第16話

 朝五時に目を覚まし、一時間程度だが武器の手入れをした。しかし、六時になってそれが無意味であることを知る。


 ローナアルクが部屋に来た。昨日のように朝食をカートの上に乗せ、カートの下の段には武器と防具が乗せられていた。


 なにごともないようにテーブルに朝食を並べていくローナアルク。イスに座り手を合わせ「いただきます」と言った。


「待て待て。いろいろ説明不足だろ。この武器と防具はなんだ? 俺にくれるのか?」

「ええ、もちろん。私は防具を付けないし、武器は剣じゃない。この武器も防具も、目の前にある朝食もアナタの物よ。さあ、食べましょう」

「あ、ああ。わかった」


 イスに座り、彼女にならって朝食をとり始めた。


 昨日のような話は特になく、トースト、卵焼き、スープ、サラダを平らげた。トーストには僅かにはちみつがかかっていた。卵焼きも甘め、スープは塩気がやや強かった。代わりにサラダにはなにもかかっていなかった。


 食事を食べ終わって、防具と武器を身に着けた。防具は今までよりも軽装で、薄めの鉄板から抜いたグリーブにガントレット、青い服と青い外套だった。手で触れた瞬間から、その防具には魔法が込められているとわかった。若干温かく、表面に膜が張られているような感覚があった。


 武器は今までと同じくらいの長さの剣だった。細身の両刃、鍔は小さめで柄は両手で握れるくらいの長さがある。柄頭はひし形になっていて、宝石のような物がはめ込まれていた。


「ちゃんと着たわね。じゃあ、ついてきて」


 有無を言わせてもらえなかった。


 仕方ないと頭を抱えつつ、ローナアルクの後ろをついていった。


 城の中は昨日と違って見えた。窓が大きいため、陽の光で城の中が満ちていた。


 廊下を歩き続け、昨日入った謁見の間の前を通過した。それでもなお、彼女歩みを止めなかった。


 やがて、大きな扉が見えてきた。


 その扉は、近づくにつれて開かれていく。まるで自分のを迎え入れているようにも思える。


 扉の中は広く、豪華だった。丸くきらびやかなテーブルには何人かの魔族が席についていた。シャンデリアは大きく、いくつも天井からぶら下がる。壁には絵画や彫刻などがかけられていた。


 正面には魔王シャルフバッハが座っていた。左右に座るのがシャルフバッハの子どもたちであるということはすぐにわかった。


「アナタの席はあそこよ。私はアナタの右隣だから」


 指さされた場所を見ると、ガウェインがこちらに向かって手を振っていた。


 ため息を一つ吐き、刺さる視線を気にしながらも席に向かった。


 だがこの円卓にはサタルス以外の魔族もいた。老いたリザードマン、妖艶なエルフ、屈強なミノタウロスなどだった。


 ガウェインの隣に座り、テーブルの上に手を置いた。

「いやー、受け入れてくれたんだね。おじさん嬉しいよ」

「そういうのはいい。グラスギングを殺すのが目的だから、そのために使えるものはすべて使うんだよ」

「そういう言い方はよくないな。ま、これからは頼むよ」

「そうだな、これからは仲間なんだし。アンタも無事だったんだな」

「まあね、頑丈なんだ、俺」


 ニカッっと、ガウェインが軽薄そうに笑った。


 ガウェインは見た目だけなら人間だ。だがあの魔力は、人間では簡単に到達できる領域ではない。清嵐というところから、シルフの血でも継いでいる混血なのだろうと推測した。


 魔王が立ち上がった。


「よくぞ集まってくれた。それでは、これから会議を始める。その前に、諸君には新しい同志を紹介しよう。フェルメール、自己紹介を」


 そういうのは一言欲しかった。言いたくなる気持ちを抑えて立ち上がった。


「フェルメール=シモンズです。ほぼ人間ではありますが、これから七人の魔徒の一人として城に住まわせてもらうことになりました。よろしくお願いします」


 一礼し、イスに座った。こういうことを長らくしてこなかったので、どうしたものかと気を揉んだ。が、終わってしまえばなんということはなかった。


「自己紹介も終わったところで、今日の会議を始めるとしよう。議題はもちろん、グラスギングのことだ」

「王よ。今更議論をすることもありませぬ。見つけ出して牢に押し込むしかありますまい」


 置いたリザードマンが、メガネを直しながらそう言った。


「それで問題はない。が、それは目的であって手段ではないのだ。どういった手段でグラスギングを捕まえるかが議題だ」


 シャルフバッハは咳払いを一つ。顔を上げ、話を繋げた。


「我が息子ながら、あまりにも強く育ちすぎた。七人の魔徒でさえ、きっと束にならねば対等にさえ渡り合えぬ。しかし、七人の魔徒が一人でいる時にしか姿を表さない。狡猾で老獪よ」

「放置したら放置したで、端から町を潰して回っています。このままではいずれ、魔界の町も人間界の町も崩壊するでしょう」

「人間では手に負えんからな。そこで、餌を用意して上手く釣ることにした。現在動くことができる七人の魔徒は、ガウェイン、パーシヴァル、ランスロット、そしてフェルメールだ」

「誰を餌にしてグラスギングを釣るのですかな?」

「ヤツは基本的に弱い者をいたぶる。弱くなくても女子供、老人を真っ先に始末しようとしてきた。ガウェインとフェルメールは男だ。つまりパーシヴァルかランスロットにやってもらいたい。二人のどちらか。立候補があれば受け入れるが、どうする?」


 ランスロットとパーシヴァルに視線が注がれた。


 パーシヴァルの方は見たことがあるった。薄着で艶やか、おおよそ戦士とは思えない格好と振る舞いだからすぐにわかった。種族はサキュバスだった。


 対し、ランスロットは騎士という言葉がピッタリだった。髪は短く、白い甲冑に身を包んでいた。顔立ちは幼く、体つきもやや控えめだった。それは女性らしさという意味ではなく、身長としての意味だ。


 ランスロットが手を上げた。


「それならば私がやりましょう。パーシヴァル殿は、どちらかと言えばサポートが中心になるでしょうし。なにかの手違いで一対一を強いられた場合、私の方が時間を稼げると思います故」

「やってくれるか、ランスロット。パーシヴァル、主はどうだ? ランスロットで問題ないか?」

「私は問題ありませんわ。彼女が言う通り、戦闘という意味では私よりも彼女の方が向いているでしょう。攻防共に、私が彼女に勝てる部分はない」

「それならば決を採る必要もないな。ランスロットよ、これからお前に任を授ける。グラスギングが襲撃した町、ウルスへ向かえ。物資を持ち、五十名の兵を率いてヘルハウンドを走らせろ」

「御意に。すぐに向かいます」


 敬礼をして、ランスロットはすぐに部屋を出ていった。


 忠義に厚く、裏切りという言葉を知らない。そんな騎士の中の騎士、という印象がフェルメールの中で強く芽吹いた。なにかあった場合、おそらく彼女ならば信じられるだろう、と。


「三時間後にガウェイン、それから三時間後にパーシヴァルが出ろ。兵は付けぬ」

「了解しました。期待に応えて見せましょう」とガウェインが言う。

「王の意のままに」とパーシヴァルが言った。


 二人もまた部屋を出ていった。


「シャル、俺はどうしたらいい? 俺には残れっていうわけじゃないだろうな?」

「よくわかっているではないか。お前は残れ。ローナアルクと共に少しばかりの訓練をせよ。グラスギングの戦い方も知らぬであろう?」

「それはそうだが、俺の目的はグラスギングを殺すことだ」

「わかっておる。だが、グラスギングの殺害だけならば、他の魔徒が捕らえたあとでもできる。今は万が一に備えろ」

「万が一というか、魔徒が出払った城を襲うって選択肢もあるはずだ。むしろグラスギングが魔王の座を狙っているのなら、魔徒がいなくなったここを襲撃するのが普通だ」

「それはない。なぜならば、我が子供たちは七人の魔徒に引けを取らないからだ。長子は確かにやられてしまったが死んではいない。ヤツは不意打ちでやられただけだ。魔徒と同レベルの魔族がいるような場所を狙っては来ぬ」

「アンタがそう言うならいいが……」

「まあ、今は自分を磨くことに集中した方がよい。ローナアルク、頼むぞ」

「わかりました、父上。行くわよフェル」


 不服ではあるが、ここが魔王の城で、魔族の領域であることには変わりない。今は友好的であるものの、いつどこでどう転ぶかなどわからないのだ。


 ローナアルクに連れられて部屋を出た。歩調も歩幅も、昨日と一緒だった。


 外へと出て、石造りの通路を歩いて行く。声が聞こえてきた。いくつもの、男女の荒々しい声だった。


「どこに行くんだ?」

「訓練場よ。一度アナタの実力も見ておきたいから」

「これからお前と戦うってのか。あんまりやりたくはないんだがな」

「殺し合いをするわけではないんだから、あまり構えなくてもいいわ」


 そうして訓練場へとやってきた。


 ここでもまたさまざまな種族が入り乱れていた。似たような甲冑を着て、剣に槍にと鍛錬を積んでいるのだろう。


「ここ、借りるわね」


 近くにいた兵士に声をかけ、訓練場の一角を指差した。兵士は驚いた顔をして「ど、どうぞ」と答えていた。


 なるほど、と納得がいった。


 お目付け役、世話役。けれど彼女は王族で、一般の兵士にとっては雲の上のような存在なのかもしれない。今、ようやくそれがわかったのだ。


 ローナアルクは十メートルほど離れた場所で、トントンと何度かジャンプして見せた。


「準備体操、いる?」

「一応しておくか」


 貰った防具は軽く、普通の服を着ているのとそれほど変わらない。軽く柔軟を済ませ、剣を何度か振りかぶった。こちらもまた軽く、握った柄もフェルメールの手に馴染んだ。


「いやいや、刃物振り回すわけにもいかないだろ。模擬刀をくれよ」

「私は気にしないけど」

「俺が気にする。例えお前が俺の攻撃を避け続けたとしてもだ。俺が思い切って剣を振れない」

「あっそ。じゃあちょっと待ってて」


 そう言って、彼女がどこかに行ってしまった。


 模擬刀を持って来てもらう間、とにかく柔軟を続けた。同時に彼女と自分の戦闘シーンを思い浮かべる。脳内でシミュレートし、彼女がどう動いてくるかと想像する。


 小柄で華奢で、腕も脚も膂力が強いとは思えない。おそらくは速さを重点に置いた戦い方。けれどスカーレットとはまた違うタイプ。そう、推測した。


 スカーレットも素早く動き、相手を捉える。が、その素早さとは力強さと比例する。直線的な、強引な戦闘方法。 逆にローナアルクは小回りを利かせた戦い方をするはずだ。


 そう予想した理由は一つ。全体的に彼女の線が細いからだ。


 筋肉がある人物とない人物が同じようにエンハンスを行った場合、当然筋肉がある人物の方が力が強くなる。エンハンスは強化。つまり元の素質、元の素材を元にして力を増加する。もしもローナアルクが腕っ節で相手をねじ伏せるタイプならば、自分よりも力が強い相手には勝ち目がないということになる。

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