第48話未来を変えるために
名古屋市北区某所、ひときわ目立つ高層マンションの見えるあたりの川辺にて、四人は緊張した表情でわずかに見える空間の裂け目を見つめる。割れ目は四人の前方上空10m程の箇所にうっすらと浮かんでいるようだ。
彼らの立つ場所は二つの川に挟まれた細長い陸地で、少し先で川同士が合流するような場所だ。雪菜のファクターで足場を作って渡ってきたのだろう。
予想通りというか、強大すぎる魔力は今までのアニマよりも早くシステムに引っかかっていたようで、SEMMで警報を聞き駆けつけてから既にそこそこの時間が経っている。
「随分焦らしてきますねー。 こっちはもう覚悟決めてきてるんだから早くして欲しいですね」
「おそらく変化が起きたらすぐだ、気を抜くなよ皆」
「わかってますってー」
いつもどおりの口調で浪に返す空良も、心なしか表情が硬く見える。最大の試練に挑むそんな彼ら四人に、300mほど離れたスポーツセンターの屋根上から視線を送る人物がいた。仮面で顔を隠した女性に、ヘラヘラと笑みを浮かべる少年の二人組。スポーツ観戦でもするかのように気楽な態度の少年は空間の亀裂を見て口を開く。
「さーて……、どっちが勝つかなー。 どう? 賭けでもしない?」
ふざけた態度で軽口を叩く少年、憂に対し仮面の女性は静かに口を開く。
「メジェドは私たちを利用しようとしているだけよ。 ……、あなたのする事に口は挟まないけれど」
女性の声は、どこか暗い影を感じるような低い声だ。憂は意味ありげに微笑むと、変わらぬ口調で返す。
「そんな事はわかってるさ。 強力なアニマが穴を抜けること自体に意味があるんだよ。 僕といえど今の状態じゃ第一柱を呼ぶことはできないからね。 仮にここで彼らが勝とうが問題はないさ」
「……、あなたはどちらに賭けるの?」
「どっちだろうね? でも……、ここで終わっては欲しくないかな」
「……、やっぱりあなたにとって『彼』は特別なのね」
「『あの日』のあいつを倒すことも……、僕の目的の一つだからね。 でもその前に潰れてしまうのならそれも仕方ない……、がっかりさせてくれるなよ、浪……!!」
そう言って憂が手を空間の割れ目へとかざすと、ずっと変化のなかったそれの様子が変わる。注意深く視線を向けたままの四人はすぐさま異変に気がつき、浪がまっさきに声を上げた。
「っ!! 皆っ、来るぞ!!」
彼の言葉とほぼ同時に全員構えを取り、雪菜はビットを生成し始め空良も魔力を練り始める。そして、一筋だった割れ目から無数にひびが入ると、そこから地面へとほぼ垂直に直径1.5m程の光線が放たれ轟音を立てて地を焼く。吹き付ける衝撃波に気圧されながらも、四人は顔を覆うように腕でかばい光の中から現れるアニマを注意深く見つめる。
ド派手な演出で地に降り立ったアニマは、額に金の装飾の当て物がついた白いベールのようなものを被り腰布を巻いた色黒の細身の男性のような姿をしている。由来の通り、古代エジプトの神官のような装いといった風貌だ。胸の中心に一つの大きな見開かれた瞳のような刺青が見える。
土煙が晴れ始める頃、ニヤリと微笑んだアニマ、メジェドは早速胸の前に魔力を集中させ、手を横に払うようにしてレーザーを放った。一瞬のうちに発動されたそれであるが、規模は直径50cm以上、感じる魔力もかなり大きい。あらかじめビットを生成していた雪菜がシールドを若干川の方へ向くように傾けて正面へと展開すると、シールドの上を滑っていったレーザーは幅の広い川の方へと曲がり、水面に当たると水深1mほどある川の水を底までえぐり盛大な量の水をはじき飛ばして消えた。
凄まじい威力であるが、通常ビットのシールドのみでそれを凌いだ雪菜の成長も目を見張るものだ。
「……、少しはできるようであるな。 四人のリーダーは赤髪の貴公か?」
「残念、俺じゃないよ。 ……、機械魔の王から詳しいことは聞いてないのかい?」
「貴公ら全員含めたうちのリーダーはミカエルを宿すアマデウスだと聞いているが」
「……? じゃあわかるだろう?」
「……、なるほどそういうことか。 まあいい、本来我らは争う筋のないもの同士。 だがこちらにも事情があってな、そうそう簡単に認めるわけには行かぬのだ」
赤髪の攻撃モードに変化中の凰児を始め、四人は意味深なメジェドの態度に訝しむような視線を送るが、お構いなしにメジェドは両拳に魔力をまとうと体勢を低くし臨戦態勢を取る。その視線の先に立つのは浪だ。ゆらりと動き出したかと思うと、一気に駆け出し距離を詰めた。
パキパキと軽く指を鳴らしたあと、魔力をまとった拳でラッシュをかけるメジェド。放たれる拳からは短くレーザーのように光が放たれ、一撃ごとに強烈な破裂音のようなものを響かせ衝撃波を伴っている。当たる場所によっては一撃で即死級の攻撃の嵐だが、浪は冷や汗を浮かべながらも最小限の動きで決して打ち合うことはせず全てかわしていく。
危なげなく凌がれた事に少し感心するような表情で驚くメジェドは、回り込むようにして接近していた凰児に気づくと横方向から跳躍して蹴りかかる彼の一撃を腕で顔側面を庇うようにして寸前で受け止めた。
攻撃力の強化がされている凰児の重い一撃に意外そうな表情を浮かべるが、力を逃がすために弾かれるようにジャンプして距離をとり、地面を滑りながら着地した直後すぐさま右手へと魔力を集め浪の方へと向けて振り抜きレーザーを放つ。
直径10cm程のそれは先程よりも小規模に見えるが、範囲が絞られている分威力はむしろ上がっている。空良が魔力拡散の魔法陣を展開するとそこを通り抜けたレーザーは拡散の影響を受けて淡い光の太いものへと変わり、その奥に組まれた氷の盾で遮断されて浪のもとへ届くことなく消え去った。
二人がかりではあるものの難なく攻撃を受け止められたメジェドだが、微笑みを浮かべて立ち上がるとよく通る声でリーダーである浪の方へと話しかけた。
「……、貴公、名を何と言う?」
「新堂浪、だ。 なんでそんなこと」
「ロウ、か。 まずは非礼を詫びよう。 正直我は貴公らがどうあがいたところでルシフェルを倒すことなどありえぬと考えていた……、が、成長しだいでは無い話でもないようだ。 奴が手心を加えただけだと思っていたが、アンリマンユを破ったという話に偽りは無かったというわけだ。 我がその名を記憶するに値する」
「えっ、それじゃあ……」
「しかしまだ認めるわけにはゆかぬ。 未来予知のアドバンテージを失ったことに加えルシフェルの襲来が早まる可能性……、貴公ら人類が見込んでいた勝利までの道は消えた。 それでも自分たちに任せろと言えるか?」
微笑みが消え真剣な表情で問いかけられた浪は、ひと呼吸おいて聞き返す。
「でも機械魔の王は自分たちで勝てないって判断してるんだろ? あんたもこうして俺たちの力を試しに来たってことは、自分だけで解決できないって薄々わかってるんじゃないか?」
「わかっているとも。 貴公らを見込みなしと判断せざるを得ない場合、天使どもを開放し異界へと返してもらう」
「なっ……!?」
予想していなかった答えに、浪は小さくたじろいだ。
「ルシフェル勢力は所詮力でまとめられているだけの有象無象、内輪での揉め事で古の戦の頃より衰退している。 今、我らと天使一族が手を組むことができればあるいは……」
「つまり、それ以上の可能性を見せられなければ認められないって事か……」
「そもそも貴公らには戦う理由はあるのか? 他人に言われるがまま、ただ動いているだけならば自分たちで戦うことにこだわる必要はないだろう」
「俺たちだってそれなりに自分で考えてここに立ってる。 SEMMの命令だからって命かけられるほど安くはないさ。 自分の手で守りたいものがあるからこそ戦うんだ」
「……、ならばもう言うことはないか。 悪いがこちらも退けぬ理由がある。 あとは拳で語ろうぞ……っ!!」
メジェドが再び微笑みを浮かべ両こぶしを胸の前で打ち合わせると、環状に衝撃波が発生し四人を襲う。圧倒的な闘気とともに髪が淡く神々しい光を放ち始めた敵は、先程よりも更に魔力が増しているように感じる。今までは小手調べだったのだろう。
しかしひるむことなく、防御の要である雪菜は指先を軽く噛み高性能な赤ビットを生成し始めた。
「多分通常ビットじゃまともに流すことすらできない。 コレ主体で使うとなると長くは持たないから、二人共お願いね……!!」
雪菜の視線はうろたえるような様子もなく、攻撃役の二人への信頼が見て取れる。凰児は微笑みながら雪菜の言葉に頷くと、浪へと振った。
「俺のファクターも長期戦向きじゃないしね、とっととケリをつけようか。 頼りにしてるよ浪」
「先輩の格闘スタイルとかまともに見たことないっすけど合わせられるかな……」
「同じ人に習ってるんだから平気平気!! ほら、来るよ!!」
メジェドは腕を振り払いレーザーを放った瞬間に一気に駆け出した。横に並んでいた浪と凰児の間あたりをねらって放たれたレーザーを二人が左右それぞれに分かれて回避する。
メジェドの狙いは右側に回避した凰児の方だ。それを察知していた凰児は着地と同時に体を大きくひねり眼前に迫っていた拳を間一髪で回避、それが背中を微かに掠めたさいの痛みをこらえ、すぐさま体のひねりを戻すようにして敵の側頭部めがけて拳を振り上げる。
速度をつけたままの空振りによって隙のできたメジェドは咄嗟に殴りかかった方の腕の肘を上げるようにして頭を庇う。普通に考えれば攻撃モード中で高レベルな肉体強化のかかっている凰児の一撃を不安定な姿勢で受けることはできない。が、人型であっても高位アニマ。その能力は人間の常識では測れない。
「なっ……!? この力で、押し負けるのか……!?」
メジェドは平然と凰児の拳を受け止めただけでなく、そのまま腕を振り払うように無理やり押し返して凰児を地面へと叩き落とした。倒れ込んだ彼に対してすぐさま追撃をかけようと腕を振り上げるメジェドに、凰児は激痛をこらえ咄嗟に炎のような魔力を放射した。
凰児の魔術は魔力消費による弱体化でその後の戦闘に支障が出てくるという代償と引換に、一瞬で威力を出せるという強みがある。放たれた一撃の威力を見誤ったメジェドは避けようとはせずに防御魔法陣を展開するものの、予想以上の力にそれを破られ腹の辺りにまともに食らった。敵が初めて顔を歪ませふらついた隙に、凰児は立ち上がって距離を取ると一度攻撃モードを解いて受けたダメージを回復させる。
入れ替わる様にして剣に魔力を込めた浪が上から斬りかかる。腕を振りかざしメジェドがそれを弾いた瞬間、目の前にハラハラと氷のかけらが舞い散るとすぐさま四本の氷剣となり襲いかかって来る。更に着地した浪が手をかざしてそれらに電気をまとわせ強化する。
メジェドの魔力であれば相殺するのは容易いのだろうが、雪菜はそれを巧みに操作し、四本のうち一本が敵の拳に砕かれることなく胸へと突き立てられた。流石に人間に比べれば頑丈なだけあって決定打とはならないが、ダメージを受けているのは明らかだ。
「いけるぞ……っ!! 俺たちだって戦える!!」
「……、なるほど、他者との協力、信頼こそが人間の強みであったな。 ならば戦い方を変えるか……」
調子づく浪に、メジェドは少し渋いような表情を見せる。しかしそれは彼に対する不快感や焦燥感から来たものではないようだ。彼は足に力を込めると、一気に後衛ふたりの方へと走り出した。
「現状一番厄介なのは氷使いの少女だろう。 そこから潰させてもらう」
「くっ、させるかよっ!!」
浪はメジェドの進路を遮るように立ち塞がるも、メジェドが魔力を込めた拳を振るうとそれを受け止めるすべは持たない。防御面に関しては基本回避する以外に手がない以上、メジェドの足を止めることは不可能だ。反射的に斜めに剣を構え受け流し、殺しきれなかった衝撃で弾き飛ばされて尻餅をついてしまった。
接近を許せば、雪菜の赤シールドでも正面から攻撃を受けることは不可能だ。しかし運動音痴の雪菜にはメジェドの攻撃を避け続けることなどできるはずもない。隣にいた空良は咄嗟に周囲の魔力を吸収し、臨戦態勢へと入る。川沿いである為、発現したのは前回同様水の魔術のようだ。しかしどうやら前回とは何か違う。3、4m程の距離で殴りつけるようにメジェドが放ったビームを、空良は川から引き上げた水の塊を盾にして受け止める。濁った水の塊はビームによって弾けるようにして消えてしまい、空良も雪菜も濡れてびしょびしょになってしまったものの、一切ダメージは受けていない。
「正面からあれを受け止めただと……!?」
「二つの川が合流する場所だからか、ここは水の魔力が特に豊富ですねー……。 暴走しないように……、落ち着いて……っ!!」
「他の三人に比べて桁外れの魔力……、なるほど、周囲の魔力を取り込むとは器用なことをする。 だが負担が大きいようだな」
「ゆきちぃ先輩、補助お願いします……!! こうなると拡散使えないんでこのまま倒しちゃうしかないですっ!!」
信頼を込めた空良の言葉に、雪菜は水が滴る服の裾をギュッと絞るときりっと顔を引き締めて返事を返す。
「ふふん、先輩に任せなさい!!」
その顔は、赤ビットの多用で若干顔色が良くないようにも見えるが、それを隠すようにおどけたような言葉で答えた。
とはいえ、空良と雪菜二人で勝てる相手でもない。浪が加勢しようと踏み出したとき、全員の頭に声が響いた。
『待って、このまま戦っても多分勝てない。 私に考えがあるの』
響いたのはエルの声だ。全員がぴくりと反応したのを察し、メジェドはあえて攻撃の手を少し止めた。
『メジェドの攻撃力は十柱でも指折りのレベル、でもそれで第七位ってことは逆を言えば防御力は凛の攻撃を平気で耐えたアンリマンユほどじゃない。 一人でも全力の一撃を当てられれば多分勝てる。 でも今一番警戒されてるであろう空良、消耗してる龍崎くんは厳しいし、雪菜は攻撃向きではないから止めは浪の役目だよ。 三人にはそのための隙を作って欲しい』
作戦を理解した三人は浪へとアイコンタクトをとり小さく頷いた。仲間に危険を負わせることになる作戦に浪はなにか言いたげだが、遮るようにエルが、今度は浪だけに語りかける。
『仲間にばっかり負担がかかってると思ってるなら大間違いだよ? 君が失敗すればおしまいだ。 責任重大なんだから』
「それは……、そうだな。 俺がきっちり締めなきゃ……!!」
『あはは、ごめんごめん、そんな緊張しないで。 何があっても私が何とかしてあげる。 それにみんなのこと信じてるでしょ? きっとうまくいく』
「そう、だな……。 よし……!!」
全員の雰囲気が引き締まるように変わったのを感じ、メジェドは不敵に微笑むと再度攻撃態勢へとはいる。狙いは変わらず雪菜のままだ。彼女をかばおうとするとどうしてもメジェドの攻撃を受けざるを得ない。強化状態の空良でも連撃を受け続けるのは厳しいだろう。苦い顔で身構える空良に、雪菜は大きく通る声で伝える。
「あたしのことは気にせずに攻撃を!! 自分の身ぐらい自分で守るよ!!」
そう言って赤ビットを生成し続け盾と成すと、メジェドの拳による連撃を弾いていく。一撃ごとに盾が砕かれていくものの上手に流し続け、更に残った破片を再利用し隙を見てメジェドの体を斬りつける。明らかに先程よりファクターのレベルが上がっているが、よく目を凝らせばその理由はすぐにわかるだろう。ビットの赤色がいつにもまして濃く見える。
雪菜の攻撃に敵がひるんだ一瞬で、空良は川から再度水を引き上げると敵の周りに集め、球状にして閉じ込める。身動きを封じられたメジェドが闘気にも似た魔力を爆発させそれを振り払うと、頭上から水で形作られた巨大な龍が襲いかかる。芹香が空良との戦いで見せたものと同じだ。
メジェドは右拳のみに魔力を集中させ、それを貫く。水が散り龍が消えると、そこには自分へと向けて拳を向ける凰児の姿。空良の一撃は目くらまし、迎撃したあとの隙を突くために凰児はその中に身を潜ませていたのだ。
「残り全てをこの一撃にかけるッ!!」
赤い髪が一層燃え上がるように鮮やかに染まり、拳を振り下ろすと同時に特大の炎柱が上がり、熱波が襲う。全ての魔力を一撃に込めるというだけあって、それはアンリの一撃にも劣らない熱量だ。
しかし炎が晴れたとき、その身を焼かれダメージを受けながらも、メジェドは不敵に微笑み立っていた。
「く……、そッ……!! 力を使いすぎていたか……」
力を使い果たし満身創痍の凰児は、そこで気を失ってしまった。
「確かに貴公らの力は目を見張るものだ。 しかし、連携が優れている一方で、こうして一人失うたびに大きく戦力は低下する。 四人で勝てぬものに三人で勝てるか?」
目に見えてダメージを受けているはずなのに、まったくそれを意に介さない様子の敵に思わず身じろぐ空良に、雪菜は小声で言う。
「相手もちゃんと弱ってきてる。 さっきより攻撃力落ちてるよ。 アンリちゃんと違って回復手段がないなら、このまま浪につなげば……。 もう少し頑張れる?」
「当然です……!!」
凰児の戦闘不能もあり、苦い顔で魔力を練り機を伺う浪に、エルが指示を出す。
『今のメジェドだったら空良なら凌げる。 次に奴が大技を使ったら仕掛けるよ』
ひるむことなく自分を見つめる瞳に、メジェドも何かを覚悟したように微笑みを絶やして口を開く。
「いい目だ。 成長途上の相手にあまり全力で、というのも気が引けていたが。 我も全てを出し切って戦う意味を見いだせそうだ」
「何を……、言ってるんですかねー……? まさか本気じゃなかったとでも……?」
「『メジェド』としては本気であったさ。 我の真の名を……、今は名乗ることを許されぬ名とともに受け継いだ力を見せようぞ……!!」
そう言って天に手をかざすと、彼は太陽の光を吸い込むように髪がいっそう輝きを増し、神々しいオーラをまとった。そこで、エルは何かを察した。
『まさか彼は……!? くっ、メジェドの名は本来王の敵を討ちとる騎士が名乗るもの……。 王である彼自身が名乗っているのも妙だと思ったけど……。 輝きの王から力を継いだのだとすると本気の彼は第七柱どころじゃないよ!! 計画変更、今すぐ加勢しないと二人が危ないっ!!』
尋常ではないエルの様子に浪は困惑した様子を浮かべながらも今貯めた分の魔力を剣に宿らせ走り出す。しかし、十柱上位に迫る今のメジェドから二人を救うには判断が遅かった。
「わが真名は太陽神ラー……、いざ参るッ……!!」
メジェド改めラーは両手に白い炎のような魔力を纏うと空良の方へと特攻を掛ける。空良が大量に水を放射して迎え撃つが、ラーは手を突き出して突進し水を瞬時に蒸発させながらど真ん中を突き進んでくる。
あまりの圧倒的な力に空良は声を失って立ちすくんで接近を許してしまう。敵が眼前に迫ったところで我に返って身構えるも時すでに遅し、しかし雪菜が赤ビットの盾を組んで彼女を守る。盾はラーの拳をなんとか受け止めるのだが、太陽の如き熱量はみるみるそれを蝕んでいく。
「こんな力の差じゃ……、どうしようも……、ないっ!!」
つい弱音を吐く雪菜の盾が破られると同時に強烈な熱波が空良を襲う。命までには関わらなくとも、彼女はそのまま意識を失ってしまう。そこでようやく浪が合流した。
「浪っ!! そのまま攻撃して!! これが……、最後のチャンスだから!!」
雪菜が叫ぶと同時に、ラーが拳に込めた魔力を浪へと放つ。しかし浪はそれを避けようともせずに、雪菜の言葉を信頼して敵の方へと剣を向け突っ込んだ。
そして、限界まで力を込めた雪菜の赤ビットの盾が浪をかばうように展開され、ギリギリ敵の攻撃を流しきって砕けたところで浪が攻撃後のラーへと飛びかかる形となった。
突き出された雷剣から、全力を込めた特大の閃光が放たれる。
血を流しすぎてうつろになった目で攻防を見守っていた雪菜が、声にならない声を絞り出してがくりと崩れ落ちた。
「ここまでやっただけでも大したものだが……、残念であったな」
「そん、な……」
ラーは体をひねって剣を避けると同時に、それを右手で掴んで止めていた。右手からは血が滴り、右半身が大きく焼けているものの、決定的なダメージとはなっていない。
「今貴公にトドメを刺す余裕は充分あったが、あえてせずに置いた。 ここまでだな」
「っ……」
「先程も言ったとおり、天使を解放してもらう。 このまま素直に従うのであれば、これ以上危害を加えるつもりはない」
「そんなもん素直に聞けるわけ……」
剣を離したあと、ラーは浪の言葉に厳しい顔で返す。
「従わぬも自由。 しかし、それによって傷つくのは貴公だけではないぞ?」
「くうっ……」
その言葉に浪は苦い顔で俯いてしまう。
しばしの静寂の後、浪は突然頭を抱えて苦しそうにし始めた。不思議そうな表情でラーが見ていると、小さなアニマがその体から分離して現れた。
「やあ、初めまして。 メジェド、と呼んだ方が君のためかな?」
「ミカエル、か。 自ら姿を現したのはアマデウスを守るためか?」
エルが自分を守るために出てきたのだと思った浪は焦って何か言おうとするが、エルが言葉でそれを遮る。
「メジェド、多分君は勘違いをしてるね。 私は二代目じゃない。 君が話に聞いている『ミカエル』と同じものだよ」
「何だと? かつてのミカエルは光の断罪者の異名を持つ王だったはず。 貴様の力はどう見ても雷だろう。 まあ、おかしいとは思っていたがな。 天使一族の王に近しいもので雷を扱うものはいなかったはずだからな」
「『私』をミカエルと違うモノとするなら、一族ですらないよ。 私が継いだのはミカエルとしての名だけではなく力、存在、その全て」
「貴様は、まさか……」
「そして浪はただのアマデウスじゃない。 私の力は長い人間界での生活で衰えてしまってる。 私の力を必要だというのならこの子の力は絶対必要だよ。 でも君は言葉で伝えても信じないだろうね。 だからそれを今……、証明する」
一人だけ会話を理解できず困惑していた浪の方へと振り返ると申し訳なさそうに微笑んだ。
「ここでお別れなんて私もやだ。 だからごめんね、迷惑かけるけど……、君ならきっと何とかしてくれるって信じてるから」
「エル……?」
未だ困惑気味の浪だが、何かよからぬ雰囲気は感じ取っているようだ。しかしエルは何も言わず浪の体へと戻る。そしてその直後、浪の体が大きく光を放ち始めた。
「ぐぅっ!? え、エル、何を……」
「これは、まさか……」
頭を押さえていた浪はしばらくすると、全身に輝きを帯びて背中に羽が現れ大きく雷を放った。今までも何度か神化を使ってはいたが、今回は様子が違う。その背にはしっかりと二枚の翼が見え、瞳は淡く光り強い威圧感を放つ。
「アマデウスの意識を乗っ取ったというのか……」
「これが私の120%……、この子の可能性の果てだよ。 この異常なまでの適合性……、この子の正体は君ほどのアニマならもう分かるんじゃない?」
「人間とは本当に……、因果な生き物だ……!!」
それぞれ拳と剣に魔力を込め正面からぶつかり合う。激しい光と雷の衝突、競り勝ったのはエルの方だ。
「さすがは第二柱……、だがっ!!」
再接近してラッシュをかける敵をエルは剣で迎え撃つが、どうにも動きが硬い。アッパーで大きく上にはじかれた後、強烈なボディーブローを受け小さく吹き飛ばされてしまった。魔力耐性が大きく上がっているため致命傷には至らないものの、咳き込んで膝をついてしまった。
「魔力は上がっていても剣の腕はロウの方が優れているようだな」
「そうだね。 つまり彼なら今の私より更に高みへ行けるってことだ」
「それで認めてやれるほど我も甘くはないぞ?」
「わかってるよ。 私は私なりの戦い方でやるさ。 自分で体動かして戦うなんて久々過ぎて調子上がらないけど、私だって元々はそれなりに強かったんだから」
不敵に微笑んで魔力を貯めると、向かってきた敵が眼前に迫ったところで姿を消した。あまりのスピードに咄嗟に振り返るラーに、神速のスピードで電撃を次々に叩き込んでいく。
しかしどうやらまともにダメージは通っていないようだ。ラーは冷静に精神を研ぎ澄まし、後方からの一撃を受け止めすぐさま光の球を打ち込んで反撃した。エルは腹の辺りにそれを受け、地面を転がりながら受身を取って苦しそうな顔で立ち上がるが、そこにはわずかに笑みが見えた。
ラーは気づいていなかった。後ろで倒れこんでいる少女がわずかに顔を上げ、魔力を練っていることに。
遠距離での打ち合いでは分が悪いラーは再度接近し格闘戦に持ち込むが、エルの表情には余裕が見える。そして相手の謎の余裕に訝しげなラーの拳が、突然何かに阻まれる。そこには赤い小さな盾。
「なにっ!? まだ意識が残っていたのか!?」
「とっくに限界超えてるのにね……。 これが人間の底力だっ!!」
気合一閃、エルの剣が斜めにラーの胸を裂くと、特大の電撃が炸裂する。十柱上位の全力、十分に勝敗を決しうる一撃だ。ラーの体から輝きが失われ、『メジェド』へと戻る。
「ここまで、か……。 王よ、すみません……。 我はやはりあなたの名は継げぬ様だ……」
「先代ラーはルシフェルに敗れ、あなたはその役目を果たせなかった……。 譲れないわけだ」
「王の敵を打ち取るものとしての役目を果たすまで、王に与えられた名は名乗れぬ。 本来それを破った時点で負けを認めるべきであったのだろう……。 すまぬな」
「いいの、でも……。 そのかわり、あの子達に手を貸してあげて。 ちょっとこれから……、まずいことに……っ!?」
突然苦しみだしたエルは、しばらくした後神化が解けてしまう。フラフラとしながら我に帰った時、その人格は既に彼女から切り替わっている様子だった。
「あれ……? 俺は、ってうわあ!?」
「落ち着け、もう勝負は付いた。 ミカエルはどうした? 表に出続けるのも限界になったということか?」
「っと、どうなったのか聞いても……?」
「……、覚えていないのか。 いいだろう」
一通りメジェドに話を聞いたあと、浪は納得したようなしていないような微妙な表情だ。
「なんだか……、認められた気はしないな」
「しかしあれも貴公の存在あってこそだと言うならば認めざるを得まい。 ミカエルの話が真実であれば、更なる成長も考えられる。 これはあくまで暫定の判断である。 がっかりさせてくれるなよ」
「ああ、肝に銘じておくよ」
清々しい表情で微笑むメジェドに、浪は大きく頷いた。
「さて、ミカエルにはまだ聞くべきことがある。 表に出てこられないのであれば、貴公の方から話を通してはくれないか?」
「わかった。 えーと、ちょっと待ってくれ……」
メジェドに請われた浪は右手を耳に当てエルに呼びかける。しかしいつまでたっても反応は帰ってこなかった。彼の表情が訝しげに曇っていく。
「なんでだ? 返事が……、無い」
「何だと? いや、まさか……」
「何か分かるのか……?」
尋ねられたメジェドは、少しバツの悪そうな顔で小さくため息をついて答える。
「天使一族は人間界においてアマデウスから魔力を吸収することで存在を保っている。 アマデウスが回復したらそれをまた取り込んでを繰り返していくわけだが、それにも若干力を使う。 回復の為の余力というものが必要になってくるわけだ」
「じゃあまさか……」
「完全に力を使い果たし、存在を保てなくなっている……、ということか」
その言葉に、浪はうろたえながら必死に、すがるように尋ねる。
「ど、どうすればいい? エルを元に戻す方法は!?」
「ミカエルに匹敵する魔力の持ち主が力を与えればいいが……」
「それならシロ……、時間転移のホルダーがいる!! あいつなら魔王にも引けを取らない魔力を持ってるはずだ!!」
「他者へ魔力を受け渡す能力はアニマ特有のものだ……」
「そんな……。 あ、あんたは……」
「すまんが力不足だ。 十柱の間には大きな壁がある。 第四位と五位の間で大きくレベルが違う。 第二柱のミカエルを蘇らせるには他三体でなければ不可能だ。 しかし一柱、三柱は敵勢力側……、頼れるのは」
「第四柱デウスエクスマキナ……。 井上……、アンリマンユの主で機械魔の王……。 でもその人は……」
「方法はなくもない、か……。 此度の責任は我にある……、覚悟があるならば出来うる限り手は貸すが……」
なぜか少しためらうようなメジェドの言葉に、浪は即答する。
「どんな方法でもいい、エルが消えない為に出来ることがあるなら!!」
まっすぐ見つめる瞳に覚悟を感じ、メジェドは小さく頷いてその方法を口にする。
「いいだろう。 では、異界へ渡る準備をしてもらおう」
彼の口から出たのは、そんな突拍子もない言葉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます