第9話

 荒野を抜け、森の中に入った。その頃には空には茜が見えていた。


 森の入口からでも都市の外壁が見える。まだ少し距離はあるが、人工物が見えるだけで安堵できた。


 速度は緩めなかった。魔獣は襲ってきたが、一撃だけ浴びせて逃げてきた。


 そして、都市の入り口までやってきた。リザードマン商人にオークとゴブリンの大道芸人、マーメイドの遊女やエルフの冒険者など様々な種族が入り乱れていた。


 治安が悪いという噂だったが、見た限りではそうとも思えない。貧富の差が激しいわけでもなく、誰かが虐げられているというわけでもない。奴隷の姿もなく、治安が悪い部分が見当たらなかった。


 一度近くの宿に入って予約をした。部屋に行くわけでもなく、フロントで解呪師の話を聞いた。


 この都市は綺麗な円を描き、外壁沿いにある道をエミット通り、前から後ろまでを直線に走る道をノックス通り、右から左へと走る道をカレット通りと言う。エミット通り、ちょうど南西に解呪師の店があるとい言われた。


 フェルメールは「ありがとう」と言って僅かばかりのチップを渡した。


 寄り道をしている時間はない。早歩きでノックス通りを進み、中央で曲がってカレット通りへ。そして外周であるエミット通りを歩いた。


 上下を走る二つの大通りとは違い、エミット通りは予想以上に細かった。馬車がギリギリすれ違えるくらいの幅で、日は当たっているのにどこか辛気臭い。


 その原因は、エミット通りにいる魔族たちにあった。酒に潰された者、ナイフを持ってこちらを睨んでくる者、体中に傷がある者。この都市の陰の部分であり、治安が悪いと言われる理由がわかったような気がした。


 だが人と魔族が入り乱れ、共存できていた。どちらかが支配しているでもなく会話をする。人間界で暮らしてきた二人には珍しい光景だが、人間と魔族の可能性を見られたような気がした。


 誰に阻害されるわけでもなく解呪師の店にやってきた。店は黒塗り、一見なんの店かもわからない。看板が小さいせいだ。


 二度ほど深呼吸してからドアを開けた。


 正面にはカウンターがあり、一人の女性が座っていた。あれが解呪師のアシュリーだろう。薄暗いせいで顔がよくわからない。


 白光球が天井からぶら下がっている。だが光量が少ないために部屋全体を照らしきれていなかった。


 壁際には棚がずらっと並んでいた。棚の中には水晶玉やお守り、髪飾りは短剣などが置かれていた。魔除けの効果がるものなのかもしれないが、この店の雰囲気だとまったく逆の効果がありそうに見えた。


「お客さんかい?」


 女性が顔を上げると室内の光量が増した。


 右目に眼帯をした、美しい女性だった。黒く長い髪の毛には艶があり、胸がやたらと大きい。なにもしていなくても色気を振りまくような、そんなタイプの女性だった。赤いジャケットを着ており、解呪師だと言われなければわからない。


「腕がいい解呪師がいるって聞いてきた。俺はフェルメール=シモンズ、彼女はスカーレット=イングラムだ」

「私はアシュリー=ローランドだ、よろしくな」


 持っていいた刀を鞘に納め、カウンターの上に置いた。カウンターの上を見る限り、刀の整備をしていたのだろう。


「急に明るくなったのはどういう仕組みだ?」

「これだよ、このつまみで調整できるようにしてあるんだ。私は暗いところが好きだからな。客が来た時だけ明るくするんだよ」


 立ち上がりカウンターからこちらへと歩いてきた。黒いスキニーパンツを穿いていた。赤いジャケットもそうだが、身体に密着するような服を好むようだ。


「なるほど、今回は解呪師としての仕事か。呪いを消して欲しいのはどっちだ? それとも両方?」

「両方って、どういうことだ? 俺はこの子の呪いを全部解呪して欲しくてここまで来たんだ。もしかして、俺にもなにかの呪いが?」

「お嬢ちゃんには解呪師による食人鬼への呪詛が掛けられているな。その食人鬼の呪詛と、先祖返りが噛み合って、ほぼ不老の力を持ってしまった。一応先祖返りの方も解呪できるぞ。で、お前の方なんだが……」


 しげしげと見つめ、腕を組んだ。


「呪いに近い加護って感じか。それもかなり高等な加護だ。かけたのは魔族だが、そう簡単に取得できるような代物じゃないなこれは」

「どういう加護なんだ?」

「特定の呪いを無効化する加護だ。無効化するっていうのとはちょっと違うな。その呪いを持つ者がお前を見てもその呪いが発動しない加護だ。つまり、特定の呪いに限ってはお前は無敵になる」

「その特定の呪いって、もしかして……」

「端的に言えば、呪いの作用によって促される効果に適応されなくなる。つまりお嬢さんの呪いの対象にならないってことだな。あともう一つ、敵意や殺意といったマイナス要素の感情を無視できる。マイナス感情の無効化だな」

「だから俺だけは一緒にいられた、と」

「そういうことだな。本当なら食われててもおかしくない。まあしかし、マイナス感情の無効化までするとは、そのお嬢さんは一体なにものなんだ? 食人鬼の呪いと先祖返り、それと魔族の血統による副作用しか持ってないんだが」


 アシュリーは顎に指を当てて首を傾げていた。


 だが、フェルメールは聞き逃せなかった。本来あるべき言葉が欠如していたからだ。


「待ってくれ。それはおかしいだろ」

「なにがおかしい? 腕のいい解呪師って噂の私を信じられないのか?」

「信じる信じないもなにもないだろ。コイツの殺人衝動はどうやって説明するんだ? コイツは人を殺したい、人を食いたいっていう二つの衝動があったから、これまでいろいろと工夫してやってきたんだぞ」

「そんなのは知らん。私に見えるのは二つの呪いだけだ。まあそうだな、しいて言えばそれは個性だ。それは人間性で、それは人格だ」

「どういう意味だよ」

「ハッキリ言わなきゃわからんか? じゃあ言ってやる。お嬢さんは自分の意思で人を殺してきたってことさ。お嬢さんの殺人衝動は血でも呪いでもなんでもない。お前は今まで騙されてたんだよ。本当は、お嬢さんが自分の口で言うべきことなんだろうけどな」


 ゆっくりと、スカーレットに視線を向けた。


 悲しそうな顔、今にも泣きそうな顔でフェルメールを見上げていた。


「お前、本当なのかよ」

「私は、私は……」


 ワンピースのスカートをギュッと握りしめるスカーレット。それを見てなんとも言えない気持ちにさせられた。


「彼女を信じたい気持ちはわかる。だがな、私は人間界と魔界を合わせて五本の指に入る解呪師だって言われてんだ。師匠もお墨付きだぞ。その私を否定するっていうことは、私より腕が立つ解呪師しか信じないってことだよな。じゃあ私より上の解呪師が同じことを言ったら、じゃあお前は誰を信じるんだ? 今度は食人鬼の呪いさえも疑うのか? そんなことしていてもキリはない。なぜなら、今私が事実を伝えているからだ。さっさと受け止めて、自分でなんとかしな。呪いの方は解いてやるが、どうする」


 考えが追いつかない。


 どうする、どうしたらいい。問い詰めたい気持ちは確かにあるし、アシュリーに対して言い返したい気持ちもある。だがここで感情に従ってしまってもいいのか。今まで感情的にならなかったからこそ上手くやれたんじゃないのか。


「くそっ。わかった、とりあえず解呪だけはしてくれ。先祖返りも消せるのか?」

「ああ、完璧に消してやる。本来ならば先祖返りってのは個人を作る上で大事なものなんだが、お嬢さんの場合はかなり薄い。消してもこの世界に残れるだろうな」

「世界に残れるっていう言い方が引っかかるな。下手したら死ぬってことか」

「死ぬって言い方もまあ正しいか。正確にいえば消える、なんだがな。命がなくなるというよりは、そいつがそいつとして成り立つための要素がなくなる。腕や足がなくなるのとは訳が違うんだよ。「そこに存在するために必要なもの」なんだ。人が人として存在する要素なんだ。一般人は理解しなくてもいいが、概念的な考え方なんだがな。たとえば悪魔の悪い部分を払えば空気に溶けてしまうのと一緒だ。理解しなくても良い。今回は関係ないからな」

「そうか、ならやってくれ。どれくらいで終わる?」

「一時間あれば全部終わる。食人鬼の呪いで二百万、先祖返りで二百万、合わせて四百万ギムルの前払いだ。払えるか?」

「ああ、問題ない。ギリギリだがな」


 一度バッグを下ろした。そして手を突っ込み、一番奥の方から茶色い袋を一つ、二つ、三つ、四つ取り出した。


 四つの袋を彼女に手渡す。


「数えてくれ」

「ちょっと待ってな」


 カウンターの上に袋を置き、一つずつ袋を開いて中身を出していった。


「はー、考えたな。マロイド金貨か。それならこの少ない量でも四百万は余裕で超えるだろうな。どうやって集めた?」


 今より二百年前に使われていた金貨であり、希少価値が高く、今の金貨の数倍の価値を持つ。賞金首の討伐もそうだが、殺した盗賊から奪った金や宝などの八割をマロイド金貨に変えてきた。こうしなければ数百万という大金は持ち歩けなかった


「相当に価値は高い。でも質屋にも集会所にも置いてある。賞金首を倒して額が合わなくても、こちらがマロイド金貨と同価値になるように金を払えば変えてくれた。それに、盗賊たちもたくさん持っていた」

「なるほどね。まあそれ以上は訊かないようにするかな。変な事情に首を突っ込むのも良くないからな」

「そうしてくれ」

「隣の部屋で施術を行う。来るか?」

「行くよ。暴れたら困るだろ?」


 フェルメールはスカーレットを見ようとはしなかった。


 胸中になるのは「コイツは人を殺す人種」だということだけだった。


 それでもまだ彼女のことが好きだった。好きだと思っていた。だから、むやみに人殺しをさせるわけにはいかないと、そう考えた。

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