第22話

 タイミングが良すぎる。いや、悪すぎた。


 町の方から轟音が響く。あちらはあちらで、シャルフバッハとグラスギングの戦闘が始まっていた。


「マズイわ。父上もまた、先日の戦いで負傷している。私たちが来ることを想定して、その傷を隠してここまで来たの」

「なんでそれを早く言わなかった」

「口止めされていたからよ。でも、こうなったらもう四の五のいっていられない。崖を飛び降りて父上を助けに向かってちょうだい」

「お前はどうするんだ」

「スカーレットの相手は私がする。前回のは様子見だった。今回は簡単にはやられないわ」

「本当なんだろうな」

「本当よ。言ったと思うけど、脳が無事ならなんとかなるから」

「クソっ、もうどうにでもなれ」


 五歩駆けて、下に広がる森へと向かって崖を飛ぶ。体体外魔力を目一杯取り込み体内魔力へと変換。身体の強化と風魔法を使って空を切って落ちていく。


 着地すると、フェルメールを中心にして地面が割れる。


「大丈夫だ。足は痛くない」


 立ち上がる時によろけたが、すぐに体勢を立て直して走り出す。森の中を、木など無視して直進を続けた。今までとは違う。太い木などにぶつかっても、魔法が障害物を壊していってくれるのだ。


 魔族としての血を実感したのはこれが初めてだった。儀式が終わってから戦うことがなかったからである。それでもしっかりと使えている。


 今はそれでいいと、心の中でつぶやいた。


 森を飛び出して町の中へ。町を覆っていたであろう壁はもうない。グラスギングが全てを壊したからだ。


 町の中央では二人が戦っていた。楽しそうなグラスギングとは対極に、シャルフバッハは非常に苦しそうだった。


 グラスギングの一撃でシャルフバッハが吹き飛ぶ。巨体が空を切り、崩壊した家屋を更に壊していった。


「いいねー、父上。自分の身を犠牲にして他者を守るか。素晴らしいよ、とっっっっても素晴らしい。俺には理解できないくらい素晴らしいね。反吐が出るくらいに素晴らしいよ。なあ、フェルメールもそう思うだろ?」


 愉悦に浸る、醜い笑顔がこちらを向いた。


「俺が来ることを想定してたんだな」

「当たり前だろ? お前は絶対に来る。スカーレットを奪い返しに、俺を殺しに、お前は来るはずだ。誰だってわかるだろそんなことはよ。さあヤろう。俺はお前が欲しいんだ」

「でもお前は俺を殺すんだろ?」

「俺が欲しいのはお前の血だよ。身体の一部があればいい。その一部をスカーレットに組み込んでやる。いいだろ? お前はスカーレットの一部になって生き続けるんだ、最高じゃないか! いつも一緒にいられるぜ!」


 腹を抱え「ヒャーハッハッハッ!」と高笑いをした。


 奥歯を噛んだ。拳を強く握りしめた。


 今すぐにでも殺してやりたい。


 これが殺人衝動なのかと思った。けれどスカーレットのものとは違うのだとわかっている。自分は憎しみで殺したいと思っている。けれど彼女は憎しみなどなかった。ただ殺したかったから殺していたのだ。


「さあ来い。父上はもう限界だろうしな、起きて来ることもできないだろ。このまま殺してもいいんだがそれじゃつまらん。アルクもお前のことを気にかけてたみたいだし、お前を殺してアルクの前に吊るしてやるのも悪くない」

「実の妹なんじゃないのかよ」

「父親とか妹とか、ぶっちゃけどうでもよくないか? だってよ、人は生まれてから死ぬまで一人なんだ。一人で生きて一人で死ぬんだ。血が繋がっていようが、自分以外は全部他人なんだよ。じゃあ自分が生きたいように生きて何が悪い? 他人を殺しても、他人を犠牲にしても、自分がよければそれでいいだろうがよ」

「お前がそう思うのは別にいい。どうでもいいんだ。でもな、自分がその対象になる可能性だってちゃんと考えておくことだ」

「考えた上でやってんだよ。だって、俺は死なないからな」

「ヴァンパイアの血か?」

「そんなもんじゃねーよ。俺は強い。だから負けないし、死なない。魔族で最強と言われる父上だってあのザマじゃねーか。そんな父上よりも強い俺は、今となっては魔族最強だぜ。それともなにか、お前が俺を殺すのか?」

「ああそうだ。お前を殺すために七人の魔徒にも入った」

「そりゃ楽しくなりそうだ。いくぜ、人間」

「もうただの人間じゃないさ」


 地面を強く踏み込んだ。今までよりも確実に強い。間違いなく強くなったのだと実感できた。


 しかし、そんな自信も一瞬で砕かれる。


 グラスギングはフェルメールが動くよりもずっと速かった。踏み込んだ一瞬の隙に目の前に現れ、フェルメールの腹部を殴り、紙切れのように吹き飛ばした。


 体格差は仕方ない。わかっていても、一撃でそれを思い知らされた。


 大きな体躯は相手に畏怖を植え付ける。大きな拳は岩のように固く、一撃で骨を砕いていく。大きな足は一歩で距離を詰めてくる。フェルメールにはできないことで、それはすなわちフェルメールに勝ち目がないことを意味していた。


 まともに戦ったことがないからこそ、単純な、純粋な力が場を制する。


 吹き飛ばされた瞬間に地面に叩きつけられた。横へと向かうはずの衝撃が下方へと無理矢理押し付けられて脳が揺さぶられた。


「いい子のぼっちゃんじゃ無理だよ!」


 叩きつけられた瞬間に蹴り飛ばされる。転がるというよりも、地面すれすれを水平飛行し、瓦礫の山にぶち当たった。


 立ち上がって身体を確認した。ちゃんと立ち上がれる、腕も上がるし脚も動く。強化は正常に機能しているし、そのおかげで痛みもそれほどでもない。骨にヒビが入っている様子もない。臓器も問題ない。問題なのは心だった。


 痛くもないが、こんな攻撃を一生受け続けることもできない。自分よりもグラスギングの方が魔力が高い。先に魔力が切れるのは自分の方だとわかっている。わかっているから、心がパキリと音を立てた。


「これで終わりじゃねーだろうがよ!」


 迫りくる巨体に、思わず後ずさってしまった。


 一歩下がれば、もう前に出ることはできない。


 たくさんの人を殺してきた。さまざまな死体を目にしてきた。生の臓物を目の前に出されても涼しい顔ができるようになった。それでもなお、目の前にいる化け物には関係なかった。


 自分が、その死体や臓物になるのだと直感した。それは初めての経験であり、最後の経験だと悟るのに時間はかからなかった。


 だが、それは彼の最期にはならなかった。


 迫りくる巨体を受け止めたのは、こちらもまた巨体だった。


「父上! 無粋ですぞ!」

「黙れ愚息が! 簡単に殺させてなんてやるものか!」


 歯がカチカチと鳴り、頭蓋骨を伝って脳を刺激した。


 目の前で繰り広げられる巨体同士の戦闘を目の前にして、どうしてこんな場所に来てしまったのかと目眩さえ覚えた。


 ただ殴り、ただ蹴るだけの肉弾戦。だというのにその拳や脚は目で追うだけで精一杯だった。


 シャルフバッハもグラスギングも身体が大きい。つまり拳や足もフェルメールよりもずっと巨大で、その巨大な拳や足が轟音を立て、見えるギリギリの速度で空を切っているのだ。


「あんなの。俺にどうしろっていうんだよ……」


 そうだ、元より自分はグラスギングを殺すためにここにいるだけであって戦うためではないのだ。


 それならばグラスギングはシャルフバッハに任せてしまえばいい。


 本当に、それでいいのだろうか。シャルフバッハでもどうにもならないから自分が選ばれたのではなかったのか。


「でもどうやって戦えっていうんだよ。どうやったって、俺じゃ対抗できないぞ」


 こんな経験は一度としてなかった。どうしていいのかもわからず、立ちすくむことしかできない。しかし、この状況があまりにも悔しかった。


 スカーレットが襲ってきた時も逃げた。今回も逃げるのか。逃げて、それでなにが変わるのか。


「しっかりなさい、男の子でしょう」


 肩を叩かれた。


 横を見れば、疲れた様子のローナアルクが立っていた。

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