第14話

 風呂に入った後で、時計の短針が七を差す頃、夕食が勝手に運ばれてきた。なぜか二つ分だった。


「で、なんでお前がいるんだ?」

「お目付け役なのよ。仕方ないでしょう?」


 そして対面にはローナアルクが座っていた。


 仕方がないと、そのまま食事をとることにした。言いたいことは山ほどあるが面倒になってしまった。


「そうだ、言い忘れていたけれど、アナタには七人の魔徒に入ってもらうわ」


 思わず食事を吹き出しそうになった。それだけはすまいと口に手を当ててなんとか防ぐ。急いで咀嚼し、口の中の物を飲み込んだ。


「なにを言ってるんだ。そんなことできるわけないだろ」

「言われなかった? アナタにも魔族の血が混じっているのよ。とは言ってもほとんど普通の人間だけど」

「七人の魔徒は純粋な魔族じゃないと駄目だろ?」

「そうと決まっているわけではない。単純に魔族が強かった、というだけよ」

「七人の魔徒は動けないだけで、復帰すれば今まで通りだ。俺が魔徒になることはない」

「一人老人がいるのよ。もう限界だって、自分でも言っていたわ」

「そこに俺が入るって? おかしいだろ。他にも七人の魔徒の座を狙ってたヤツはたくさんいるはずだ。ここで「ほぼ人間の混血」なんてヤツが入ってみろ。次の日には暗殺されてもおかしくない。俺がじゃない、魔王がだ。そんなことがわからないほど愚かな人じゃないだろ」

「それがね、なれるものがいないのよ」

「なれるものがいないって、意味がわからない。俺よりもずっと強いヤツはいるはずだ」

「それらのほとんどがグラスギングによって重傷を負っていたとしたら? なにもずっと魔徒の座についてろというわけじゃない。今回だけでいいのよ。グラスギングとの決着まででね」

「屈強な戦士たちがグラスギングによって不能にされて、それで俺が魔徒になるって? それは、俺に命を差し出せと言ってるようなもんじゃないか」

「言ってるような、じゃないわ。言ってるのよ。アナタはグラスギングの首を狙い、スカーレットの身を案じている。虎穴に入らずんばなんとやら、とは人間の言葉でしょうが。いいとこ取りなんて姑息な真似はやめることね。覚悟を決めて、偽りでもなんでもいいから忠義を立てなさい」

「偽った忠義なんて、それはもう忠義じゃない」

「論点がズレてるわ。成すべきことのために危険を冒せと言っているだけなのよ。それでも不服ならそれでいい。今すぐここを出て行く準備をしたらいいのよ。ただし、アナタ一人でグラスギングを倒せるのなら、ね」

「それを言われるとぐうの音も出ない」

「それなら大人しく七人の魔徒になりなさい」

「ちなみに、魔徒を辞めるのは誰だ?」

「ガレス=ヒューイット。氷雪のガレスと呼ばれる魔徒よ。最初にグラスギングと対峙し、一番重傷の魔徒。おそらくは一年以上休養しなければ元通りの生活は送れないでしょうね」

「そんなに酷いのか?」

「酷いなんてレベルじゃないわね。ぐちゃぐちゃよ、いろんなところがね。生きていること自体が不思議なくらい。左腕も失ってしまった。ただ幸いだったことに、もう少しで魔徒を退位するつもりだった」

「幸いでもなんでもないような気はするけどな。でも後継者もいない、と」

「そういうこと。だからアナタはそのイスに座る。二つ名はこれから決めればいいわ」


 会話の間も食事を進めていたのか、ローナアルクの前にある皿は空になっていた。


「いつ食べたんだ、お前」

「普通に」

「普通に食べられる時間なんてなかっただろうが」

「そんなことはどうでもいいのよ。とりあえず今日はゆっくり眠りなさい。明日の早朝六時に迎えに来るわ。くれぐれも筋トレなどしないように」

「理由を訊くのも面倒になってきた。でもわかったよ。食べ終わった食事はどうすればいい?」

「入り口に私が持ってきたカートがあるでしょう? そのお盆に乗せて外に出しておけばいい。誰かが回収してくれるから」


 この誰か、というのが誰なのか。フェルメールはなんとなくわかってしまった。


 おそらくはローナアルク自身なのだろう。お目付け役と言っていただけではない、荷物を運んだのも彼女だからだ。それを考えれば「自分の面倒を見るのはローナアルクの役目である」という結論が出て来る。


 パンをちぎって口に放り込む。口の中の水分がなくなる前に、スプーンでスープを掬い口に入れた。


 濃い味のコーンスープ。サラダはさまざまな野菜が盛り付けられている。水気が多く、ドレッシングがかかっているのでこちらは普通に食べられた。


 メインディッシュであろう肉は柔らかく、パンにもスープにもサラダにもよく合う。もしもこの料理でさえ彼女が作ったのだとしたら、さすがに行き過ぎではないかと思った。


 なぜならば、この料理を持ってきたのは彼女だったから。二人分の料理をカートに乗せ、静かに運んできたのだ。


「さすがにそれはないな」


 考えすぎだ、と食事を食べ続けた。


 皿をカートに乗せて廊下に置いておいた。ドアに耳を当ててしばらく待機。しばらくすると足音が聞こえてきて、カートを持ってどこかに行ってしまった。


 少しだけドアを開けて見てみれば、予想通り、そこにはローナアルクの後ろ姿があった。


 申し訳ない気持ちはあるが、これが魔王のやり方だというのならば口を出すのも野暮だろう。なによりも彼女は文句を言っていなかった。それは彼女が自分の立場を受け入れているからだ。


 腹が満たされたからか、眠気がやってきた。


 本当ならば防具や武器の手入れをしたいところだが、今日はもういいだろうと電気を消した。


 久しぶりだなと思いながらも、フェルメールはベッドに飛び込んだ。


 スカーレットがいない夜は何年ぶりだろう。スカーレットの匂いを嗅げないのは寂しいが、今はそんなことを言っていられない。


 目を閉じて、ただただ眠ることに集中した。

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