第45話打ち倒すものの試練

 騒動から一夜明け、雪菜と翔馬の体を元に戻すことに成功した一同であるが、アニマが捕らえた際に漏らした情報によりまたしても緊迫した状況下に置かれているようである。

 とりあえず相手は魔王クラスの上級アニマということなので、支部へと戻りエルに話を聞くことになったようだ。応接室にて集合しいつものように浪が机の上にエルを顕現させているところだ。


「ふう……、っと。 話は聞いてたよな? 次に襲って来るメジェドってやつについて知ってることがあったら教えて欲しいんだが……」


「むう……。 異界で序列七位のアニマで、あまり侵略には興味がないとの噂だね。 まあ彼とはあまり接点がないからね……、何とも言えないけど。 デウスエクスマキナ……、アンリマンユの主と交流があると聞いたことがあるんだけれど、あなたは何か知らない?」


 エルはとりあえず自分が知ることだけを話すと、アンリへと話を振った。


「主に一度戦いを挑んで負けた話は聞いたことがあるわ。 遥か昔のことだけれどね。 それからちょくちょく交流があるらしくて機械魔一族と奴の国は良好な関係にあるけど……」


「じゃあ俺らの目的とか主さんの目論見も知ってるんじゃないのか? それにエルの話じゃ侵略にもそんな興味はないって……」


 浪の疑問の言葉に、アンリは小さくため息をついて一拍置くと、すっと立ち上がった。


「想像はつくけど確信はない。 ……、知ってる人に聞くほうが手っ取り早いわ。 ついてきなさい」


 そして、アンリに案内され車でどこかへと向かうことに。国道を左に曲がり山へとはいる。子幡緑地本園の方面である。そしてアンリに言われるまま木々に囲まれた特に何もない場所で止まると、全員車を降りる。運転手の翔馬はヒョイっと運転席を飛び降りると、キョロキョロと辺りを見回し不思議そうにこぼした。


「言われるまま運転してきたけど何かあるのかここ」


「昨日話した異界の穴よ。 昨日出現予測メールのとおりアニマが出現してBランク隊員が処理したって聞いたから、あのアニマもその時ここから異界へ帰っていったんでしょう。 ここでなら主と私とで話ができるわ。 ちょっと待ってて」


 そう言って目を閉じ耳に手を当てると、道路の端で山の方を少し見上げて話し始めた。


「あ、あー……。 我が主デウスエクスマキナ、聞こえますか? アンリマンユです、少しお聞きしたいことがあるのですが」


 アンリがそこまで言ったところで、彼女の視線の先でほのかに景色が歪んで揺らめく。


「聞こえテいるよ。 メジェドの事ダろう?」


「やっぱり分かってるんですね……。 あなたであれば止められるんじゃないですか?」


「残念だケどね……、彼は君たちヲ信用していナい。 到底ルシフェルを倒すことナど不可能だと言って聞かナいのさ。 だが、僕としテはルシフェルの勢力と真っ向から対立するかラには彼の助力は絶対必要にナってくる」


「ま、まさか……、主……!?」


「すまナいね、信用できナいのであれば実際に行って見テ来いと言ったノはこの僕だ。 彼は僕の右腕である君にモ興味があるヨうだし、喜んで了承しタよ。 空間術師の少年にツいて教えたのモ僕だ」


「な、何を考えているのですか!? 私はいま力を失って……」


 主の想定外の言葉に、アンリはすっかり取り乱してしまっている。主、デウスエクスマキナの声が聞こえていない他のメンツは困惑した様子でそれを見守っているのみだ。

 うろたえるアンリに、マキナは落ち着いた様子のまま続ける。


「どうヤら、ルシフェルが空間術師の存在に気付いたヨうなんだ。 おそらくメジェドと同じ手段でコンタクトを取りに行くダろう。 このまま行ケば想定よりモかなり早く人間界に現れる。 ……、今ここでメジェドに認めらレないようでは話にナらないよ」


 厳しい言葉に苦虫をかんだような表情でしばらく黙り込んだ後、アンリは諦めてため息を吐いた。


「……、分かりました。 主の考えは理解しています。 どちらにせよ奴を味方につけなければ、人間界にも悪影響がありますからね」


「おそラくそう時間を開けずに来るダろう、早めに準備を整えテおいて欲しい。 君には苦労ヲかけるね」


「全くです……」


 ため息をつくと、アンリはとりあえず主との会話を終えた様子だ。

 会話は他の皆に聞こえてはいなかったが、彼女の様子を見て戦いが避けられない様子ということだけはわかるようだ。浪は皆を代表して少し不安げな表情で尋ねる。


「その様子だとダメだったみたいだな……。 主さんは何て言ってたんだ?」


「……、そもそもメジェドをけしかけたのが主だったみたいね」


「は!? ど、どういうことだよ?」


「かいつまんで言えば、メジェドは主の考えに同調してくれなくて、私達にルシフェル討伐を任せるのが不満らしいわ。 それで、認めさせてみろって」


「無茶言ってくれるぜ……。 なんだかお前の時に似てるな」


 苦笑いで冗談交じりに言う浪に、アンリは一瞬おいて真面目な表情で返す。


「あの時は手を抜いていたとは言わないけど……、あなたたちの命は奪わないように気を使っていたわ。 でも今回は違う。 本気の十柱の王を相手にするにはまだまだ早過ぎるわ」


 厳しい言葉に、つい言葉に詰まり自分の方へと視線を向ける皆に、アンリはふっと笑って気を抜くと一転して優しいトーンで続けた。


「でも、それは私の時だって同じだった。 あなたたちはそれをひっくり返してみせたでしょう? もう一度見せてみなさいよ……、奇跡ってやつをね」


「井上……。 ああ、任せてくれ」


「いい顔だわ。 おそらく運命の子のみで戦わなくては奴は納得しないわ。 出来うる限りの準備をして備えるわよ」


 その後、乙部達幹部隊員にも事情の説明を行い、急ぎ魔王の迎撃準備を始める。アンリよりも高位のアニマとなれば、その反応はかなり早い段階で掴めるであろう。

 アンリの一族との関係や、デウスエクスマキナの話から察するに、おそらく此度の敵は無差別に破壊行為や侵略を行うことはないと思われる。出現時速やかに戦闘へと入る事のできるよう、乙部をはじめとした技術士で検知システムに不備の無いよう入念に点検を行う。

 そして、実際に戦う者たちはそれぞれ時間を作ってはその腕を高め合っているようだ。アンリが異界の穴で主との会話をしてから五日が経ち、その間には怪我の治った空良も戦線に復帰した。



 そして、その時は唐突にやってきた。SEMMで待機していた一同の耳に、サイレンの音がけたたましく響いてくる。


「緊急警報、緊急警報!! 栄テレビ塔付近の広場にて強大なアニマ反応!! あらかじめ迎撃任務を与えられていた隊員の皆様は速やかにエントランスへと集合願います」


 サイレンの鳴り響いた時、一同はちょうどエントランスの広間に集まっていたところであった。緋砂が駆け足で彼らに近づく。


「ついに来たね……。 まだ空間を抜けきっていないはずなのにビリビリ感じるよ。 やばそうな相手だが……、あんたたちに任せるしかない」


 緋砂の言葉を聞き、その場にいる皆に緊張が走るが、アンリは眉をしかめて考え込むような表情である。そしてしばらくしたあとポツリとこぼす。


「まさか、配下まで連れてくるなんてね……。 確かにルシフェル戦を想定するなら、単体であるとは限らないものね」


「おいおい、それじゃまさか……」


 アンリの言葉に、浪は若干引きつったような顔で言いよどむ。


「そうよ、この反応は奴自身のものじゃないわ。 これくらいならあの時の私のほうが強い。 数は……、二体ね。 主に簡単には聞いているわ。 魔王メジェドの両腕……、夜の女神ネフティスと蠍の化身セルケト。ネフティスは魔術主体の戦いを、セルケトは高い耐久能力と様々な毒で持久戦をするのが得意らしいわ。 二人合わせて王であるメジェドと同格ってところかしら。 少し離れて気配を感じるから、こっちも三つに別れたほうがいいわ」


「まあそうなるよな……。 どう分かれるか……。 龍崎先輩、翔馬、どうする?」


 この場では一番ランクの高い二人に指示を仰ぐ浪だが、凰児と翔馬は顔を見合わせて小さくうなずいたあと、浪に意思を伝える。


「いや、ここは君が決めてくれ」


「ええっ!? 俺がですか!?」


「ああ。 いつか君にはリーダーとして先頭に立ってもらうことになるかも知れないしね。 それに正直戦い自体はともかく戦力を判断して展開を予想したりする能力は俺たちもあまり高くはないからさ」


 凰児の言葉にもワタワタして落ち着かない様子の浪。翔馬がさらに軽い口調で続ける。


「レミアの時だって先頭立って引っ張ってたじゃねーか、大丈夫大丈夫。 ほら、早くしないと本命が来ちまうぜ」


「うう……。 それじゃ、俺と雪菜と昂月、それと龍崎先輩でメジェドとやる。 セルケトってやつは耐久型って言うなら火力のある井上と黒峰で、ネフティスってやつは大して相性も良くないかもしれないけど……、翔馬とシロに任せてもいいか……?」


「おう、どーんと任せとけ!! ……、こっちは二人づつだが、それでも間違いなくお前んとこが一番ヤバいんだろう。 ……、ちゃんと全員生きて帰ってこいよ」


「ああ……、当たり前だろ」


 お互い緊張と少しの恐怖を押し殺し、笑顔で軽く拳を突き合わせた。

 既に出現の警報が入っている配下二体に当たる二グループは先に支部を後にして、SEMMの管理する車にて現場へ向かっていった。SEMM隊員出動時はパトカーなどと同じく緊急自動車扱いとなり、サイレンを鳴らして走り出したであろう音が浪たちの耳にも入ってくる。

 そしてしばらくした後、思いついたように空良が口を開いた。


「そうそう、私たちを残したってことは基本アンリ先輩の時と同じ感じで行くってことですかー?」


「敵について詳しく知っているのが井上の主さんだけなんだが……、教えてくれたのは少しだけだ。 人型ではあるけどとにかく高火力、魔術でも接近戦でも正面からぶつかるのは悪手だ、って」


 いつもどおりの口調で尋ねた空良に、浪はアンリから得たであろう情報を伝えた。


「そうなるとあの時井上さんの本気を受け止めきれなかったわけだし、同じ手は取れないか」


「全員あの時より成長してるはずだし、一瞬で突破されるわけじゃないと思います。 雪菜と昂月は俺たちの回避の補助をして、先輩は基本攻撃モードで俺と一緒に攻めてもらえますか?」


「わかった。 それにしても、謙遜してた割には随分様になってるね。 やっぱり皆をまとめるのは君の役目だ」


「か、からかわないでください!!」


「からかってなんかないさ。 君が自信を持って先頭に立っていられる様になる為にも、ここは負けられないね」


「はいっ!!」


 浪の気持ちのいい返事に、凰児もそれを見守っていた二人も優しく微笑む。

 しかし、そんないい雰囲気も再度鳴り響くけたたましいサイレンの音によってすぐに破られてしまうこととなる。

 次こそは感じる魔力とプレッシャーからも間違いなく『本命』だ。


「緊急警報、緊急警報!! 水分橋緑地周辺にてSSランクアニマ反応!! あらかじめ指定された隊員は受付にて詳しい位置と情報を確認、係の者は速やかに特殊緊急事態による避難警報の発令手続き等を……」


 内容は予想通りであったが、四人は真剣な表情で息を呑んだ。


「ついに……、来たか。 皆覚悟はいいか?」


 浪の言葉と視線を受け、ほか三人も強く頷いた。



 四人が第七の魔王メジェドの出現予定箇所へ向かうさなか、一足先に会敵したのは蠍の化身セルケトへと挑むアンリ、凛の二人であった。テレビ塔と呼ばれる大きな電波塔に近い噴水のある広場の付近、封鎖された大きな交差点の地面に大きな黒い穴があいている。


「あれだな……。 魔力は言うほどでかくはねえか……?」


「セルケトは強力な魔術でガンガン攻めるようなタイプではないらしいから、魔力の強弱で単純に戦闘能力をはかることはできないわ。 あなたは毒を扱うホルダーと戦ったことがあったわよね」


「カレイドか。 あーいうタイプは得意じゃねえが……」


「機械魔である私はその手のものが効きづらいわ。 あなたは後衛メインでお願い」


「ああ、前は頼む。 ……、来るな」


 凛がポツリとこぼすと、穴からガバッと手が伸びてくる。そのまま這い上がるようにズルズルと穴を抜けるアニマに、凛は容赦なく魔力を練り上空から大規模な黒い雷を落とした。

 しかし、土煙が晴れた時には傷ひとつ付いていないぼさぼさの短い髪をした20代の青年くらいのアニマが気だるげに頭をかいてあくび混じりに立っていた。


「ひどいことするなー。 でも攻撃力はなかなかかなぁ、ふぁあぁぁ……。 眠……」


「なんだこいつ……、全くやる気を感じねえんだが……」


「うん、主はなんか面倒なこと言ってるけど、僕は君たちの事認めてもいいと思うんだ。 だから戦うのはやめよう、それがいい」


「絶対めんどくせぇだけだなこいつ……」


「まさかまさか、そんな……、ってイタタタタ!! 頭痛い!! ごめんなさいメジェド様真面目にやります!! 盟約発動は勘弁してくださいって!!」


 敵が一人で小芝居しているのを、凛とアンリは呆れ果てた様子で見ている。


「そういえば主から聞いていたわ……。 セルケトはメジェドが唯一血の盟約による拘束力を発動させなければいけないような怠け者だって……」


「そいつの配下は変な奴ばっかだな……、この前の虫といい」


「でも油断は禁物よ……。 奴の目つきが変わった」


 頭痛から解放されだらんと手を垂らすような体勢で俯いていたセルケトは、影の落ちた顔でニヤリと微笑んだ。そしてその直後、凛とアンリの足元が1m程の円形に変色していき、二人が咄嗟に飛び退いた直後に毒の塊が柱のように吹き上げ、セルケトめがけて飛んでいく。

 毒をその身に受け止めた敵はもごもごと蠢くように変化していき、人型ではあるものの、毒々しい紫の体に緑色の甲冑のような外殻をまとうアニマ態へと変化した。


「面倒だけどやるしか無くなっちゃったんで、本気でやらせてもらうよ。 本来であれば僕如き君の相手じゃないだろうけどね、異界十柱第八の王……、アンリマンユさん」


「何っ、井上お前……!?」


 セルケトの唐突な暴露の言葉に凛はつい取り乱してしまうが、アンリはため息をついて呆れたように話す。


「……、私のアンリマンユの名前は今は亡き、かつて主の右腕であった先代から引き継がれただけの物よ。 アニマにとって名は称号のようなもの。 私が16やそこらで古代の悪神の名を冠していることを不思議に思わなかった?」


「言われてみりゃそうだな」


「十柱第八位はあくまで先代のもので私は……」


 アニマ態となったセルケトは西洋鎧の兜のように顔まで外殻に覆われているため表情がわからない。その心は声から判断するしかないわけであるが、今のところとてもわかりやすく面倒そうな雰囲気がにじみ出ている。


「それはそうなのかもしれない。 だけどそれでも、本来の君となら是非手合わせしたかった。 ……、僕のことをめんどくさがりだという人がいるけどそんなことはないのさ、ただ……、無意味なことに労力を使いたくないんだ。 我々の一族は本来どいつもこいつも好戦的な蛮族なのさ……、この僕もね」


「つまり戦いたくないとか言ってるってことは、あたしらと戦うことに価値を見いだせない……、要するになめられてるって訳だ」


「人間態の僕に不意打ちして傷ひとつ付けられないんじゃね……、あくびが出ちゃうよ」


 セルケトの挑発的な言葉に、凛はニヤリと不敵に微笑むと剣に魔力をまとわせ最高速で距離を詰めて切りかかった。セルケトは焦る様子もなく外殻に覆われた腕で難なくガードするのだが、全身にかすかに黒いオーラをまとう凛の一撃はそれを僅かに欠けさせた。

 驚いた様子で腕を振り払ったセルケトにはじかれた凛は、華麗に着地したあと少しテンション高そうに敵へと話しかける。


「今のでちょっとイラッときちまったわ、あたしは短気なんだ」


「後衛メインでって言ったのに……」


 アンリは顔を抑えて少し呆れたようにため息をつく。それに対して、セルケトは雰囲気が若干変わったようであるか。


「感情で魔力が変化する、か……。 意外と楽しめるのかな」


 相変わらず表情は分からないが、その声からは気だるげな雰囲気が少しだけ消えたように感じた。

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