第20話

 それから一週間ほどギャレットの家で寝泊まりした。


 水を汲みに川へ行き、薪を割り、ときに料理などを作った。ギャレットは「息子が帰ってきたみたいだ」と喜んでいた。


 そして、ようやく決心が固まった。


 なすべきことがようやく見つかったのだ。


 マントを羽織り、剣を腰に携えた。目を閉じて深呼吸を一つ。そして、部屋から出た。


「もう少しゆっくりしててもいいんだよ?」

「いや、これ以上いたらたぶんもうこの家から出られなくなる。そんな気がしたんだ」

「そうかい。疲れたら戻っておいで」

「すまないな、なにからなにまで」


 魔王の知り合いや七人の魔徒だからという理由ではない。ギャレットがそういう人間でないことはフェルメールもわかっていた。わかっていたのではない、一週間過ごしてようやくわかったのだ。


 家を出て森の中へと進んでいく。進行方向は魔王城。城がどうなっているかはまったくわからないが、そうするのが正しいと思った。


 周辺の魔獣は強くない。けれど野生の勘というやつだろうか、フェルメールに対して攻撃をしかけてこなかった。そのため、ニ時間ほど早歩きで進めば森の外だ。


 ここからでは城の様子がよくわからない。逃げてきた時に上がっていた煙がなくなった。それくらいの情報しか得られなかった。


 突如、大きな魔力が近づいてきた。


 次の瞬間には、フェルメールの前に一人の女性が降り立つ。パーシヴァルだった。


「生きてたんだな、パーシヴァル」

「当然じゃない。私を誰だと思ってるの? それより一人?」


 身なりは整っている。怪我をした様子もない。


「城の方はどうだ? シャルは無事なのか?」

「そうね、無傷とまではいかないけど生きてるわ。魔獣の方も引いたから、少しずつ復興が始まってる」

「アルクは?」

「それがね、どこに行ったかわからないのよ。スカーレットと戦っていたらしいけど、その後の行方がわからなくなってる」

「なるほど。で、お前はなにをしてるんだ?」

「アナタやローナアルク様を探しに来たに決っているじゃない。他に理由なんてないわ」

「ガウェインとランスロットはどうなった?」

「二人共重傷よ。戻ってきたところをグラスギングにやられたわ」

「戻ってきたところに? シャルとグラスギングが戦いを始め、それから伝令を出し、伝令が届いてからこちらに向かってきて間に合ったってことか?」

「そういうことね」

「それは、ちょっとおかしくないか?」

「なにがおかしいの? 別に普通だと思うけど」

「一番遠くまで行ったランスロットが帰ってきてグラスギングと戦闘する。これがまず難しい。ランスロットが帰ってきたってことはパーシヴァルやガウェインも帰ってきてるはずだ」

「だから三人で戦ったのよ」

「それもおかしい。今まで七人の魔徒とまとめて戦おうとしなかったヤツが、魔王がいる前で魔徒三人を相手に戦うと思うか? いくらスカーレットがいても考えづらい。魔徒が城から離れたのなら、今まで通りに各個撃破すればいい話だ。スカーレットを囮にして、誰か一人を潰せばいい」


 今まで引っかかっていたことが、パーシヴァルの話を聞いて少しずつ形になっていく。パズルのピースが一つづつハマっていくように、カチリカチリと脳内で組み上がっていった。


「豪快に、でも慎重に動いてたヤツがこんなバカをするとは思えない。シャルも言っていた。狡猾で老獪だと。それならば城を襲うのだって勝機がなければやらないはずなんだ」

「だから、魔徒が城から離れたから城を襲ったんでしょ? でも、魔王様との戦闘が長引いてしまって、魔徒が帰ってきてしまった」

「戦闘が長引いたのにガウェインとランスロットを戦闘不能にできたのか? それなら、最初からシャルを殺すことだってできたはずだ」


 そう、今回の魔王城襲撃の目的は魔王シャルフバッハではない。


「城から一番近かったのはパーシヴァル、アンタだ。次にガウェイン、最後にランスロット。それなのにアンタは傷一つ負っていないのか? それはなぜだ? 一番最初に駆けつけられたはずだし、それならば一番長く戦っていてもおかしくないはずだ」


 目的は最初から一貫していた。魔王を取り巻く七人の魔徒の討伐、ないし戦闘不能。それを考えれば、答えは勝手に出てきた。


「ランスロットとガウェインはグラスギングにやられたんじゃない。別の誰かにやられたんだ。グラスギングは斥候だったんだ。場をかき乱し、情報の伝達を遅らせるために魔王城に乗り込んだ。そしてガウェインやランスロットを倒せるだけの力を持った、今魔界に現存する戦闘要員、それは――」


 フェルメールは、人差し指を突き出した。


「パーシヴァル、アンタしかいないんじゃないか? アンタは最初からグラスギングの仲間だった。思えば、最初にアンタと会った時から少し気になっていた。アンタと別れてすぐにグラスギングが来た。タイミングが良すぎる。ガウェインが駆けつけたのに、アンタは加勢しなかった。あのタイミングなら、俺とスカーレットがいた宿からそんなに離れていなかったはずなのに」


 パーシヴァルが右手で顔を覆った。


 そして、指の隙間からフェルメールを見た。その目は間違いなく笑っていた。


「あーあ、もうちょっと上手くやればよかったかな。あそこでガウェインが来るとは思ってなかったし、見つかったら見つかったで厄介だから逃げるしかなかったのよね。グラスギングはあんな感じだし、立ち回れっていっても聞いてくれないから困っちゃうわ」


 彼女が手を下ろした。不敵に微笑み、なにかを仕掛けてくることは容易にわかった。


 殺意も敵意もない。グラスギングの時もそうだった。殺すことに対して僅かでも罪悪感がなければ、フェルメールの加護は機能しない。それに自分に殺意が向けられなければ意味がない。フェルメールは思う。彼女はおそらく、殺しを殺しと思ってないタイプの人間だと。グラスギングと同じく、殺しを楽しんでいる。自分の愉悦を満たすための行動でしかない。


 剣の柄に手をかけた。来るなら来いと、細く小さく息を吐く。


 目の前からパーシヴァルの姿が消えた。右への高速移動。眼球に対してエンハンスを適応していたからかろうじて見えた。だが、その動きを追えるかと言われるとまた違う話になってくる。


 円の軌道を描いて、大きな魔力が迫ってきた。その間わずかコンマ十秒。身体を反らすだけの余裕もなく、相打ち覚悟で剣を突き立てた。


 だが、パーシヴァルの身体はフェルメールへと肉薄する前に動きを止めた。


「なぜ、アナタが……!」


 パーシヴァルの動きを止めたのは一人の少女だった。後頭部から前に向かって長さを変えるボブカット。真っ黒なワンピースに、リボンがついた低めのヒール。自分を助けてスカーレットと対峙したローナアルクであった。


「ずっと機を伺っていたから。どこかでアナタが動くって、そう思っていた」


 ポタリポタリと鮮血が落ちていく。パーシヴァルの腹部には、ローナアルクの左腕が深々と突き刺さっている。それだけではない、毒物でも盛られているのか、パーシヴァルは痙攣を続けるだけだった。


「ヒュドラの毒。神経麻痺と血液の温度上昇、各器官の機能不全を引き起こす。それでいて心臓は動き続けて脳を活性化させる。地獄のような苦しみを経て、ゆっくりと死をむかえなさい」


 腕を引き抜くと、パーシヴァルの身体が地面に落ちた。真っ青な顔色、手足を細かく震わせて、口からはだらしなくよだれを垂らしていた。


 ローナアルクは血塗られた腕を振り払い、水属性の魔法で腕を洗い流した。目を閉じて、安堵の息を漏らしていた。


「お前、無事だったんだな」

「だから大丈夫だって言ったでしょう。まあ、完全に無傷というわけにもいかなかったけど」


 彼女が服をめくり上げた。


 なにを、と思って顔を逸らそうと思ったが、彼女の身体を見てそれができなくなってしまった。


 腹部に走る大きな傷は、端から端まで伸びていた。完全に両断されたのではと思えるほどに大きく、深い傷だった。今は治っているみたいだが、すでにヘソはなく、痛ましい跡として身体に刻まれていた。


 腹部だけではない。両足もまた同じようになっていた。よくみれば服をまくり上げている腕もだ。四肢を引き裂かれたローナアルクを想像し、フェルメールが思わず下を向いた。


「痛かったけど治ったし、問題ないわ」


 スカートを下ろし、腹部についている紐を引っ張った。この紐でワンピースを締め上げているのだろう。


「問題ないって、その傷の感じだと一回バラバラにされたんじゃないのか?」

「よくわかったわね。腕も脚も千切られたし、お腹も真っ二つにされた。でも頭と心臓さえ生きてればなんとかなる」

「どういうことなんだ? なんとかなるって、超回復する薬でもあるのか? そうでもなきゃ一週間での回復なんてできないだろ?」

「アナタと一緒よ。これが私の先祖返り。元より魔王の血族は混血の塊。私の先祖返りの元はヴァンパイア。しかし別の先祖返りでデメリットを相殺している。魔王の血族はそうやって、デメリットをメリットで消すようにして交配し、食べ、能力を得てきた種族。だからこそ強く、だからこそ上に立っている。私の再生能力は兄上にも姉上にも、もちろん父上にもない」

「不死者の能力、か」

「そういうこと。正確には不死ではないけどね。純血のヴァンパイアはもっと再生能力が高いと聞くわ。でも私のは亜種みたいなものだから速度は遅いし、純血のヴァンパイアよりも簡単に死んでしまう。今回はスカーレットが殺し方を知らなかっただけ」

「でも、そのおかげでまたこうして会えたわけだ」

「そういうことね。と、こんな話を長々としている時間はないわ。アーツェット城に行くわ。これから、グラスギングとの最終決戦を迎えるための会議がある。ガウェインもランスロットも前線には出られない。パーシヴァルは裏切った。七人の魔徒で動けるのは、もうアナタしかいないのよ。いや、正確には二人か」

「二人って、誰か復帰したのか?」

「誰一人として復帰していないわ。もう一人は私。もう、戦える人間が残っていないから渋々引き受けたわ」

「王族なのに?」

「魔徒になるのには王族とかあまり関係がない。兄上も姉上も自分の仕事があって、私にはその仕事がない。だから任命された。それだけの話。それに二人の兄上もグラスギングによって戦闘には参加できない。元々外交がメインの第一皇子ホーフクランは元より、グラスギングの監視役だった第二皇子チェルバレットは療養中。第一皇女のルタネーゼも戦えないわけじゃないけど、内政が主な仕事だし、その仕事を放棄するわけにはいかないわ」

「王族ってのも大変なんだな」

「お金はあるけどね、責任は重いのよ。私はまだ仕事を与えられていないから、父上に魔徒になるようにと命じられた。とにかく、今は城に向かうのが先決よ」


 彼女が首を傾げた。「行ける?」と言っているように見え、フェルメールは小さく頷いた。


 ローナアルクが走り出すと、フェルメールは後姿を追い駆けた。


 彼女の進行速度が速く、付いて行くだけでも精一杯だった。普段は気を遣うローナアルクだが、今だけはそうもいかないようだった。口調は普段と変わらなかったが、胸中はきっと穏やかではないのだろう。

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