第21話

 アーツェット城の門へと到着し、ようやく速度を緩めた。突風のような速度から早歩きに変わり、これでようやく一息つけると思った。


 魔王の城、アーツェット城。最初に訪れた時とは外観が変わってしまっていた。


 門は半壊、今にも崩れそうな部分を木材で補強している状態だった。外壁も同じく、木材で足場を作り、補修している最中に見えた。


 城の壁はボロボロと崩れ、二階や三階の壁は、翼を持つ兵士たちが総出で補修にあたっていた。一階の壁は空を飛べなくても行えると、その他の兵士たちが修繕を急ぐ。怒号や罵声も聞こえてきた。


 もう、ここには戦力と呼べるような余力は残っていない。それくらいのことは軍人でないフェルメールにもわかった。わかってしまったから、魔王シャルフバッハの決断が正しいものであると認めざるを得なかったのだ。


 最終決戦。なんとかしてグラスギングを討ち取るという意志は、自分の利益ではなく、城のこと、兵のことを考えてのことだろうと推測するのは難しくなかった。


 兵士たちがせわしく動く城内を歩き、円卓の間へとやってきた。先日会議をしたあの場所だった。


 室内はまったくと言っていいほど変わっていなかった。壁に若干のヒビが入っている。それくらいの違いしかない。あとはパーシヴァルがいない程度の違いしかない。正面には魔王が座り、隣には魔王の血族、老いたリザードマン、妖艶なエルフ、屈強なミノタウロスなど、メンツは前回と一緒だった。


 ガウェインとランスロットも当然のように参加していた。が、痛々しいまでに包帯を巻いていた。なによりも、ランスロットの左腕がなくなっていることが気になった。悔しそうに俯く彼女は、頭に包帯を巻き、目元を眼帯で隠していた。


 ガウェインも傷を負っていた。首にはコルセット、脚を負傷しているのか松葉杖が近くに立てかけられていた。


 どちらも戦えるような身体ではないとひと目でわかった。ローナアルクのような超回復を持ってるわけでもない。


 パーシヴァルがどれだけ強かったのかという爪痕でしかないが、その爪痕はあまりにも大きかった。


「よく生きてたな、フェル」


 席について早々にシャルフバッハからの労いがあった。しかし、あまり嬉しくはない。生きていることを誇ることもできない。言われるままに逃げ、言われるままに帰ってきただけだからだ。


「アルクが逃してくれたんだ。そうじゃなきゃ、俺はスカーレットに殺されてた」


 このワードが自分の口から出るとは、数日前までは思いもしなかった。殺人衝動にも食人衝動にも、今まで自分は関係がなかった。その矛先が向けられる日が来るとは露ほども思っていなかった。


「でも生きていてよかった」

「生きてるだけさ。俺は、なんの役にも立ってない。シャルもアルクも助けられなかった。俺は、なんのために魔徒になったのかわからない」

「それはこれからわかる。お前の中に眠る魔族の血を引き出させてもらいたい」

「魔族の血? 引き出す? そんなことができるのか?」

「できる。というかそのための準備を今までしてきた。その直後にグラスギングに襲撃されたのだが、今ならばできるだろう」

「魔族の血を引き出して、俺はどうなるんだ? 意識がぶっ飛んだりするのか?」

「今までと変わらんさ。使える魔力が多くなって加護も強くなる。なによりも素の身体能力が上がるぞ。戦士としての能力が向上するだけと言ってもいい」

「それならまあ、いいか」

「会議が終わったらローナアルクに案内させる。今はとりあえず会議を続けるぞ」


 シャルフバッハがニカッと笑い、それから視線を外した。


 この状況でここまでの笑顔ができるのか、と心のそこから尊敬した。ただの魔王というわけではない。人としても優秀で、気さくで、魔族からも信頼される理由がよくわかる。


 会議の内容はこれかの方針と人数の割り当てが中心だった。


 今後の方針はグラスギングを倒すという、ただそれだけのこと。問題は人数の割り当てだった。


 グラスギングとスカーレットと戦うのはフェルメールとローナアルク。他の人員は、グラスギングが操る魔獣を抑える。だが七人の魔徒は壊滅寸前、他の魔族を入れるということもできない。その背後には裏切り者パーシヴァルの姿がある。彼女のような裏切り者がいないとも限らない。だからこそ、信頼の置けない者を魔徒に上がらせるわけにはいかないのだ。


 グラスギングを呼び出す方法はいたって簡単。魔王シャルフバッハが一人でいること。魔王城ではなく、ここから南西にあるブルッフェンという町へと赴く。そこは数週間前にグラスギングが滅ぼした町。魔王城だと出てこない可能性が高いのと、これ以上兵を消費させないためだ。


 会議を終えてすぐ、シャルフバッハは一人で城を発った。護衛の兵など一人も付けず、マントを翻して門を潜った。子どもたちとの別れの挨拶も簡素だった。


 フェルメールは、この姿を正しいとは思えなかった。親子なのだから、死地へと赴く父になにかあるのではないか、と。けれど、魔王の血族としてはそれが正しいのかもしれない。そうやって育てられたのかもしれない。それを考えるとなにも言えなかった。


 彼らの、彼女たちの胸中を計るにはフェルメールの人生は短すぎた。自分より長く生きて、自分よりもたくさんの出来事を経験してきた者に語るだけの経験則を持ち合わせていないのだから。


 円卓の面々は自分の仕事へと戻っていった。それは魔王の血族も一緒だった。


 フェルメールとローナアルクは、魔王の後ろ姿を見送ってから地下へと足を向けた。


 地下室では、何人かの白衣を着た魔法科学者が準備を進めていた。


 地面に描かれた魔法陣、空中に浮かぶ十三個の光の球があった。魔法科学者に促され、フェルメールが魔法陣へと足を踏み入れた。


 目を閉じると、科学者たちが呪文を唱え始めた。身体が暖かくなってきて、体内の魔力が抜けていくような感覚があった。その後で、今度は体内へと魔力がとめどなく入ってくる。今までならば絶対に入り切らなかった魔力の量だ。空気を思い切り吸い込んで、けれどまるで際限がないような、そんな不思議な感じが体中を満たしていた。


 痛いこともない、辛いこともない。拍子抜けするような儀式が終わり、魔法陣から出た。科学者はこれで魔力を多く使えると言った。加護も強くなる。ただしデメリットがないわけではない。


 フェルメールの中に流れる魔族の血。その源流である魔族は冷血冷酷で有名であった。今はほぼ全滅しているため、肉眼で見ることもなくなったらしい。強力な魔力を消費し続けることで感情が少しずつこそげ取られていってしまう。時間が経てば元に戻るが、一度薄くなった感情がどれだけの時間で復帰するかまではわかっていない。


 儀式が終わった後で言われても、と思った。しかし、こうしなければグラスギングを倒せないのならば、これがあるべき姿なのだろうと受け入れた。


「お、上手くいったみたいだな」


 フェルメールが部屋を出る時に、入れ替わりに女性が入ってきた。アシュリー=ローランドだった。


 スカーレットの呪いを解き、真実を明かした張本人。憎いという気持ちはないが、どうしても胸の辺りがモヤッとしてしまうのも事実だった。


「なんでアシュリーが?」

「なんでって、この魔方陣描いたの私なんだけど? 魔王様に呼ばれたかと思ったら、アンタの魔属性を上げるための魔法陣を描いてくれって言われたんだよ。おかげで魔族としての格は上がったろ?」

「まあ、確かに。ありがとうございます」

「いろいろ聞いたよ。少しだけ責任も感じてるんだ」

「アシュリーが責任を感じることはない。これが運命だと、そう思うしかないから。過去に戻ることもできやしない。俺たちは今を受け入れていくしかないんだから」


 そう言って彼女に背を向けた。そのまま廊下を歩き、階段を上った。


 言いたいことがなかったわけじゃない。でも、彼女は仕事で呪いを解いて、自分たちが知らない真実を教えてくれた。感謝することはあれど、個人の事情一つで彼女を責めることなどできはしない。


 ただ、アシュリーと視線を合わせられるようになるまでには時間がかかるだろう。そう思った。


 ガウェインとランスロットに見送られて、フェルメールとローナアルクが城をあとにした。ガウェインたちはこれから回復魔法を入念に受けてから、魔獣を倒すために追い駆けてくる。ここで今生の別れというわけではないが、ガウェインとは固い握手を交わした。


 グラスギング討伐に失敗すれば、フェルメールが死ぬだけではなく、魔王も魔徒も死ぬ可能性が高くなる。フェルメールが死ぬだけで解決する問題ではないからこそ、彼の手の感触が強く残った。


 荷物は最小限。いつもの武装だけで済ませた。


 ローナアルクはワンピースからドレスに着替えた。上下が分かれているドレスであるため動きやすいとのことだった。


 全力で走って十分。早歩きで一時間。普通に歩いて二時間かかる。シャルフバッハが城を出てからニ時間は経過している。死んでいなければいいが、と考えることしかできなかった。


 速すぎず遅すぎず、二人は歩き続けた。


「なあ、アルク」

「どうしたの、急に」

「言おうか言うまいかと思ってたけど、お前になら訊けるなと」

「なにを? 言いたいことがあれば言えばいいわ。前置きはいらない」

「そうか、なら言わせてもらおう。お前はあれでよかったのか? あれがシャルの最期になるかもしれないっていうのに」

「ああ、そのこと。いいのよ私は。正確には私たちは、かしら」

「お前の兄も姉も「いってらっしゃい、気をつけて」しか言わなかったぞ」

「あの父上が死ぬとは思えないから。実際それだけじゃなくて、父上からそう教わってるの。王家たるもの、民衆に信頼され尊敬されなければいけない。どんなときでも気丈であれ。矜持を持ち、魔族の長たる威厳を示せ、ってね。だから私たちはそうあろうと努力する。本当は父上の胸に抱かれたいと思うけれど、それを父上が許すはずがないから」

「そんなことは、ないんじゃないかと思うけど」

「なぜ? 肉親である私たちがそう思ってるのに?」

「肉親云々っていうのはあるだろうけど、お前は娘でシャルは父親だ。時には娘に甘えて欲しいと思うこともあるだろうさ。無事に帰ってきたら抱きついてみたらどうだ? 生きててくれてありがとうって」


 彼女は視線を外し、地面を見つめた。横から見えるその顔は心なしか紅潮しているように見えた。


「そうね、気が向いたらやってみようかしら」


 こんな顔もできるんだなと、素直に感心していた。


 スカーレット以外の女の子と話をすることなどなかった。関わり合いになることなどなかった。これが少女の反応かと、こちらも恥ずかしくなってしまった。


 ここの地形や歴史などを教えてもらいながら、廃墟になった町ブルッフェンを目指した。


 山を登り、崖の上に立つ。町を見下ろすと、シャルフバッハが町の中央で座っていた。あぐらをかき、腕を組み、ひたすらにグラスギングを待っていた。


「間に合ったか」


 そう口にした時、背後に気配を感じた。


 振り向くけば、そこにはスカーレットが静かに佇んでいた。

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