第4話
夢を見た。とても嫌な夢だった。
十七歳の、あの時の夢だった。
外から聞こえる喧騒に目を覚ました。時計を見るとまだ真夜中だった。しかし外はやけに明るい。
なにごとかと思いながらも剣を持って家を出た。
火の手が上がっていた。周囲の、家という家が燃えていた。それだけではない、たくさんの人が倒れていた。首がない者、手足を引き千切られていた者、内蔵が弾けている者、燃えている者。見ただけでも生きていないことがわかった。
ツバを飲み込み、剣を抜いた。
盗賊か、賞金首か、動物の群れか。
恐る恐る歩みを進める。人の悲鳴が聞こえる方へ、少しずつ、少しずつ進んでいった。
一軒の家の前に少女がいた。真っ赤な服を着ていた。
見覚えがあった。いや、それどころの話ではない。
「スカーレット……!」
一度剣を鞘に納めた。そして一目散に走り出した。
フェルメールの目の前に、一人の老婆が現れた。
「待ちなさいフェルメール。あれは、スカーレットであってスカーレットではない」
彼女の祖母タバサだった。彼女を育てた張本人。なによりも、捨て子だった自分を拾い、ここまで育ててくれた人だ。
「どういうことだよ。もしかしてこれ、アイツがやったのか?」
「ああ。そうだ」
「なんで?! なんでアイツがこんなことを!」
「魔族の血、そして祖父の呪いだ。おそらくだがな」
「魔族の血の方は知ってる。アイツの父親がグラスギングだってことも。でも呪いってなんのことだよ」
「私の父はいわゆるネクロマンサーというやつでな。たくさんの人を殺し、自分で蘇らせていた。その中に解呪師がいて、解呪師の何人かに呪いをかけられた。祖父本人ではなく、私やスカーレットにも流れる血に呪いをかけた」
「それが今出たってのかよ。そんな、バカなこと……」
「元々祖父もそう言われていたんだ。いつどこで発現するかわからない、とな。お前のせいで、お前以外の血族がひどい目に遭うだろう。お前のせいだ、お前が恨まれるのだ、と」
「なんでアイツなんだよ! クソッ!」
もう一度スカーレットを見た。
あれは赤い服ではなかった。いつも着ている白いパジャマだ。それが血によって赤く染まっているのだ。
顔は彼女のままだ。けれど、頭に角を生やしていた。無表情でこちらを見て、そして突っ込んできた。
思わず両手で顔を隠した。
ブワッと生暖かい風が吹いた。強烈な生臭さが顔に当たり、吐き気をもよおした。
腕をどけるとスカーレットの姿はなかった。隣にいた彼女の祖母もいなくなっていた。
慌てて周囲を見渡すと、後ろの方に二人が立っていた。正確にはスカーレットが立ち、タバサが掴み上げられていた。
「やめろスカーレット!」
「ふふふ……あーっはっはっはっ!」
こちらを見て高笑いをした。完全に、自分が知っている彼女ではなかったからだ。
「聞きなさいフェルメール!」
と、祖母が大声でそう言った。
「スカーレットを、孫をお願い! 呪いを解いて! 私はもう――」
その叫びは途中で途切れてしまった。バキバキという音とともに、タバサが絶命したのがわかった。
ほんの一瞬出来事なのに、なぜか長い時間それを見ていたような感覚があった。
拾ってくれた時のことをよく覚えている。十年前の冬、もう顔も覚えていない両親が馬車から投げ飛ばした。雪の上を転がって、馬車を追いかけようとしたけど無駄だった。
服は着ていたし靴も履いていた。だからすぐに凍死するようなことはなかった。けれど寒く、凍えそうだった。
そこに通りかかったのがスカーレットの祖母だった。スカーレットの手を引いて、逆側の手を俺に差し出してくれたのだ。
最初は心を開こうとしなかった。だが、タバサはとても優しく、その優しさに心をほだされた。
温かい風呂も、美味しい食事も、タバサがいたからありつけた。勉強なども教えてもらった。昔は教師をしていたらしい。
たくさん褒めてくれた。料理の仕方も裁縫の仕方も教えてもらった。実の母以上に母だった。
そしてスカーレットと共に育ち、十五を過ぎた頃には恋心を抱いた。タバサはそれを知って応援してくれた。
人生の中で拠り所だった。それを、孫であるスカーレットが壊していった。
「スカーレットおおおおおおおおおおおお!」
彼女は大口を開けた。そして、タバサの頭に歯を立てた。
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