第7話

 朝起きて、若干の気だるさにため息をついた。


 左腕の上には気持ちよさそうに眠るスカーレットがいた。裸のまま小さく寝息を立ていた。


 腕をどかすのも悪いと、しばらくはそのままでじっとしていた。時折、眠る彼女の額にキスをしたり、身体をまさぐったりして暇を潰した。


 フェルメールが目覚めた十分後にスカーレットが目覚めた。胸を揉んでいたのが原因だと思われる。


「おっぱい好きなの?」


 起きてもなお手を休めなかった。


「そもそも嫌いな男なんて稀だと思うぞ。男はみんなおっぱいが好きだ。どんな硬派な男でもな」

「楽しい?」

「そこそこ」

「じゃあもうちょっとこのままでいいよ」

「いや、お前も起きたことだし魔界に入ろう。さっさと魔界を抜けてマルバドールに入りたい」

「そう言いながらも手は動きっぱなしなんだけどね」


 結局、フェルメールが飽きるまでずっと寝たままだった。


 数分が立ち、ようやく起き上がった。痺れた左腕を右手でさすり、痺れが取れるのを待った。背中から「あんなことしてるから」と言われた。「そういう性だ」と返すしかなかった。


 荷物をまとめて立ち上がる。ここからは今までと同じようにはいかない。野営をしようとすれば、それに相応しい強固な結界を張る必要が出てくる。人間界にある魔獣出没地域とは比べ物にならないほどに魔獣が強いからだ。特に境界付近は問題ないが、境界から離れれば離れるほどに魔獣が強くなっていく。これは万人の共通認識でもあった。


 全身へのエンハンスをかけて魔界へと入った。境界とは言うものの、標識が立っている程度で明確な基準がない。


 が、入った瞬間の空気が違った。一気に湿度が上がったようで、じっとりとした汗が肌からにじみ出てくる。


 魔界に入ったのはこれで二度目だった。前回も今回と同じように次の町へ行く際のショートカットに使用した。だからこそ対策がわかっていた。


 岩肌がむき出しの低い山が連なる荒野。元々は川が流れていた地形で、低い山というよりは、溝が深いために山のように見える。地溝帯という言い方が正しい。フェルメールたちはこの山を一度降りて溝の中へ、そしてまた登ってを繰り返さなければならない。山が地続きであればよかったのだが、そんな希望も口にできないほどに山同士が分離していた。川の分岐が多かったせいだろう。


 荒野の向こうには森が見える。地図によれば、あの森の中にマルバドールがあるらしかった。森の横には高い山があり、雲さえも突き抜けていた。


「早くいかないとまずいな。日が暮れる前にはこの荒野を離れたい」

「野宿はダメ?」

「魔獣は地域によって強さが異なる。ここの魔獣の強さがわからないと野営もできない。結界を強く張ればいいってもんでもないしな」


 魔力は有限。眠れば回復はするが、魔力を完全に空っぽにしてしまうと、前回まで回復するのに最低五日はかかる。全力で結界を張るわけにもいかない。けれど弱い結界では破られてしまう。それに地の利が魔獣にある以上、狡猾に動いてくる可能性も高かった。


 地面の硬さは悪くない。水気はないが適度に固く、砂というよりも土に近い。踏みしめたときに沈み込むこともなく、かと言って飛び跳ねて着地した際に岩というほどの衝撃もない。


 脚にエンハンスを集中させ、荒野を軽く駆け回る。あまり全力で走っても、障害物があった場合や魔獣と出会った場合に対処が遅れる。


 駆け抜け、狭い溝は飛び、広い溝は一度降りてからまた登る。普通に歩くよりも数倍早く、遠くに見えていたはずの森がどんどんと近くなってきていた。


「少し休憩するか? 水でも飲むか?」

「うん、ちょっとだけ疲れたかも」


 広い溝へと降りて日陰に入った。バッグの中からコップを出し、手のひらから水を出して注いだ。


 喉を鳴らして水を飲むスカーレット。幼さが残る彼女を見ながらフェルメールもコップに口を付けた。


 万能であり便利という言葉がよく当てはまる魔法という技術は、そう簡単に体得できるような代物ではない。大気に満ちる体体外魔力を感じることがそもそも難しく、魔法を学ぼうとしながらも諦める者が多い。それから体体外魔力を体内に取り込む方法、体体外魔力を体体内魔力へと変換する方法、変換した体体内魔力を術として体外へと放出する方法と、下級魔術、下級法術を覚えるだけでも最低三年はかかると言われていた。


 フェルメールとスカーレットは魔法学校に通っていたわけではない。普通の学校しか経験してこなかったせいで、その取得にはだいぶ苦労した。と言っても二人共飲み込みがよかったのか、約二年で下級魔法を取得。一年後には中級魔法を使えるまでになっていた。そしてもう一年で上級魔法のいくつかを使えるようになった。


 つまるところ、二人が過ごしてきた六年の中で、四年間は魔法を使うことに費やしてしまった。それだけではなく、戦うための体術や剣術なども必要だった。それを四年間に詰め込んだ。


 もちろん旅をしながらの取得であったため、最初は食べるのにも苦労した。金銭に関しては問題なかったが、盗賊などに襲われてしまったらそれもゼロになってしまう。しかし宿をとり続けるのにも限度があった。


 強くない賞金首を命からがら捕まえたり、盗賊団を壊滅させたりして金を得ていった。


 幸いと言うべきか、スカーレットは最初から強かった。魔法の体得も一年で完了させた。強かったのは呪いのおかげで、魔法の体得は魔族であるがゆえであった。


 災いの元は彼女であるのに、幸いにも彼女のお陰で上手くいった。そのことに関して頭を抱えた日も、今は遠くに感じるようになっていた。


「ここからあとどれくらい?」

「このままのペースでいけば、ちょうど夜には着くだろうな。このままでいけば、なんだけどな」


 チラリと影の向こうを見た。魔獣が三匹、いや、三体という方が正しかった。


「あれくらいなら大丈夫じゃないかな」

「見ただけでわかるか?」

「うん、詳細まではちょっと難しいけどね。一応ほら、魔族の血が流れてるから」

「なるほど、ね」


 それ以上、彼女に言葉をかけられなかった。なにを言えば正解で、なにを言えば気分を害さないか。それを考えてもキリがないと思ったからだ。


 戦ったことはないが知識はある。影から出てくるのはグリフォン、オルトロス、リンドヴルムだった。三体とも上位魔獣であり、全長五メートルから十メートルほどあった。


 グリフォンは、獅子の胴体に鷲の顔と翼を持つ。身体の特性上、四足を持つ鳥という姿。ただし空を飛び地を駆けるために弱点が少ない。


 オルトロスは、頭は二つあり尻尾は七つの蛇のようになっている。ライオンのようなタテガミが風になびき、雄々しさを強調していた。


 リンドヴルムは、長く尖った口と太い後ろ足が特徴だった。二足歩行も四足歩行もでき飛行も可能。それでいて牙が鋭い。翼は小さめだが、身体が細身なので問題なく飛行できる。


「上位魔獣だが、本当に大丈夫か? 上にいるかどうかもわからないが」

「上にはいないけど、長期戦になればわからない。だからここは一気に攻める」


 スカーレットが身をかがめた。獣のようなポーズを取り、今すぐにでも飛び出しそうな勢いだった。


「そうカッカすんなよ」


 その時、オルトロスの背後から一人の男性が現れた。オルトロスの後ろ足を何度か叩き、歩きながら腹を擦った。


 身長は高く、目測でも二メートル以上はあった。筋肉質で、その太い腕はスカーレットの胴よりも太い。


 服装はカジュアル。ダメージジーンズに半袖のシャツ。頭にはワークキャップを被っていた。右耳には大きな輪のピアス、左耳には三連ピアス。顔は整っていて若作りはしているが四十は過ぎているだろう。ほうれい線や無精髭が年を物語っているようだった。


「アンタ、なにもんだ?」


 剣の柄を握った。あの中年男性が近付いてきたとして、それを受け入れることなどできないからだ。あそこまで魔獣に接近し、脚を叩き腹を撫でた。そんなことができるのは魔族である証拠で、それも魔獣を従えているというのが正常な見解である。


「なにもんって言われてもな。そうだな、王族だよ俺は。数日前にようやく出れたんだ。ちょっと強引だったけどまあいいだろ」

「王族か、だから魔獣たちも操れると?」

「そういうこと。俺の号令一つでどうにでもなるんだなこれが。つまりこの場で戦うってなったら、魔獣三匹と俺が敵に回るってことだが――」


 男が握りこぶしを作った。


 次の瞬間、周囲を包む空気が一変した。体体体外魔力が彼に引き寄せられている。それによって彼の魔力が急激に上昇していくのだ。魔力感知に関してあまり適正がないフェルメールでさえ肌で感じる。それほどに、強力な力を持っていた。


「ハッキリ言うが、魔獣よりも俺の方がヤバイと思うぜ?」

「本当に、なにもんなんだよ……」

「言ってなかったな。俺の名前はグラスギング=アーツェット。現魔王の三男にして、二十四年前のペルノム恐慌事変を起こした張本人ときたもんだ」


 ペルノムを始めとした数多くの町が魔族によって滅ぼされた、歴史的な事件だ。スカーレットの母がスカーレットを孕む原因。魔族にとっては汚点とも言える。


 グラスギングという名前をここで聞くことになるとは、いったい誰が予想しただろうか。


 しかし驚いている場合ではない。


 すぐにスカーレットへと視線を移した。


 彼女の顔から表情が消えていた。感情もなく、ただただグラスギングを見つめていた。もしかしたら最初から気が付いていたのかもしれない。魔力に敏感である魔族だからこそ、会ったその場で理解していた可能性は充分にあった。


 そして、スカーレットの魔力も上昇していた。


 肌に感じる魔力のうねり、謎の重圧感、溢れんばかり殺意。彼女から感じるすべてが恐ろしく、フェルメールは思わず一歩後ずさってしまった。


「お前が、グラスギング……!」

「そうだぜスカーレット。はじめまして、俺がお前の父親だ」


 ニヤニヤと、舐めるような視線がスカーレットの身体を這う。それが嫌で嫌でたまらなかった。自分に対しての視線ではないが、嫌悪感が胃の奥底から湧いてきた。


 グラスギングに対してもそうだが、スカーレットに対しても畏怖の感情はある。けれど、ここで退いたら今まで二人で旅をしてきた意味がない。


「その第三王子がなんのようだ」


 退いたはずの一歩をもう一度踏み出した。スカーレットの前に立ちふさがり、グラスギングと対峙する。


「いや、特に理由はねーよ。自分の娘に会うのに理由がいるか?」

「娘? 二十四年も放っておいて娘だって? 笑わせんなよ」

「笑わせるつもりなんて毛頭ねーけどよ。俺とあの女の子供だろ? 相当美人なんじゃねーかなと思ったわけよ」


 舌なめずりをするグラスギングを見て、いいようのない寒気を感じた。


 間違いない。この男はスカーレットのことを娘として見てはいない。完全に、ただの女としか見てないのだ。身寄りのない都合のいい女。なにをしても誰からも文句を言われない女。人間からも疎まれ、あまつさえ人間を殺してしまう、そんな厄介な女。


「お前は、コイツの父親じゃない。ただのクズ野郎だ」

「いやー、若いもんに言われると胸がいてーな。でもその通りなんだわ。華奢な体つき、それなのに出るとこは出てる。美人だし、年も取らない。最高だわホント。俺が死ぬまで下の世話をしてもらいたいもんだ」

「レットをそういう目で見んなよ……!」

「はあ? 俺は知ってるぜ? お前だって世話になってんじゃねーか。自分だけはいいってか? はー、まったく愛ってもんをしらねーなお前は。愛は分け与えるもんだろうがよ」

「なにが愛だよクソが。お前のは愛なんかじゃねーよ。自分がよければそれでいいって思ってるだけだろう。私利私欲のために人を扱うことが愛だなんて、俺は絶対に認めない」

「お前だって私利私欲で動いてるだろうが。本当は気づいてんだろ? お前はお前のためにスカーレットと一緒にいるんだ。スカーレットに身寄りがいないのをいいことに、一緒にいて優越感を感じてたんだろうが。可愛い女を抱いて気持ちよかっただろうが。自分にも身寄りがいないからって、そいつを感情のはけ口にしてただろうが。わかってるからなんでもかんでも煮え切らねーんだろうがよ」

「なんでお前がそんなこと知ってんだよ。お前になにがわかるんだよ!」

「俺の側近がずっと側で見てたんだよ。そいつを通して俺もずっと見てきた。だからわかる。お前はとんでもないエゴイストだ。俺と変わらない。口ではなんだかんだと言っているが、そのすべてがお前自身のためにやってることだ。違うんなら大声で言ってみろよ! 僕は全部スカーレットのためにやってますってな!」


 ツバを飲み込んだ。


 口を開く。けれど、言葉が出てこなかった。


 壊したい物を壊し、犯したいから犯す。殺したいから殺し、楽しいから遊ぶ。そういう短絡的な人物だと思っていた。それなのに、話してみれば妙に思慮深く、人の行動をよく見ていた。衝動的で野性的であることには変わらないが、フェルメールは心の中を覗かれたような気がしていた。


「わかったかスカーレット。この男はお前を利用し続けてたんだよ。そんなヤツと一緒にいてもいいことはないと思うぜ? なあ、俺と一緒に来いよ。なんでも与えてやるぞ? 食いたいもの、欲しいもの、やりたいこと。全部くれてやる。牢屋には入ったが王族から切り捨てられたわけじゃねーしな。王宮にはいられないだろうが金には困らない。人脈もあるからなんだってできる」


 なにか言い返さなければ。焦れば焦るほどになにも出てこない。


「そんなことはない」と思っても「本当にそれが言えるのか」という疑問が邪魔をする。「スカーレットはそんなことを望んでいない」と思っても「本当にそうなのか」という疑心が壁を作ってしまう。


 そんな時だった。スカーレットが、フェルメールの横に並んだ。


「私はお前と一緒には行かない。食べたい物は特にない。フェルと一緒ならなんでも美味しい。今は人肉を食べるけど、呪いが解ければそれもなくなる。欲しい物は特にない。フェルがいればそれでいい。やりたいことは、フェルと結婚すること。フェルがなにを考えているかなんてわからない。でもそれを避難する権利は私にはない。これでいいの。一緒にいてくれて、手を取ってくれて、優しい言葉をかけてくれるフェルがいないとダメなの。だから、お前とは一緒に行かない。私は彼が死ぬまで彼と一緒にいるから」

「ひゅー、顔が焼けちゃうねこりゃ。そういうことなら、そこのボウズを殺すしかなさそうだな」


 グラスギングが手を上げた。三体の魔獣が顔面にシワを作り、敵意を剥き出しにした。魔獣たちが戦闘態勢に入ると、こちらも戦うための準備をせざるを得なかった。


 狙いが自分だとわかっている。けれど、あの魔獣を相手にしながらグラスギングの攻撃を避け続ける自信がなかった。どこかで攻撃も混ぜなければと考えれば、この戦闘は負け戦と言う他なかった。


「フェルは私が守る」


 重心を低くするスカーレット。だが、人肉を口にしていない彼女は魔族の力を半分も使えない。魔獣の方は二人合わせれば余裕がある。だが、相手は魔獣だけではないのだ。


「行け」


 上げた手が、勢い良く振り下ろされた。


 三体の魔獣が突進してくる。そのせいでグラスギングの姿が見えなくなってしまった。魔獣に隠れているのだろうということはわかっても、どんな攻撃をしてくるのかという予想が立てられない。魔獣に掴まって動いてくるのか、背後から静かに接近してくるのか。


 考えるだけ無駄だと、剣を抜いた。


 次の瞬間、上空からなにかが飛来した。


 強烈な轟音、爆風にもにた風、高く上がる土煙。そして、魔獣が動きを止めていた。


 いや違う。今の一瞬で魔獣が三体とも絶命したのだ。


「なにが、起きてんだよ……」


 突風が吹いた。風は飛来した「なにか」を中心にして渦を巻き、土煙を取り払っていく。同時に、魔獣の死骸が宙を舞ってどこかに飛んでいった。


 その中心にいたのは一人の中年男性だった。後ろ姿だけなので、こちらからは顔が見えない。


「はー、まさかお前が出て来るとは思わなかったよ」


 グラスギングが苦い顔でそう言った。中年男性とグラスギングが向き合っているが、二人が顔見知りであることがすぐにわかった。


「悪いな。シャルのダンナにずっと雇われてるんだよ俺は。こういう時が来るかもしれない。お前がトップに立ち、他の者達と連携して監視をして欲しいってな」


 その声には聞き覚えがあった。


「監視? 俺をか? 俺はつい先日出たばかりだぜ?」

「お前のことは、お前の兄弟が監視するって決まりになってんだよ。つっても逃げられたみたいだがな。もしも誰かがついてればこんなことにはならんだろ」

「ああ、チェル兄をぶっ飛ばしてここまで来た。全快するまでに一ヶ月くらいはかかるんじゃねーかな」

「実の兄に手を上げる。実にお前らしいよ」

「するってーと監視はスカーレットの方か。あのジジイも粋なことするね。出生がどうあれ自分の孫に変わりはないってか」

「そういうこった。特にお前のせいでスカーレットの嬢ちゃんは苦労してきたからな。まあお前だけのせいじゃないんだが、嬢ちゃんの人生がめちゃくちゃな理由の大半はお前だからな」

「お前は昔からムカつくヤツだったよな。好き勝手する俺に対してブレーキ役になりやがる。ジジイはいい側近を持ったもんだよな。なあ、ガウェインよ」

「ガウェ、イン……?」


 フェルメールがそうつぶやくのも無理はなかった。


 グラスギングと対峙する中年男性。それはガナートで出会った、あのガウェインだったのだから。


「悪いね兄ちゃん。いろいろ話したいことはあるんだが、今はコイツをなんとかせにゃいかん。全力でマルバドールへ向かって走れ。ここは俺が引き受ける」

「アンタはどうするんだ!」

「馬鹿言うなよ。俺は王の側近。七人の魔徒ザ・セブンって呼ばれてるんだぜ? 二十年以上牢屋に閉じ込められてたヤツに引けを取ったら、それこそダンナに雷落とされちまう。ほら、さっさと行けよ。んで呪いを解いてもらえ」


 どうするべきかなど考えるまでもなかった。


「行くぞレット」


 彼女の手を取り、一目散に走り出す。


「借りはいつか返す」

「俺は貸したと思ってないがね」


 軽薄に笑いながらも、まんざらでもないという感じだった。


 目の前の岩壁を登って荒野の上へ。魔力に糸目などつけない、ほぼ全力で走り続けた。


 彼女の手を離さないようにと握りしめ、広い溝を飛び越えた。


 ガウェインという名前だけでは判断できなかった。しかしあの風、あの強さ。間違いなく〈七人の魔徒ザ・セブン〉の一人だった。


 自分には関係がないからとずっと忘れていたが、ここでようやく思い出した。


 魔王シャルフバッハには、信頼する七人の側近がいる。それが〈七人の魔徒〉であり、それぞれが別の武器、別の属性を得意としていた。更に戦闘だけではなく頭もいい。騎士としても秘書としても優秀なのだと言う。


「ガウェインって、あのガウェインだったの?」

「らしいな。清嵐のガウェイン。武器は素手、属性は風。まさかあの魔徒の一人だったなんて、今までわからなかった」

「普通のおじさんだったし、それに魔力も隠してた」

「全然わからなかったのか?」

「うん。普通の人間と変わらなかった。グラスギングと向き合った時はあれだけ強烈な魔力だったけど、それを隠せるだけの技術があるんだと思う」

「それならなんとかしてくれそうだな。お前の方は大丈夫か?」

「なんとか大丈夫。できれば今すぐにでも戻って、最低一発は殴ってやりたい。でもフェルを危険な目に遭わせたくないから」


 手を引いた時、抵抗もなく一緒に来てくれた。それだけでも嬉しかったが、こうやっていつでも自分を思ってくれることがなによりも嬉しかった。


 今は先を急ぐのが先決と、より一層脚に力込めた。


 急ぐことに関して、マイナスな点は魔力の消費だけだった。呪いを解くのもそうだが、スカーレットには食人衝動までのタイムリミットがあるのだ。早く呪いを解いてもらわねば、またあの衝動がやってきてしまう。


 そう思いながらも走り続けた。代わり映えがしない流れていく荒野の景色を見ながら、フェルメールは前を見据えていた。

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