第23話もうひとりの禁術師
愛知県某所にある駒木市、今そこでは市全体に警戒態勢が敷かれ、とある場所に一切近づかないよう呼びかけがなされている。魔力を持たない一般人でも、そこに近づけばすぐに異変を感じ取ることができるほど、その場所では今人智を超える戦闘が行われている。
一人は超上級のアニマの力を自在に操る黒い翼の女。対するは、すべてを焼き尽くす炎を纏った燃えるようなオレンジの髪の美少女。
今までにも翔馬に凰児、手品師やカレイドなどほかよりも圧倒的に強い力を持つホルダーはいた。しかしいま対峙しているその二人の力は、その彼らすら足元にも及ばぬものであるとはっきり感じられる。
数秒のにらみ合いの後、ついに動きが見える。先に動いたのは炎の術師、アンリの方だ。腕をバッと振るうとその一瞬で敵の周囲を取り囲むように小さな円形の紋章がいくつも浮かび、その手を握った瞬間爆発を起こした。
敵は翼で体を覆ってガードした後、右腕と翼を横に大きく広げると無数のレーザーを発射した。それは放物線を描くように緩やかなカーブでアンリの方へと飛ぶ。
迎え撃つアンリは腕を顔の前でクロスさせ魔力を高め、腕を広げると同時にそれを解き放つ。彼女の体から発生した爆発的な高温は迫るレーザーを相殺し、彼女はすぐさま攻撃へと移る。
「これを、耐えきれるかしら!?」
そう言うと球体状に展開した魔法陣に敵を閉じ込め、一気に魔力を放った。魔法陣の内部は一気に高温の炎によって満たされ、まるで小さな太陽とでも言える程の高温を放つ。
しかしそれでも、敵を焼き尽くすには至らなかった。小さな太陽が爆発を起こし爆煙が晴れる前、アンリを中心とし周囲直径6m程の場所に五つの黒い槍が五角形になるように地面へと突き刺さった。黒い雷がバチバチとそのフィールド内で発生し、アンリは体の自由を奪われる。
「ちっ……!! この……っ!!」
彼女がもがいている中、ひときわ大きな黒雷がそこに降り注ぎ轟音を響かせた。まともに食らったであろうアンリはまだ立ててはいるものの、ボロボロの体で膝に手を付いている。
「ふん……。 ここまでとはね。 さすがサキエル、異界序列五位は伊達じゃないわね……。 でも、人間に飼われてる分際で私に勝とうだなんて、甘いのよッ!!」
叫んだアンリが拳を握り胸を張って天へと咆哮する。そこにいる全員が熱気にくらむ中、強烈な熱波を発するアンリはその体が次々変化していく。まず前腕部がまるで機械仕掛けのように変化、肘からはジェットエンジンのような噴出口が現れる。そして頬に紋章が浮かぶと顔の右半分ほどが表面が剥がれたように崩れ、ひび割れた部分から黒い肌が覗く。さらに生身の部分にはエネルギーラインとでも言うのか、淡く緑色に光るラインが縦横無尽に浮かび上がり、臀部には蠍のような金属の尻尾が現れた。
彼女の正体を、そこで全員が察する。確かに彼女は、ホルダーではなかった。いや、人間ですらなかったのだ。雪菜が彼女の変貌に信じられない様子で声を漏らした。
「アニ、マ……? そんな……、アンリちゃん……」
半人半機の身体を持つ灼熱の魔人、それが彼女の正体であった。
もちろん全員驚きを隠せない様子ではあるのだが、驚きの内容はそれだけではない。この場にいる全員が、この瞬間に二人の勝負の結末を予測できた。
「あいつの、勝ちだな。 圧倒的すぎる……」
ポツリとこぼした凛、それを証明するかのように一方的な勝負が始まる。
にやりと不敵に微笑んだ後、アンリは肘に炎の力を集める。噴出口より一気に炎が吹き出し、その力を乗せて一気に敵の方へと突っ込むとそのまま殴りかかる。敵は翼を前に出しガードするも、小さく吹き飛ばされてしまった。アンリはそこに再びジェットで一気に踏み込み爆発を伴う拳を無数に叩き込む。仮面で表情がわからないはずの敵は、あからさまに焦っているのが分かるほどであった。
翼によるガードはなかなかに高い防御性能を持っているようであるが、魔力に対し魔力をもって対抗している以上それは消費されていく。小さく息が上がり始める敵に、アンリは止めの一撃の準備をした。
「そろそろ終わりにしましょうか。 消し炭になったらあんたが何者かわからなくなるけど、まあどうでもいいことだわ」
そう言って右手を横にバッと振ると敵の頭上に大きな魔法陣が、左手のひらを足元へかざすと同じ魔法陣の小さなものが彼女の足元へ描かれた。エネルギーラインの光が右腕の方へ集まっていく中、彼女が思い切り地面の魔法陣を殴りつけると敵上部の魔法陣から敵へ向かって一直線に超高熱の炎が放たれる。
襲い来る衝撃波に、その場にいる全員が立っていられなかった。
尻餅をついたまま言葉を失っていた一同であったが、炎の中に何か異様な気配を感じ取る。
炎が消える瞬間同じようにアンリも気配を察知し、目を疑うようにそこを凝視した。翼の女が無傷であったことも驚きであるが、なんと炎の中からはもうひとり、少し背の小さな少年が現れたのだ。前髪で顔の隠れた少年は、薄汚れたTシャツにジーンズという軽装だ。
様子からして、アンリの一撃を凌いだのはこの少年の方であるようだ。
しかしアンリは一瞬で冷静さを取り戻すと、予想通り、とでも言うかのように冷静に尋ねた。
「なるほどね……。 あんたがもうひとりってわけ? 確かにその力は時間転移と隣り合わせ、使えても不思議ではないわ」
未だ余裕を崩さぬアンリに少年は軽い口調で返す。
「あーあ、ようやくこっちに着いたと思ったのに早速君かぁ。 君には何度も痛い目に遭わされてるから戦うのはやめにしておくよ。 今日は未来予知を潰せただけでも十分だし」
「みすみす逃がすと思うのかしら」
「逃げる空間術師を捕まえるのは無理なんじゃないかなあ? そんじゃ、時間稼ぎはおねがいしまーす」
そんなことを言いながら魔力を練り始める少年にアンリが狙いを定めるが、彼女が術を発動するよりも前に翼の女が爆発を伴う羽根をアンリの周りに生み出した。舌を鳴らし、アンリが爆炎を伴う拳を振るい羽根を全て撃ち落としている最中に接近した女は魔力を帯びた手刀で接近戦を試みる。というか、遠距離での魔法合戦では少年を巻き込んでしまうためそうせざるを得ないのだろう。
「ファクターによる攻撃ならともかく、そんな貧相な器で私と殴り合うなんて、死にたいと言っているようなものよ!!」
手刀による攻撃を二発、硬い金属の前腕で受けた後、アンリが攻めに出てすぐに攻守が逆転する。右、左、右といわゆるデンプシーロールでひるませた後左アッパーでガードを崩し、一歩踏み込むと肘からのジェット噴射による威力を乗せた強烈すぎる右フックを浴びせる。
腹にその重い一撃を受けた女は大きく吹き飛ばされうずくまって立てなくなってしまう。さらにそこに、アンリが容赦ない一撃を叩き込む。
アンリの前方に魔法陣が展開され、彼女がそれを思い切り殴りつけると高温の極太レーザーが発射される。しかしそれは翼の女の手前で何かに阻まれるようにぶわっと散らされ、炎が消えた頃そこには女も少年の姿も無くなっていた。
「……、ちっ。 流石に逃げる前に終わらせられるほどの差はないか……」
アンリは敵を取り逃がしあからさまに不機嫌そうな様子だ。そしてひとつ息を吐くと噴出口が収納され、頬の紋章が消えると同時に人の姿へと戻った。
そのままスタスタと立ち去ろうとする彼女の姿を見て、言葉も出ずに見入っていた浪が焦って呼び止める。
「おいおいおい!! ちょっと待てよ!! お前もあいつらも何者なんだよ……!? なんで人間のフリして学校に来てた? 何を考えてあの時俺たちをかばったんだ」
浪の言葉に相変わらず不機嫌な彼女はぶっきらぼうに返す。
「……、めんどくさいわね。 もうひとりの存在の可能性に気付いていたから、そいつが来るまでと思って気まぐれに時間を稼いでみた。 ただそれだけ。 正体まで明かすつもりはなかったからあそこまでしか手を出さなかったのよ。 結果的に、なんの手助けもしていなければ大変なことになっていたみたいだけど」
「隠す気あるのか? こんなに派手にやって」
「SEMMは私の正体を公表する気はないから。 あなたたちが黙ってればうやむやにできるわ」
終始めんどくさそうな様子でまともに顔すら向けず話す彼女に、浪も雪菜もシロも若干困惑気味だ。
そんな中凛が若干イラつきながらも冷静に、ある要求を持ちかける。
「……、てめぇの知ってることを全部話せ。 そうすりゃ黙っててやる」
「偉そうに脅しのつもり? 喋ることができないようにしてあげてもいいのよ……?」
「そうするつもりならとっくにやってんだろ」
アンリの力を見たあとでさすがの凛も若干緊張が見えるが、ここで引き下がる訳にもいかない、と強気の体勢を崩さない。額を抑えたアンリはしばらくしたあと深くため息をつくと、口を開いた。
「……、後でSEMMの支部で話すわ。 SEMMの裏事情を知っている人間がいたほうがスムーズに行くはずだから」
「アニマのくせに支部に堂々と入ってくるつもりかよ……?」
浪の当然の質問に、アンリは続けて答える。
「この状態では検知されないわ。 それに私に敵意がない限りあっちから攻めて来ることはないわ。 私の存在は未来予知の範囲内、十何年も前から既に知っているはずよ。 いまさらになって事を構えるメリットなんてない。 いいから言うとおりに待ってなさい」
そう言って彼女は、そのまま振り返ることなくその場を去った。
草の焼ける匂いに包まれた荒れ放題の広場に取り残された一同は、そのままSEMMの隊員が状況確認に来るまで呆然としていた。
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