第1部 3.異星人?

 天井の方から軽やかなベルの音が鳴った。振り向くと青年がドアへ向かう前に自動的に開く。

 現れたのはついさっき映像で見た西欧系映画俳優……じゃなくて美丈夫だ。ライトグレーのシャツと黒いパンツ、モノトーンの上下が地味にならずよく似合っている。

 太樹は立ち上がってぺこっと頭を下げた。すると意外にも彼も同じ動作をした。

 ――あれ?

 西欧人がお辞儀をすると思わなかったので奇妙に思う。もしかすると単純に自分の真似をしただけかもしれない。

 男性は安心させるように目を細めた。そして勝手知ったる様子で部屋の中に入ってくる。太樹たちのすぐ傍まで来ると、テーブルに黒い革の鞄を置いて中から何か小さい物を取り出した。

 それは小さな銀色のリングだった。指輪にしては少し小さめで、完全な輪ではなく一部途切れている。

 彼はそれを自分の耳に取り付けた。思ったとおりイヤリングのようだが、耳たぶではなくもっと上の方、耳介の真ん中あたりに付いている。

 彼は全く同じ物を太樹に差し出してきた。自分にも付けろと言うのだろう。どう引っ掛けるのだろうと思いつつ右耳にはめてみると、金属らしくなくゴムのような感触で驚く。

 次はどうすればいいのかなと思い彼を見やると何か言われた。と、思った瞬間――、

「僕の言うこと、わかる?」

男性の声が耳に直接響いてきた。

「え!? 何で?」

 仰天してイヤリングに触れる。日本語が聞こえたのはたぶんこれのせいだ。

「――それを付けたままにして。言ってること、わかるんだね?」

「は、はい。何これ、最新の翻訳機?」

「そのような物だよ。僕の名前はフィロ。君は?」

 声を発してから翻訳されるため少しタイムラグはあるが、十分に意思疎通が出来る。やや機械的な話し方だが自然な日本語だ。ネットに公開されている翻訳アプリでもまだまだ不自然な言葉しか出てこないのに。

 太樹は半ば呆然となりながら答えた。

「……僕は織田太樹。日本人で学生です」

「ダ・タイジュ?」

「織田、太樹」

 フィロはきょとんとする。「織田」という名字が発音しにくいのだろうか。

「名字が織田で、名前が太樹です」

「うーん、ミョウジというのがよくわからないけど、とにかくタイジュと呼べばいいのかな」

「はい」

 名字で通じないならファミリーネームと言えばいいのだろうか。言葉もわからないし一体どこの国の人たちなのだろう。

 太樹の困惑にはお構いなしに隣に座り、フィロは質問を続けた。

「君はこの部屋の前にいたそうだけど、どうやって来たの?」

 そこで太樹はやっと今まで通じなかったこれまでの顛末を伝える。とは言っても研究室で何かの光を浴びて気がついたらそこにいました、なんで信じてもらえるかどうかわからない。太樹は話ながら暗澹たる気分になってきた。

 フィロは軽く頷きながら太樹の話を聞く。話を疑ったり怪しんでいる様子はない。嘘をついてはいないだろうが精神的におかしいと思われているのかも。

 だけど何か意図を持ってここにいると邪推されるよりは、どこかイカレていると思われる方がましかもしれない。日本の医療機関か警察に送られれば自分の身元もはっきりわかるのだから。

「なるほど。タイジュ、まずは君の健康状態を調べさせてもらっていいかな」

「はい、じゃあ病院へ――」

 フィロは「いや」と手を振ってまた鞄から何かを取り出した。出てきたのはマッチ箱をやや大きくしたくらいの黒い箱。側面に穴が開いていて少し大きめの鉛筆削りのように見える。

「ここに君の指を入れて」

 削られないよな、と心配になりつつ人差し指を穴に入れる。三秒くらいでピッと電子音が鳴った。フィロが何か言う。

「表示」

 ――あ、表示って言ったんだ。そう思った瞬間、黒い箱の上に立体画像が現れて太樹はぎょっとした。

 赤い文字のようなものが並んでいる。太樹にはさっぱり理解できないが、フィロはそれを一つ一つ確認しているようだった。

「次は血液を調べるね。少しちくっとするよ」

 フィロが病院で採血する看護師さんと同じ事を言う。一瞬だけ指先に刺激を感じるが注射器とは比べものにならない弱い痛みだ。

 また電子音がして立体画像が切り替わった。

「うん、病気もしてないしウィルスや細菌に感染はしてない。少し疲労がたまっているくらいだ」

 満足そうにフィロが言う。

 ――俺、一応理系の大学の学生なんだけど。こんなに早く血液検査できる技術なんて知らなかった……。

 衝撃で頭がくらくらしそうだ。

「さて、ここからは個人情報に踏む込むことになる。――カイ、君は見ちゃ駄目」

 フィロは横で黙って立っていた青年に呼びかけた。「カイ」というのが彼の名なのだろう。

 カイは興味なさそうに部屋の隅に行く。さっき飲み物をくれたときと比べ表情がかなり固い。フィロが大使館の職員で、カイは別の職員の家族とかそれくらいの間柄なのかなと太樹は想像した。

 フィロはすっと自分の左手を挙げる。その甲に向かって何か言った。その言葉はなぜか翻訳されなかった。よく見ると中指に金色の指輪を嵌めている。

 フィロの瞳に赤い画像が反射している。どうやら手の甲に画像が映り、彼だけに見えているらしい。

 時計型端末は日本でも使われているが、スマートフォンほどの機能はない。フィロの使っているのは指輪型で音声認識し、プロジェクタのように画像を映すことも出来るようだ。太樹は自分がどこかの国の国家機密に関わっていないのを必死に望んだ。

 フィロがまた何かを告げる。――瞳に映る光が何度か点滅している。画像を切り替えているのだろう。

 彼の目がゆっくりと細められる。怪訝な表情にも見えるし、面白がっているようにも見える。

「通信終了」

 やっと言葉が翻訳された。フィロは左手を下ろし太樹に顔を近づけてくる。画像を見ていたときとは違い、自分を観察するように目を見開いていた。

「タイジュ、君は……面白い」

「は?」

 面白いことを何も言っていないし変顔だってしていない。この美丈夫は何を言い出すのだろう。

「いや、すまない。タイジュ、君がどこから来たのか、何者なのか、ここにはわかる人は誰もいない」

「はい、お二人とも初対面ですから」

 当たり前のように返すと、フィロは苦笑した。

「そういう意味じゃないよ。もっと正確に言うと、僕たちの持っているデータベースに君の存在はない。可能かどうかわからないけど、君は誰にも気づかずに生まれ、さらに何の記録も残さずここにいるってこと」

「え……?」

 太樹は言われていることの意味がわからず首を傾げた。そういえばフィロは個人情報がどうとか言っていたが、もしかして役所の情報を盗み見たのだろうか。そこで織田太樹という人間の戸籍を探すが見つからなかったということ? ――でもフィロもカイも日本語は理解できない。

 部屋の隅から声が聞こえた。太樹が顔を上げると、翻訳機から言葉が飛び込んでくる。聞こえる範囲なら翻訳してくれる仕組みらしい。

「入退室のチェックが働いてないのか? 監視映像は?」

「もちろん調べたけど異常はないようだね」

「……意味が分からない。その子どもは幽霊か何かか?」

 カイがこちらを指さしてくる。太樹はちょっとむっとした。自分は子どもでもないし幽霊でもない。

「幽霊だったらメディカルチェック出来ないだろう」

 フィロが慰めるように太樹の頭をなでてきた。十分に子ども扱いである。

「それに翻訳機を使わないと話が通じないなんて……辺境の少数民族じゃないのか」

「そうかもしれないね。調べないとわからないけど、向こうの情報はあまりないし」

 辺境? この人たちは何を言い出すのだろう。

「僕は日本人って言いましたよね。辺境だなんてバカにしているんですか? 日本は先進国首脳会議に参加するくらいの国ですよ。経済的にだって……」

 フィロがはっとしたように太樹の肩を叩く。

「ま、待って。タイジュ」

「ニホンって何だよ?」

「黙れ、カイ。ややこしくなる」

 フィロは再び手の甲を掲げて何かを告げた。目線がちらちらと動く。スマートフォンを見ている人の動きによく似ていた。

「――秘密事項だ。ロックがかかっている」

 秘密事項? 日本国が? 領土は小さいが世界では経済大国、外交が盛んだし外国人観光客にも人気でオリンピックを開催するほどの国が?

 フィロとカイの言うことに理論的な説明がつかず、太樹の脳では処理しきれなくなってきた。二人がグルで自分をからかっていると思うのが一番手っ取り早い。

 不意にフィロが尋ねてくる。

「タイジュ、ニホンのソウリダイジンの名前は?」

「えっ?」

 きょとんとしつつもそのフルネームを答える。

「ショートクタイシのいた時代は?」

「飛鳥時代」

「ダチョークラブが登場するときは?」

「………………ヤー!」

 思わず両手を突き出してしまう太樹である。ここまで答えられれば純粋な日本人とわかってもらえるだろう。

 ……フィロとカイの視線がちょっと痛い。

「……ロックが解除した」

「えっ」

 体を動かしてフィロの見ている映像を覗き込む。案の定、文字らしきものが並んでいるが太樹には1つも理解できない。

 文字がスクロールしてゆく。フィロは「へえ」などと呟きながら読んでいるがこちらは理解できないのでもどかしい。

「フィロ、秘密だか何だか知らないけどいい加減にしろ。もうその子どもを連れて出て行ってくれ」

 不機嫌を露わにしたカイの言葉に、太樹は内心頷く。突然現れた自分がいつまでもこの部屋にいては迷惑なだけだ。フィロが大使館の職員なら事務所とか公的な場に連れて行くべきだろう。

「いや、カイにはタイジュをしばらく預かってもらう」

「何言ってんだ?」

 カイの疑問はもっともだ。太樹も怪訝な顔でフィロを見た。

「タイジュ、はっきりしたことはまだ不明だけど、君は未知の世界から来た人間のようだ。つまり僕たちにとって異星人みたいなものだね」

「はあっ!?」

「あの……言ってることが全然分からないんですが」

 カイはぽかんと口を開け、太樹は不信感たっぷりにフィロを見やる。

 そんな反応を全然気にしない様子でフィロは続けた。

「ここにはニホンからやって来た人間のことが書かれている。ニホンは小さい島国らしいけど結局どこにあるかわからなかったらしい。とはいえ狂人の妄想と決めつける事も出来ない。何故なら――」

 日本の場所がわからない? ユーラシア大陸のすぐ東にあって、大航海時代にはたくさんのヨーロッパ人が訪れていたくらいなのに?

「そのニホン人のY染色体は僕たちとも他の少数民族とも違うハプログループだった」

 Y染色体は男性だけが持つ性染色体だがその変異した場所で分類され、人類のルーツを探ることができる。その分類をハプログループと呼ぶが、東アジア人なら欧米人と違うハプログループであっても不思議ではない。

「……突然変異じゃないのか」

「はっきり言うけど、そのニホン人のハプログループは誰も見たことがなかった」

 太樹はY染色体のハプログループ系統図を見たことがあった。系統はAからTまであり、日本人に多いグループはDやOだったはずだ。見たことがないなんてあり得ない。

「さっき太樹のY染色体も調べさせてもらったけど……そのニホン人と同じグループだったよ」

 一瞬にして場の空気が固まる。

 その日本人や太樹は、ここにいるフィロやカイ、そして辺境の少数民族の人々とも全く違う系統を持った人間ということになる。

 つまりフィロの言う通り「異星人」と思われても仕方ないのだ。

「だから僕がタイジュを連れて行ったりすると研究対象に飢えてる連中にいじり回されると思うんだ」

 太樹は思わず「ひっ」と声を上げる。

 自分も研究者の卵だから想像できるが、実験マウスにされると思うと恐怖しかない。

「それで僕の部屋に隠しておけと? そんなこといつまでも続けられるわけないだろう」

 カイがまた不機嫌そうに言う。その言葉はもっともだと思うが感情としては研究対象にされたくはない。

「もちろん上に報告はする。それからタイジュの待遇をどうするか協議にかける。それが決定するまでは余計な騒ぎを起こさせたくはないんだ」

 日本でも建物や道路、車にも監視カメラがある時代だ。個人情報がネットで調べられるくらいなので、ここは日本以上の管理社会らしい。もしも太樹の存在に誰かが気づいて調べられると、厄介なことになるとフィロは言っているようである。

「……この子どもが僕に危害を加えないという保証は?」

 カイの言葉に太樹は仰天した。ちょっと待ってくれ、自分は安全安心な草食系男子だ。

 ……だが異星人並に未知の人間が近くにいればその懸念は仕方ないかもしれない。

「ぷっ! カイ、君が冗談を言うなんてね!」

 真剣な顔のカイとは対照的にフィロは笑い出す。

「冗談なんか言ってない」

「はいはい。でも僕はタイジュが危険な子には見えないし、カイが不意打ちされるとも思わないけど」

 カイが観察するように太樹を見る。確かに自分は細身で筋肉もあまりない。力ではカイの方が勝っているだろう。

 そもそも他人に危害を加えても何の得もない。それに異星人もどきとはいえ危険な思想にはまっていたりしない。

「……それに君が僕の頼みを断る権利があるの?」

 フィロが突然とんでもないことを言う。

「……」

 反論するかと思えばカイは黙ったままだ。叱られる子どものようにぎゅっと口を結んでいる。

 ――この二人の関係が太樹にはますますわからなくなってくる。

「……わかった。でもなるべく早くその協議とやらを始めてくれよ」

「もちろん努力するよ」

 答えに満足したようでフィロはにっこりと笑みを浮かべる。

「あの……」

 自分の事なのに置き去りにされて話が進められている。太樹は耐えられなくなり思わず口を開いた。

「とりあえずここがどこなのか教えてください。地球上のどこにある国なのか」

 フィロの微笑が突然消えてしまう。何か悪いことを言っただろうかと太樹は不安になった。

「タイジュ……チキュウもクニも、僕たちにはわからない」

「はっ?」

 翻訳がうまくできなかったのだろうか。でもどちらもよく使う言葉の筈だ。太樹はぽかんとフィロを見つめるが、彼は無言でドアの方へ向かっていった。

「おい、フィロ!」

 カイが呼ぶと彼は軽く振り向いた。

 やはり無表情のままで、カイも戸惑っているように見えた。

「……飯はどうしたらいい? 急に二人分も注文したら変に思われる」

「君のオプションを『調理』にしておけばいいだろ。十分すぎる材料が届くよ」

「自分で作れって?」

「何事も経験さ。そうそう、忘れるところだった。これが翻訳機」

 フィロは自分と太樹が付けているのと同じリングをカイに放り投げる。カイが受け取った瞬間、「じゃあ、また」と言い残し部屋から出て行った。

 再びカイと二人きりになる。カイがリングを付けたので言葉は通じるようになったが逆に気まずい。彼は太樹を迷惑に感じているのが明かだから。

 ふとカイが何かを呟いた。後れて翻訳された言葉に太樹は目を見開く。

「……あいつ、絶対何か隠してる」


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