第17話

 勝ち目があるとすれば、彼女が「全てにおいて優秀だった場合」だ。強さも素早さも、その全てを底上げして、どんな状況にも対応できるようにと研鑽していた場合、フェルメールは絶対に勝てない。


「はい、模擬刀」


 飛んできたそれを右手で受け取り、ローナアルクと顔を見合わせた。


 気がつけば、周囲に人だかりができていた。一応訓練はしているが、皆興味津々といった感じだった。


「さて、新しい七人の魔徒さん。ここで無様にやられてしまうと、他の兵士たちに示しがつかないわね」

「まあ最低限はやってやるさ。一分二分で終わることはないだろうよ」

「本当にそう思う?」

「そのつもりでやるさ。でも一つ言わせてもらいたい」

「言い訳の準備?」

「そういうこと。俺は魔徒になったけど、それは戦闘要員ってわけじゃない。この加護があるからだ。だから無様に負けたとしても、誰にも責められることはない」

「そういう気持ちで戦って、スカーレットをもう一度抱けると思うならそうしなさい」

「そういう気持ちで戦うつもりはない。ただ、事実を言っただけだ。俺はグラスギングを殺すし、スカーレットも助ける」

「そう、諦めなければどうとでもなるわ。さあ、かかってらっしゃいな」


 彼女の身体から、熱風のような魔力が吹き出てきた。


 フェルメールの顔が歪んだ。顔には脂汗が、背中には冷たい汗が流れていった。心の底で「マジかよ」と何度も何度も唱えた。


 だが、やるしかないとも思った。


「さて、後悔してくるか」


 脚部を最大までエンハンス。腕には僅かに、それで十分だった。筋力を強化するよりも、感度を強化することに気を割いた。


 全力まで身体を強化して突っ込むよりも、対応や対処を優先した。それができなければ先へは進めないと思ったからだ。


 しかし、どちらも手を出さない。


 相手の目を見て、脚を動かして僅かに移動するのみ。ジリジリと、間合いを詰めるでも遠ざかるでもない。二人の真ん中を中心にして、右回りで回るだけ。


 ジャリッと、フェルメールの足が地面を噛んだ。


 次の瞬間、ローナアルクが突進してきた。いや、突進ではない。消えて、現れたのだ。


 気がつけば目の前に少女がいる。けれどフェルメールは動じなかった。想定内であり、彼女の行動はなんとなく読めていたからだ。


 ローナアルク。最初に会った時から、彼女は物音を立てずに歩いていた。そこからでも充分に推測できた。


『ローナアルクは隠密にこそ活きる』


 様子を伺っていたのは隙を見つけるためだ。だから、わざと足を鳴らした。


 自分が考えた彼女の戦士像が間違っていないかどうかを確かめる。ただそれだけのために足を鳴らし、密着された。


 左手が伸びてくる。だが反応はできない。ここまで速いとは、さすがに思っていなかったからだ。


 頭を左へと傾けて手を避けた。追い払おうと模擬刀を振るが、彼女が左手を伸ばしてきた理由まで考えられなかった。そこまで頭が回らないほど、ローナアルクの動きが速かったのだ。


 後悔する。一番強化しなければいけなかったのは思考力であった、と。


 模擬刀での横薙ぎを避けられた。同時に、首根っこを掴まれて投げ飛ばされてしまう。


 これもまた予想とは違っていた。思った以上に力が強く、対処法を一から考え直さなければいけなくなった。


 言わずもがな、速さでは勝ち目がない。けれど力でもまず勝てない。


 空中で反転し、体勢を立て直してから着地した。その頃には、すでに彼女は肉薄していた。


 右手、左手、左足、右手。一つ一つ確認しながら攻撃をいなしていく。これが全力でないことくらいはすぐにわかった。


 ああ、そうかとようやく気がついた。彼女は自分と同じタイプなのだ。


 隙を作り出すことに向き、その全ての行動が一点に集まる。その一点こそが最高のタイミングで、最大の威力を発揮する一点となる。


 つまり、一撃で相手を仕留めるため、ほかの全てをブラフにするのだ。


 回避と防御を繰り返し、ローナアルクがなにを狙っているかを模索し始める。けれどこのままでは手数で負ける。最終的に至るであろう一点を迎える前に負けてしまう。


 今まではスカーレットが暴れ周り、逃げようとした者を切り伏せてきた。自分に襲いかかるような人間がいなかったからだ。


 つまるところ、フェルメールには完全に足りていないものが多すぎた。


 相手に敵意を向けられないということ。それはすなわち、敵対心があった上での戦闘を一度としてしてない。まれにスカーレットと手合わせをすることはあったが、その程度でしかなかった。


 だが、一つだけ異常なほどに経験を積み続けてきたものもあった。


 他人の死を間近で見てきたこと。他人の感情を肌で受け続けてきたこと。暴走しそうになるスカーレットを押さえ込んできたことだ。


 ローナアルクには殺意がない。そして敵意もない。だからこそ、やりやすかった。


 今までよりも速い右のトーキック。ここが起点であると瞬時に気づいた。


 避けても問題ない。問題なのは「避けるために退くこと」だ。


 だからあえて受けることにした。左腕で、彼女の蹴りを上から叩いた。予想外だったのか、ローナアルクの口が若干開いた。


 身体の外へと右脚を払いのけ、勢いよく前へと進む。模擬刀の切っ先は彼女の心臓を捉えていた。


 右腕を最大まで強化、一気に突き立てた。


 が、彼女は半身反らしてこれを避けた。


「悪いな」


 右腕だけを最大に強化したのは、剣を相手に突き刺すためではなかった。


 剣を離した。そして今しがた払い除けた右脚へと移動し、掴んだ。右腕を脚の下へ、左腕を脚の上へ、脚全体を身体で抱えるようにして掴んだ。


 しかし、フェルメールはこれ以上動かなかった。


 模擬刀が地面に落ちて、甲高い音がした。それが、勝負の終わりの合図のようにも聞こえた。


「悪いな、フェル」

「いやあ、さすがにそう上手くはいかないか」


 わかっていたのか、反応したのか。脚を抱いたフェルメールの顎に、ローナアルクの左拳が迫っていたのだ。僅か数センチ。彼女の脚を捻ろうが、脚を持ち上げて投げようが、おそらくは顎への被弾は避けられない。


 脚を離し、両手を上げた。


「降参だよ。俺の負けだ」

「まだやれたと思うけど?」

「次の手がない。お前の拳は確かに軽いが、あまりにも速すぎる。絶対に顎に当たってた。そうなれば俺はまた守りに回らなきゃいけなくなる。これ以上逃げ回っていても、いずれ俺の魔力が尽きるだろう。魔族と人間じゃあ魔力量がまったく違う。長期戦は無謀だ」

「頭が回るのも問題だな。もう少しがむしゃらの方が面白いんだけれど」

「俺が勝てない戦いをするのは、命を投げ出してもいいと思う時だけだよ。それ以外は、例え模擬戦であっても、勝てないと踏んだ時点でやめる」

「つまらない男ね」

「面白いとかつまらないとかはどうでもいいけどな」


 模擬刀を拾い上げると、周囲から歓声があがった。この歓声がなにを意味しているのかはまったくわからない。


「なんで喜んでるんだ?」

「アナタが想像以上に強かったからでしょうね。今アナタの周りにいる兵士なら、私の攻撃二撃目でやられているわ」

「兵士弱すぎだろ……」

「人間の割にアナタが強いのよ。アナタの中に眠る魔族の血をちゃんとコントロールできている。元々の身体能力も高く、魔法に対しての造詣も深い。これからはもっと強くなる」

「スパルタだけは勘弁だな」


 やれやれ、と肩をすくめて見せた。


 そんなフェルメールに対し、ローナアルクは訝るような視線を向けていた。猜疑心というよりももっと別の感情が見えた。


「どうした? 不思議そうな顔して」

「いや、まあ、確かに不思議なんだけど」

「言えよ。今更隠しても意味ないだろ」

「それなら言うけど、どうしてアナタはそんなにあっけらかんとしているの? スカーレットのこと、大事なんでしょう?」

「ああ、そのことか。確かに大事だよ。早く助けたいとも思ってる。でもずっと凹んでるわけにもいかないじゃないか。助けるためになにができるのか、なにをしたらいいのかって考えれば、膝を抱えて部屋の隅で座ってるわけにもいかない。逆に訊くが、お前は俺が落ち込んでいる方がいいのか?」

「そういうわけじゃないわ。ただ、ちょっと疑問に思っただけよ」

「それならいい。俺は大丈夫だ。だから少しでも俺を強くしてくれ」

「わかった。信じてあげる。嘘を吐いても意味はなさそうだし」

「そりゃそうだ。嘘なんて吐いてもいいことはない。お前を騙すつもりもない。そもそも俺は自分の気持ちを偽るのが下手くそみたいだからな」

「じゃあ、日が落ちるまで模擬戦でもしましょうか」

「極端だな、いいけどな」


 一般の兵士たちが散り散りになっていく。フェルメールの実力を理解したのか、兵士の大半はフェルメールに対して一目置いているようだった。


 二人は飽きることなく模擬戦を繰り返した。途中で昼食をとったりしながらお互いを理解していった。負けた方が訓練場をランニングで一周する、腕立てを百回する、飲み物を持ってくるなど、模擬戦の中でも飽きないような工夫をしていった。


 その後、熱いシャワーを浴びてから部屋に戻った。そしてバッグの中身を床に広げた。毛布はいつの間にかなくなり、思いの外荷物は少ない。


 入っているのは、金や二人分の着替えだけではない。武具の手入れをする道具、特殊な魔獣から採取した血液、短長さまざまな串や針、それにスカーレットと一緒に撮った写真などが入っていた。


 もう一度それらを詰め直して、部屋の隅に置いた。だが、いつも携帯している針と瓶だけはバッグから出しておいた。


 そこでローナアルクが入ってきた。もちろん夕食を持って、だ。


 昨日と同じように夕食を食べながら、ガウェインやランスロットのことを訊いた。


「結局あれからどうなったんだ? グラスギングは現れたのか?」

「いいえ、まったく。一応ランスロット、ガウェイン、パーシヴァルは離れた位置で滞泊するみたいね」

「まだまだ時間はかかりそうだな」

「そうね。でも今の時点でグラスギングが動かないってことは、なにか企んでると考えてよさそうだけど」

「企んでるって、なにを?」

「当然王座を狙うためのなにか、よ」


 これ以上訊いても、きっと彼女は答えてはくれないだろうと思った。もしもその「なにか」が具体的にわかっているのな、彼女はここで答えるはずだ。答えないということは、おそらく「なにか」が明確にはわかっていないということだ。


 食事が終わり、ローナアルクが食器を運んでいった。これで一息つけるかとベッドに寝転がった。


 考える事はやまほどある。一番最初に頭に浮かんできたのはグラスギングの顔だった。


 ヤツがいなければ、こんなことにはならなかった。そのことが頭の中をぐるぐると回っていた。


 しかし、グラスギングがいなければスカーレットと出会うこともなかったのだ。シャルフバッハがフェルメールを救うこともなく、フェルメールが死んでいた可能性だってある。それを考えるとなにが正しいのかがわからなくなってしまうのだ。


 気がつけば、誰かが隣で丸くなっていた。


 見間違えることはない。小さな少女、ローナアルクだった。ネグリジェ姿の彼女は、少女でありながらもどこか色気があった。


「お前、なんでこんなとこにいるんだよ」

「眠いから」

「自分の部屋で寝ろよ。それに勝手に入ってくるのはやめてくれ」

「いいでしょう? アナタも人肌恋しいだろうと思って」

「別に恋しくないさ。ただ、寂しいとは思うけどな」

「それなら問題ないわ。一緒に寝るだけなら気遣いもいらないでしょう?」


 そう言いながら抱きついてきた。


 スカーレットよりも細く、小さい。


 一つため息を吐いて彼女の頭を撫でた。少しだけ懐かしく、なぜか安心できた。


 そうしているうちに微睡みがやってきた。今日はこのまま寝てしまおうと思った。ローナアルクとの模擬戦が長期化したため、身体が休息を欲していたのだ。


 目を閉じれば暗闇の中へと落ちていく。右手に感じる彼女の体温が、今はとても心地がよかった。

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