第15話 〈スカーレット=イングラム〉

 スカーレットは、暗い部屋に鎖で繋がれていた。


 両腕、両足、首、胴体。手術台のようなところに寝かせられて、薬を投与され続けた。


 そのせいで自我はほとんど残っていない。淀んだ瞳で虚空を見つめ、半開きの口端からはよだれを垂らしていた。


 ここに来て、すぐに全身を舐め回された。何度も何度も犯された。自分とグラスギングが親子関係であるにも関わらず。何度も、何度も犯された。


 痛いと泣いてもやめてはくれなかった。それどころか、楽しそうに舌なめずりをしていた。


 グラスギングの身長は二メートルを超える。しかしスカーレットの身長は百五十センチ程度だ。魔力も筋力も体格も上の男に組み敷かれて、一人の少女になにができようか。


 泣き、喚き、祈ることしかできなかった。


 その内に心が摩耗していった。今のスカーレットがあるのは薬のせいだけではない。グラスギングによる行動も原因の一つだった。


「おーおー、いい感じに仕上がったじゃねーか」


 その姿を見て、グラスギングが嬉しそうに言った。


「どう、して……」


 崩壊しかけた自我の中で、僅かに残った残り滓のような思考で言葉を紡ぐ


「どうして、どうしてときたもんだ! どうしてもクソもねーんだなこれが。俺もそこそこ戦力が必要なんだわ。お前は俺の娘だから弱いわけがない。そりゃたぶんあの小僧もわかってる。お前がもつ魔力は、その辺の魔族を軽々と超えてる。兄上なんか目じゃないくらいにな。身体は小さいが、魔力だけならかなりのもんだ」

「なぜ、わたしなの?」

「俺の子供がお前しかいないからさ。今までヤってきた女は片っ端から殺してきたからな。むしろあの女を殺さなかったのが不思議なくらいだ。なんで殺さなかったんだろうな。あー、理由はなんとなくわかってる。あの女の目が死んでなかったからだ。普通は俺が好き勝手すりゃ泡吹いて意識飛んじまうか、心が壊れて動かなくなるかのどっちかだった。でもあの女は生きてた。面白そうだなと思って生かしておいて正解だったってわけだ。あの女のガキもまた、無駄に心が頑丈だった」

「あなたは、ほんとうに、いやな、ひと」

「わかってるわかってる。自分でもわかってんだよ。嫌なヤツだし勝手なヤツだよ俺は。でも俺はそんな俺が大好きなの。それでいいんだよ。自分を好きなヤツってのはなによりも強かったりするからな」

「わたしは、これから、どうなるの」

「ちゃんと自分のことを心配してんだな。まあまあ、心配すんなよ。これから俺が好きなようにお前を改良してってやるからよ。その前にやらなきゃならんこともあるけどな」


 そう言って、スカーレットの鎖を外した。


 自由になれるのかもしれない、そう思ったのもつかの間だった。


「いやー、やっぱこういうのも楽しくなっちまうよな」


 小さめの斧を取り出し、ニヤリと笑った。


 グラスギングが持てば小さいその斧も、スカーレットが持てば大きめの斧になってしまう。


「なに、を」

「さっき言っただろ? 改良してやるんだよ。おっと、その前にこっちを潰しておくか」


 次の瞬間、太い指がスカーレットの瞳を潰した。


「ああああああああああああああああああああ!」

「生暖かいなあ、いいよなあ、目を潰した時のこの感触。俺好きなんだよ」


 痛みが全身を貫いた。残った思考、その全てが痛みの方へと持っていかれる。


 目を開けるなどもう二度とできはしない。目を開けているつもりなのに真っ暗で、けれどそんなことを考えている余裕などない。痛い、痛いとそればかりだ。


 目を抑えようとしても腕が上がらない。薬のせいで体が上手くコントロールできないのだ。


「悪いが、俺には娘とかそういうの関係ないんだわ。人ってのは自分以外は他人だからよ」


 涙が出てくる。その涙で、さらに潰れた目が染みて痛みを伴う。


 助けて欲しい。フェル、フェルと心の中で何度も呟いた。


「助けて、とか考えちゃった? ざーんねん。誰も来ないんだな、これがっ」


 持っていた斧が振り下ろされた。今度は左腕に衝撃がやってきた。一瞬だけ意識が飛んだ。あり得ないというのに、目の前が真っ白になった。


「さあさあ、これから楽しい楽しい時間が始まるぜ。主に楽しいのは俺なんだけどな」


 そう言ってグラスギングは更に斧を振り下ろしていく。


 痛みを伴う度に悲鳴を上げる。怒号にもにたその悲鳴は、誰の耳にも届くことはない。


 潰れた瞳の先に、フェルメールの姿があった。


 最後の別れも言っていない。最後にもう一度抱きしめて欲しかった。すべてが終わったら謝るつもりだった。感謝の言葉を並べ、彼のために生きようと思った。


〈私のために今までありがとう。アナタがいっぱいしてくれた分、私は人生を支払ってアナタのために尽くすわ〉


 そう、言うつもりだったのに。


 祈りは遥か、遠方へ。届くこと無い彼方へ消えた。


 暗い部屋には、グラスギングの笑い声と、スカーレットの悲鳴だけが響いていた。

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