第8話 〈ガウェイン=シンクレア〉

「自分を犠牲にして逃したか。いやー、正義のヒーローかよ、アツい男だねえ」


 グラスギングが手を叩きながらそう言った。


「そういうつもりはないさ。こっちにはこっちの事情ってのがあるんだ。アイツらが都市に着くまでの間だけ、俺に付き合ってもらえればいい」

「都市についたところで追いかければいいだけの話なんだけどな」

「そしたら俺も追い駆けるさ。七人の魔徒を舐めてかかってると痛い目見るぜ?」

「魔徒なんて魔王以下じゃねーか。弱い弱い、俺にとっちゃその辺のヤツと大差ねーよ」


 魔力が膨張していく。その大きさは、ガウェインの想像を遥かに超えていた。


 ガウェインはシルフの血を引く魔族であり、それゆえに七人の魔徒として、魔王に力を見初められた。


 風の力を手足のように操る魔族、それがシルフである。特にガウェインは風を操るのが上手く、同世代でも比べ物にならないほど戦闘能力も秀でていた。


 そんな彼であっても、グラスギングを目の前にして縮こまってしまった。


 魔族において、強さはヒエラルキーに直結する。今でこそ薄れこそしたが、弱肉強食の概念は残っていた。


 魔王は魔族の頂点にして最強。そしてその血を一番強く受け継いでいるのがグラスギングだった。


 第三皇子グラスギングは、第一皇子、第二皇子よりも強かった。今では、純粋な戦闘能力という意味では魔王シャルフバッハ以外に止められる者はいないとさえ言われていた。


「勝てるわきゃねーが」


 やるしかなかった。


 スカーレットの監視は当番制だった。けれど、グラスギングによって七人の魔徒の大半が壊滅させられ、ガウェインの当番が長くなってしまった。


 フェルメール、スカーレットと接触したのにも理由があった。本来は接触厳禁だが、このままいけばグラスギングに殺される可能性が高い。だから、一度でも顔を合わせておくことが大事だった。


 どちらの顔も知らなかった場合、一度顔を合わせている者の方を信じるはずだと踏んだ。


「やろうぜ、ガウェイン」

「手加減よろしくたのむよ、グラスギング殿」


 純粋な魔力の塊であるグラスギング。対し、ガウェインは風を纏って直進した。


 二人が正面からぶつかり合って、周囲の空気が振動した。地面が割れ、近くの壁に亀裂が走った。


 この一撃だけでも充分過ぎる。グラスギングという人間がいかに強く、いかに凶悪であるかということが、だ。


 時間稼ぎをするどころか、そのまま殺されかねない。機を見て脱したいが、それをさせてくれるとも思えなかった。


 一撃、一撃と重ねる度に均衡が崩れていく。


 しだいに避けることしかできなくなった。獣のような野生の勘、その魔力は化け物のようで、一心不乱にこちらを追い駆けてくる。


 右に左に、そして背後へのバックステップを繰り返していた。


「おいおい! 避けてるだけじゃなんもかわんねーぞ!」


 グラスギングが地面に拳を打ち付けると、ガウェインの背後に岩の壁が出現した。


 一瞬の出来事だったため、その壁に背中を打ち付けてしまった。


「しまっ……!」

「バカが!」


 首を掴まれた。その衝撃で岩の壁が吹き飛んでいった。


 グラスギングは魔王シャルフバッハ同様に身体が大きい。二メートルを超えるその巨体に持ち上げられては、足などつくはずもなかった。


 上手く息ができない。血流が止められている。このままでは意識がなくなるのも時間の問題だった。


「魔徒なんてこの程度よ。ちょっと普通よりも強い程度だ。俺からしたら雑魚でしかねーよ」


 ギリギリと締め上げてくる腕を握った。


「エアロ、ブレイズ……!」


 風の渦を作り出した。その風は、刃となってグラスギングへと襲いかかる。


「痒い、痒いんだよな」


 だが、その体を傷つけることはできなかった。薄皮一枚さえも切り裂けず、その場で渦を起こすばかり。本来ならば一撃で骨さえも断ち切る風の刃。グラスギングにとっては意味をなさない。


 魔法では皮膚を裂くことができない。純粋なエンハンスで魔力を上回らなければ、傷一つつけることができないのだと思い知った。


「なら、ば」


 指先に魔力を集めてエンハンス。グラスギングの太い腕へと食い込ませていく。こちらはしっかりと機能した。


「おっと、こりゃいけねーな」


 簡単に腕を離した。


 地面に足を着けた瞬間に飛び退いた。


 ここまで簡単に手を離すとは思っていなかったため拍子抜けしてしまった。


「七人の魔徒ってのはどうしてこうなんだ。面白くもなんともねーぞ」


 耳の穴に小指を入れて、つまらなそうに言った。


「面白さなんて最初からない。俺は命を賭けてるんだ」

「ああそうかい。でも俺は賭けてない。俺の命を賭けるような相手がいないからな」


 小指に息を吹きかけた。


「今回の目的はお前じゃねーし、そろそろスカーレットの後を追うとするかな」

「なんだ、俺を殺さないのか? 他の魔徒もそうだが、重傷の者はいても死んだ者はいない。実はお前、そんなに強くないんじゃないか?」

「そう思うか? 違うんだよなこれが。割りと面白いおもちゃってのはさ、それだけで遊び続けてると壊れちゃうわけよ。わかる?」

「俺たちがおもちゃだと、そう言ってるのか」

「まあそれだけじゃないけどな。一度重傷まで追い込めば、あとは深追いしなくても次は殺せる。一回で仕留める必要はねーんだよ。起死回生の一手があるかどうかなんて俺はわからない。それに死に追い込まれたヤツってのは、本気で命を賭けてこっちの手を噛んでくる。でも一度逃がせば、その時の闘志は消え失せる」

「頭もそこそこ回るか。面倒な王子様だこと」

「そういうことだ。だから、さ」


 一瞬で目の前に現れた。


 反応した。防御体勢に入る。


「骨くらいは折らせてもらうぜ」


 この戦闘の中でも一番強力な攻撃だった。


 腕が骨がバキリと折れた。圧迫されて肋骨も何本かもっていかれた。


 吹き飛び、岩壁にぶち当たった。岩壁の一部であるかのように埋め込まれ、その場から動けなくなってしまった。


「俺には俺のやり方がある。他の誰かが「こっちの方が効率がいい」と言っても関係ない。「そんなやり方は頭が悪い」と言っても意味はない。俺は俺がやりたいようにやるんだよ。その傷が完治するのにもそこそこ時間がかかるだろうよ。法術を使っても一日二日じゃ治らない。まあ、ゆっくりと治すんだな」


 くるりと背を向けて歩き出した。


 腕を伸ばしてみるが、そんなことで待ってくれるような相手ではない。


「ああそうだ。魔獣を置いてってやるからさ、生きてたらまた会おうぜ」


 グラスギングが飛び立った。代わりに、五匹の魔獣が降りてきた。どんな魔獣かはわかる。知識もあるし、どんな攻撃をしてくかもわかる。だが、この状況で戦うにはあまりも酷だった。


 腕も痛い、腹も痛い、脚もいた。なによりも頭が痛かった。血流も呼吸も止められて、何度も脳を揺さぶられた。


 一つ、ため息を吐いた。


「人生ってのは本当にクソだな」


 なんで自分が、と思った。


 七人の魔徒に選ばれた時は嬉しく思ったものだ。けれどその後で魔王の孫娘、グラスギングの娘の監視などをさせられた。こんなものが魔徒のやることかと毒を吐いたことも、一度や二度ではなかった。


「でもまあ、俺の仕事だしな」


 岩壁から身を離し、静かに着地した。


 小さな頃からフェルメールとスカーレットを見続けてきた。だからだろうか、多少なりとも親心のようなものが芽吹いてしまった。


「なんとかして追いつかないとな」


 強く拳を握りしめ、迫り来る魔獣たちを睨みつけた。


 全身に風をまとい、その魔獣たちを迎え討つ。覚悟はすでに、できていた。

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