第23話 〈ローナアルク=アーツェット〉

 強く出たのはいいが、スカーレットという化け物と戦うのは気が引けた。


 戦闘の中で、相手の表情などから得られる情報は多い。けれどスカーレットには表情がない。視線からも行動を読み取れない。目は相変わらず鱗のようで、どこを見ているのかもわからなかった。


 先手を取るべきか、相手を先に動かすべきか。


 そんなことを考えているうちにスカーレットが動き出した。


 ドラゴンのような、指が四つある脚が力強く大地を踏み込んだ。踏みしめる度に地面が割れる。けれど速度は速く、瞬く間に接近されてしまった。


 力任せの攻撃は、それだけでも充分な戦闘力になりうる。スカーレットという少女の怖さは知っていた。


 スカーレットの左腕、オーガの拳が空を切った。


 とにかく今は回避と防御に集中する。フェルメールを先行させたのもそうだが、ようするにグラスギングさえ倒せればいいのだ。シャルフバッハとフェルメールが力を合わせ、こちらが力尽きる前にグラスギングが倒されてばいいのだ。


 スカーレットの右腕、ミノタウロスの拳が空を切った。


 左肩を掠めた。それだけでも痛みが走った。


 本当に、シャルフバッハとフェルメールだけでグラスギングを倒せるのか。そんな疑問が降って湧いた。


 戦いに集中しようとすればするほど、この状況を続けていいのかと不安になってしまう。


 本当に、傍観者のままでいいのだろうか。矢面に立つのは苦手だが、このままでは傍観者とそう変わらない。


 もしもグラスギングを倒せなかったら。間違いなくシャルフバッハとフェルメールは帰ってこない。しかし、シャルフバッハ以外にグラスギングと戦える者は存在しない。ここで失ってしまえば、きっと魔界はグラスギングの手に落ちる。


 一度思ってしまえば、悪い思考は拭い去れない。


 ならばどうするか。


「少しでも勝率が上がるのならば、私にもやれることがあるはずよ」


 がむしゃらとも思える攻撃。それを何度も受け続けた。そして、少しばかりの光明を見出す。


 スカーレットとフェルメールは、何年も一緒にいながらも戦闘スタイルがまったく違う。魔力に任せて拳を振るい、力任せに相手をねじ伏せるのがスカーレット。逆に、相手の動きをよく見て、一撃のために耐え続けるのがフェルメール。戦い方が真逆であるからこそ、二人は上手くハマっていた。


 前回はこの力強さに押されてしまった。いろいろと無用なことを考えすぎたのと、様子見の時間を取りすぎた。それ以上にスカーレットの力を侮っていたのだ。


 最初の一撃で面くらい、あとは防戦一方のままなすがまま、されるがままに手足を千切られてしまった。


 だが、今回はそうさせるわけにはいかない。


 戦闘が長引けば長引くほどに不利になる。スカーレットはグラスギングによって人体を改造された。そのためか、無尽蔵ともとれるような魔力を有している。相手の疲弊を待って、一矢を放つような余裕はなかった。


 ならば方法は一つしかない。


 勝機や好機を待っている余裕がないのなら、その機会を自分で作り出すしかないのだ。


 スカーレットの右ストレートが顔面に向けられた。右へと交わし、懐に潜り込んだ。


 攻撃されるのと同時に身構えた、こちらの右フックを腹部に見舞う。が、その体は異常なほどに硬かった。


 エンハンスでの強化だけだとは思えない。ほぼ全身、グラスギングに改造されたと見て間違いなかった。


 一度距離を離し、どこを狙うかを考える。だがその時間を与えてくれるほど甘くはない。


 どうする、どうしたらいい。そうやって自分を追い込んでいく。


 身体頑丈で、攻撃が強力で、それならどうすれば大人しくなるだろうか、と。


「外からがダメならば中からだ」


 魔法にへの耐性だって間違いなくある。それを貫通し、内部を破壊するような攻撃ができるだろうか。


 弱い部分を狙って動きを止める。頭を掴んで電撃を流す。最後は光の矢で身体を串刺しにする。勝つための筋道はできた。それを成すための足がかりさえあれば、この勝負はなんとかなる。


 弱い部分など、探すまでもない。


 指先に魔力を集中させた。避けるために必要なのは眼球と脚への魔力供給。それ以外のほとんどの供給をカットした。


 こちらの思考など気にせず、スカーレットが強引に突っ込んできた。


 突き出された右拳を避ける。指先から細く出した糸で右腕を一回巻いた。そして、そのまま左腕を切断する。スカーレットの身体と、オーガの左腕の接合部分はどうしても弱くなるからだ。


 スカーレットは悲鳴など上げなかった。その代わりに、左足が高速で蹴り出される。左腕に直撃し、ローナアルクが顔を歪めた。


 腕の骨がやられた。しかし動けないほどではない。


 今度は振り上げられた左脚を切断した。スカーレットが耐性を崩して地面に倒れ込む。


 見逃さないと、首を掴んで地面に押し付けた。指から出した糸で、地面とスカーレットの身体を縫い付ける。マウントポジションを取り、大きく息を吸った。


「これでどうだ!」


 指先の魔力をそのままに、その魔力を電気へと変換して流し込む。普通ならば数秒と保たないであろう電流だが、スカーレットにとっては多少痺れる程度のものだったのだろう。


 残った右腕が振り上げられた。それを左手で防御する。が、忘れていたのだ。エンハンスを適応させていないことに。


 ブチブチと、嫌な音を立てて左腕が肩ごと上空へと吹き飛んだ。


 奥歯を噛みしめる。電撃は弱めない。


 ジタバタと暴れるスカーレットを、電撃と糸で無理矢理釘付けにした。スカーレットの魔力が勝つか、ローナアルクの魔力が勝つか。どちらかしかなかった。


「があああああああああああああああああ!」


 スカーレットが咆哮した。痛みからではない、自由がきかないからだ。


「黙っててよ……!」


 指に力を込めた。パキパキと、首の骨が折れたような音がした。


 スカーレットはなお暴れ続ける。しかしどうすれば大人しくなるのかなど考えることはしなかった。ただただ電撃を流し続けることしかできなかった。


 ローナアルクの腕が落ちてきた。何度かバウンドして地面を転がる。その腕を、スカーレットが掴んだ。暴れながらも、近くになった物を掴んだだけでしかない。それは、苦しいから奥歯を噛む、苛立つから爪を噛む、そういったものとなんら変わりはなかった。


 そうして電撃を流し続けると、少しずつ、スカーレットの力が弱くなっていった。


「頼むから、終わってくれ……!」


 更に電撃を強くすると、五分後にはピクリとも動かなくなっていた。


 馬乗りの状態で項垂れた。何度も肩で息をして、そこでようやくスカーレットの顔を見た。


 黒く、炭のようになっていた。口と目蓋を大きく開けたその姿は、断末魔という言葉を表現するに充分な表情だった。


 玉のような汗が、スカーレットの胸にいくつも落ちた。


 右を見て左を見て、自分の腕を探した。


 見つけることはできたが、それはもう自分の腕とは呼べなかった。黒くくすんで、スカーレットの手にがっちりと握られてしまっていた。


「もう諦めるしかないわね」


 一度深呼吸してから立ち上がった。


 最後に、空中に光の槍を六本出現させた。


「アナタの人生、救ってあげられなくてごめんね」


 光の槍が、スカーレットの身体に突き立てられた。両腕、両足、胸、頭。貫いた瞬間に、槍は空気に溶けて消えた。


 ローナアルクには、もうほとんど魔力は残っていなかった。


 それでももし、この残った魔力でなにかができるのならば。そう考えてブルッフェンを目指した。実の父と、父が認めた男が死んでいないことを祈りながら。

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