第24話

 服はボロボロで、左腕の肩から先がなくなっていた。


「お前、その腕……」

「骨が折れた」

「折れたっていうか、もうないじゃないか」

「取られたのよ、スカーレットに。でもなんとかしてきたわ。もう二度と、立ち上がることはないでしょうね。この戦いが終わったら、亡骸を回収しに行くわ。アナタも一緒にね。でもその前に、アレをなんとかしなきゃならない」


 右手の人差指で前方を差した。シャルフバッハとグラスギングに向けられたその指は、かすかに、しかし確実に震えていた。


「もう限界なの。私は戦力にならない。アナタがやるの」

「でも俺だけじゃどうすることもできない」

「父上がまだ動けるうちになんとかして。私も、一撃くらいならなんとかなるから。グラスギングを殺さないと、もう魔族に未来はない」

「そんな未来を――」


 そんな未来をなぜ人間の俺に託すのか。そう言おうとして、口を閉じた。


 もうただの人間ではないからだ。そして魔族でもない。自分もスカーレットと同じく混血なのだ。どちらの世界のことを考えても不思議ではない。


 世界を救うなどといった崇高な目的はなかった。ただ、このままシャルフバッハが死ねば、間違いなく人間界も滅びの一途をたどる。


 崇高さも正義感もない。なくてもいいのだ。今は憎しみだけで充分だった。同時に、少しだけ憧れてしまった。


 シャルフバッハのような、人の前に立ち、人を守るような者に。ローナアルクのような、自分を犠牲にし、他人を逃がせるような者に。


 深呼吸を一つ。


 分析しろと自分に言い聞かせた。真正面からぶつかり合うなと自分を落ち着かせた。


 やれることはただ一つ。今までやってきたことの集大成であり、これまでの経験を活かすような戦い方をすること。


「アルク、合図をしたら全力でグラスギングの顔面を殴りにいけ」

「本当にその一撃だけしかできないけど」

「それでいい。あとは俺がなんとかする。シャルの方は自由にやってもらうしかないから、シャルに合わせるように俺が動いて、俺がお前を動かす」

「なにを考えてるかはわからないけど任せてもよさそうね」


 トントンと、背中を二回叩かれた。


「いい顔になった。ちょっと惚れそうよ」

「ことが終わったら惚れてもいい」

「考えて上げる。さあ、いってらっしゃい」


 一際強く叩かれて、その勢いで駆け出した。


 一貫せよ。自分の気持ちを疑わず、ひたすらに前へと突き進め。


「グラスギングー!」


 シャルフバッハが殴られる瞬間に、グラスギングに殴りかかった。


 サラリと避けられてしまうが、追撃を許さないようにと剣を振った。


 両方の巨体が体勢を崩すが、シャルフバッハの方が体勢を整えるのが速かった。


 剣を振って、避けられて。その避けた隙をシャルフバッハは見逃さずに追撃を加える。


 シャルフバッハが笑った。状況を変化を肌で感じたのか、それとも戦闘を楽しんでいるのか。そこまではフェルメールにはわからなかった。


「くっそめんどくせーなおい!」


 グラスギングの攻撃に合わせて、避けながらも剣を振るった。当たらなくてもいいのだ。この剣が攻撃であることを意識させればいい。そうすれば自ずと攻撃は少しだけ目的を外れる。攻撃が最大の防御とはよく言ったものだ。


 避けるだけでも防御するだけでもダメだと気づいた。それに、力任せにぶつかっても勝機はない。そんなことは初めからわかっていたことだ。にも関わらず、グラスギングと正面衝突してしまった。


 先日の模擬戦の時に思った。ローナアルクと自分はタイプが似ていると。最終的な一点に至るため、その全てをブラフにするという戦い方。魔力が上がって身体能力が向上してもそれは変わらない。


「面倒くさくてもなんでも、それが俺の戦い方なんだよ!」


 フェルメールの攻撃は一度も当たっていなかった。攻撃を当てていたのはシャルフバッハだけだった。


「ちっ」と舌打ちをして、グラスギングが後ろに飛び退こうとした。


 ようやくこの時が来た。勝負を終わらせるための一矢を見舞う時だ。


「アルク!」


 その叫びを聞き、ローナアルクがグラスギングへと突進した。


 魔力を溜めていたのだろう。その速度は、グラスギングやシャルフバッハの拳とは比較にならないほどに速かった。


 ローナアルクの拳は、グラスギングの顔へと一直線に向かっていった。


 けれど、これで勝負がつくほど、グラスギングという男は甘くなかった。


「わかってたよ!」


 目の端で彼女の姿を捉えていたのだろう。だからこそ反応し、彼女へと右手を伸ばしていた。


「それを待ってたんだよ」


 反応したのではない、反応してしまったのだ。


 彼女に右手を突き出すのと、フェルメールが剣を突き立てるのはほぼ同時だった。左手側にはシャルフバッハがいる。


 この一閃を避ける手段などない。


 身体に残る魔力を全て開放する。そういうつもりで剣を振り上げた。


「てめええええええええええええええ!」


 刃は完全に腹部を捉え、胸へと向かって斜めに抜けた。両断はできなかった。しかし致命傷であることは間違いない。


 鮮血が飛び散り、身体に降り掛かった。


「これで終わりと思うなよ!」


 剣を突き出す。目元を掠め、グラスギングの左目の視力を奪った。


 そのまま剣を振り下ろす。肩の腱を切り、肉を裂き、骨を割った。


 振り向きざまに両腿を同時に切り裂いた。


 そして最後に、胸に向かって剣を突き入れた。


「こんなんで、俺を、殺せると、思ってんのかよ」


 その言葉には息が交じる。フェルメールの剣が気管を傷つけたのだろう。


「殺すさ。俺がお前を殺すんだ」


 一層強く突き入れて、柄を目一杯握りしめた。そして、力強く斜め下へと振り下ろした。


 胸元から横っ腹に抜けていった剣が、ようやく自由を取り戻した。


「へへっ、まだだ、まだ……」


 そう言いながら、グラスギングの目がグルンと白目を剥いた。大きな身体がゆっくりと倒れていく。


 そんな姿を見ながら、ようやく復讐が終わったのかと心底安堵していた。


「フェル! 避けなさい!」


 終わったと思ったせいか気を抜いてしまった。その瞬間を狙っていたのか、なにかが腹部を直撃した。


 そのまま少しだけ宙を舞って「なにか」と同時に瓦礫へと飛び込んだ。


 なにごとかと、仰向けの状態で目を開く。そこには、馬乗りになるスカーレットがいた。


赤いワンピースは真っ黒に焦げ、皮膚もボロボロになっていた。綺麗だった彼女は、もうどこにもいなかった。


「なんで、お前が……」

「ふぇる、めーる」


 振り上げられた拳。一瞬で打ち出された拳。勢いでスカーレットの拳を避け、彼女の身体を押しのけた。


 急いで立ち上がった。剣を構えて対峙する。


「ふぇる、めーる」


 首の骨が折れているのか、不格好に曲がっていた。そんなことなどどうでもいいと、同じセリフを繰り返しながら、彼女はこちらへと歩いてくる。


 ローナアルクを見た。満身創痍。もう一歩も動けないといった感じだった。

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