尾の席で読書をしていたあさまはちらりとその様子を見て眉を顰める。あまり気分のいい光景ではない。球磨伊佐美に目をつけられた生徒はそれなりの実力と可能性を持っていても大概が
それは担任が元ヒーローだからではない。
その指導理念がとことんまで生徒を逆境に追い込むことが能力を限界を超えて引き出すことに繋がると信じる覚醒教育論者だからだ。
(要は無自覚なサディスト)
あさまは思う。
厳しく指導することが生徒を強くすると信じ込んで気持ちよくなっている変態の一種。どうしても常軌を逸した人間が多くなるこの島の中ではマシな方ではあるのだが。
「初日から遅刻した転入生の全先正生だ。そういう奴なのでそこまで親切にしてやることもない」
「それが担任の言うことか?」
「左手で再挑戦するか? 先生は左利きだぞ?」
「……やだよ。こっちが治ると思って手加減せずに本気で骨を粉々にする教師があるかよ」
(反抗的な態度は気に入られるだけなのに)
口答えをする新入りに向けられる球磨の視線は明らかに悦んでいる。変態と相性が良いのもまた変態の証だ。巻き込まれないように近寄らないことにしよう。
そう思ったのだが。
「今は時間もない。決着は放課後だな。とりあえず、五十鈴の隣に座って授業に参加。あれはランキング一位だし、学業成績も優秀だ」
「いすず」
「一番後ろの黒髪の長い奴だ」
球磨はあさまに目配せしてくる。
「一位、へぇ……」
そして新入りと目が合った。
(面倒なことを)
自分への指導のつもりだとあさまは思う。
球磨は大雑把でデリカシーの欠片もないが勘は鋭い。一位を取ってからクラスで微妙な立場に置かれている状況ぐらいは察しているのだろう。新入りと絡ませることで融和のきっかけにしろというようなつもりの采配なのは明らかだった。
(余計なお世話)
「よろしく」
つかつかと歩いてきたほとんど着られていない制服姿の新入りは軽く会釈して隣に座る。愛想が良くないというより、完全に敵と意識している感じだった。
「ええ」
素っ気なく受け流しながら、机の上に置かれた新入りの右手が見る見る治っていく様子に、あさまは驚異を覚える。治癒力を高める能力は少なくないが、速度が尋常ではない。
間もなく休み時間は終わる。
「……転入生がいるようだから改めて言っておくとヒーローに最も重要なのはコミュニケーション能力だからね? 戦う前に戦いを終わらせる手段はそれしかない。対話して折り合えない時にはじめて武力が求められる。上手な言葉でなくてもいい。正しい言葉でなくてもいい。ただ心からの言葉を、心から地球と宇宙の平和を求める言葉を身につけるための、英語だからね?」
あの戦争の頃、自分は桃太郎だったと吹聴する老教師の授業が長い前口上からはじまり、教室が静かにまどろみに落ちて行く。
英語の重要性云々以前につまらないのだ。
(交渉は機関がやるって)
あさまもウトウトしかける。
「んん?」
だが隣の新入りはまじめに悩んでいた。
横目で見ても板書を写すので必死のそのノートに賢さは見当たらなかったがこの普通の日本の高校と変わらない授業をまともに受けているのは珍しいことだった。
(バカなんだ)
あさまは相手を見切る。
(なら恐れる必要もない、か)
授業が終わると待ちかまえていたかのようにクラスメイトが新入りを取り囲む。
「どこから来たの?」
「能力に目覚めてどのくらい?」
「あこがれのヒーローは?」
「もうチームに誘われた?」
いくつかの定番の質問が飛び交う。
(父親がテロリストって本当?)
あさまは心の中でひとつ付け足す。
もちろんこんなことはクラスのだれもが聞きたくて聞けないことだろう。よほど深い仲にでもならない限りは話題に出せない。つまり取り囲んでいるほとんどが真に知りたいことを永久に聞くことはないという不思議な状態にある。
(死刑になれば真実がどうでも同じか)
息子が機関に保護されたことを考えると黒よりは灰色に近いだろうと推測できたが、あさまにとってはあまり関係ないことだった。
自分を襲撃してくるなら敵というだけだ。
「田舎だよ。言ってもわかるかどうか」
「目覚めて一ヶ月ぐらい」
「実はあまりよく知らなくてさ。あこがれるほどのことは、ヒーローとかニュースでちょっとぐらいしか見たことがなくて」
(それって)
新入りの言葉にあさまはハッとする。
「意図的に見せられてなかったんじゃないですか? テロリストの父親なら、ヒーローに子供が憧れないようにするでしょうし」
思ったことはほとんど同時に言われていた。
「……」
新入りは沈黙する。
(!)
あさまはゾッとした。
「芙子、よせって」
「黙ってて」
額に大きなタンコブを作った
「返します。これ」
「あー、昨日の狙撃手?」
「あんなまぐれ当たりで勝った気にならないで」
「いや、オレ負けたけど」
「なにその余裕の表情! ムカつく!」
「ムカつかれても。先に撃たれたのオレだし、お互い様じゃないの? 確かにオレが靴を当てたのはまぐれだけど、そっちこそ狙撃の腕は凄いと思うけど殺せないこの島じゃあんまり役に立たなくない? ヒーローが暗殺ってのも」
「新入り! それは言っちゃダメだ!」
「くきゃぁああ!」
「芙子が壊れた! 銃を取り上げろ!」
(この男)
一気に混乱する隣の席を見つめながら、あさまは新入りが沈黙した時に感じた威圧感に背筋を振るわせていた。その話題が怒りの導火線であることは想像できたが、怒りが引き起こすそれの危険性は想像以上だった。
(バカだけど怖い)
同じようにそれを察した取り囲みに参加していないクラス内の他の何人か新入りを警戒して見ている。少なくとも怒りを即座に納める冷静さはあるようだが、それは相手が子供みたいな同級生だったからかもしれず、安心はできない。
(やっぱり、早い内に潰そう)
あさまはそう決める。
もし担任の方針で芽が出てしまったら困るのだ。一位になってからまだ一ヶ月も維持できていない。残り十一ヶ月に発生しうる不測の事態を可能な限り未然に制圧する。若い芽、特に外来種は早く摘まなければ在来種を圧迫するのである。
「腹減った」
新入りはそうつぶやく。
周囲の混乱など気にせず机に突っ伏してしまうその姿を横目にあさまは机の脇にぶら下げられたスクールバッグを見つめる。
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