第3話

 近くの川で真っ赤になったスカーレットの身体を洗った。正確には、スカーレットが自分の身体を洗っている間、フェルメールは彼女の服を洗った。


 彼女の裸体は見慣れているが、それでも綺麗だと思うほどに洗礼されていた。陽の光を浴びて輝く髪の毛、水を弾くハリのある白い肌、身長は高くないがとてもスタイルがいい。


 髪をかきあげる姿がさまになる。事情を知らない人間から見れば、フェルメールが幸せな男に見えるだろう。


 スカーレットの頭に生えた角はすでに消えていた。人の肉を食うと生え、すべてが終わると光になって消えてしまう。彼女の中に魔族の血が流れている証拠だった。


 フェルメールは今の状態のスカーレットを通常状態、角を生やした時のことを魔族状態と呼んでいた。


「洗い終わったか?」

「うん、もう大丈夫」

「それなら代えの服を着ろ。そしたら次の町に行くぞ」

「わかった」


 川辺に置いたフェルメールのカバンを漁り、新しい下着とワンピース、それと靴をを取り出した。恥ずかしげもなくそれを身に着け、スカーレットは大きく背伸びをした。


 川から上がり、下着とワンピースを木の棒に引っ掛けた。ここに来るまでの間に拾ってたものだ。靴だけはスカーレットに持たせた。


 バッグを背負い、木の棒を肩に乗せた。ワンピースが旗のようにひらひらとはためいていた。


 フェルメールが歩き出せば、スカーレットが後ろからついてくる。合図も会話もない、けれどそれだけで通じるものがあった。


 バッグの中は基本的に着替えばかりだ。フェルメールの着替えが二日分に対し、スカーレットの着替えは一週間分。それは、一週間分なければ洗濯が間に合わない過去があったからだ。


 時刻は昼を過ぎた。太陽は高く上り、たまに行商や旅人とすれ違う。そのたびに男たちが鼻を伸ばしてスカーレットを見ていた。


「今回のでどれくらい保つ?」

「三日、くらいかな」

「三日ならなんとかなるか。次の町はガナートだ。有名な解呪師がいる。お前の食人衝動をなんとかしてくれるかもしれない」

「どれくらいで着くの?」

「この調子で歩き続ければ一日あれば着くな」

「野営はするの?」

「ああ、一回は必要だろうな。幸いにもガナートの近くに森がある。そこで火を起こそう」


 そこからは特に会話もなく、ただただ歩き続けた。たまにスカーレットがじゃれついてきて相手をする程度だった。


 整備された道を歩き森の中に入った。草はあまり生えていないが、木々の背が異常なほどに高い。フェルメールの身長の十倍以上はあるだろう。枝が多く葉が大きいため、一度森の中に入ってしまえば、そこは昼間とは思えないほどに暗かった。


 地図上でも魔獣出没地域に指定されているのである程度の覚悟はできている。とは言っても、フェルメールとスカーレットの相手になるような魔獣などそうはいない。


 魔獣出没地域である以上は一般人や行商などはここを通らない。森を通らずともガナートには行かれる。しかし遠回りになってしまうのだ。


 森に入って早々に、四足の魔獣が襲いかかってきた。その数十二。群れでの行動をメインにし、一斉に襲いかかって獲物を食らう。ガルムという低位魔獣だった。


「レット」

「大丈夫」


 腰に携えた剣を抜く。同時に一匹の首を切り落とした。


 スカーレットは群れに飛び込み、瞬く間にガルムの身体を切り刻んでいた。


 魔族状態の彼女は、誰が見ても化け物だった。それほどに強く、それほどに残忍だ。けれど通常状態が弱いというわけではない。法術を得意としているが、法術の中でも補助をメインに扱っている。自分の身体を強化し、属性を付与させる。風のように早く、岩のように固く、炎のように激しく。魔族状態のような荒々しさや狂気はないが、それでも一軍を一人で葬るだけの戦闘力を有している。


 フェルメールは逆に彼女の周囲を囲むガルムを狩る。静かに素早く、そして鋭い斬撃でガルムの頭を撥ねていった。


 敵の真ん中で踊るように戦うスカーレット。逆に、彼女を囮にして外側から確実に仕留めるのがフェルメール。彼もまた高い戦闘力を有しているが、より少ない動きでより効率よく敵を倒すことに特化している。暴れまわることもできるけれど、それをしてしまえばスカーレットのサポートができない。彼の戦い方は彼女のためで、研鑽してきた技術もまた、すべて彼女のためと言っていい。


 フェルメールは法術よりも魔術に長けていた。光の矢を放ち、炎の鎌を振りかざす。竜巻を生み、大地から巨大な針を出す。そうやって、ずっとスカーレットを守ってきた。


 魔獣からではない、人間から守ってきたのだ。


 すべてのガルムが息絶えた。約七割をスカーレットが倒したため、周囲の木は臓物で塗れていた。魔族状態ではないため、服はそれほど汚れていなかった。


 首がないガルムを二体ほど掴んだ。今日の夕食にするためだった。


 フリーズエフェクトで死体の周囲を冷気で包んだ。完全に凍らせるとさばくのが面倒くさい。だから冷気をまとわせる程度で留めておいた。


 森の門番とも言えるガルムを数秒で駆逐した。そのため、それ以降魔獣が襲ってくることはなかった。


「ライトグローブ」


 右手のひらから光の球を作り出した。周囲を照らすためのランタン代わりだ。


 左手にはガルム、右手にはライトグローブ。その状態で森の中を歩き続けた。その間、スカーレットは木々に傷をつけていく。一応程度でしかないが、もしも戻ることがあった場合のためのマーキングだった。


 空が深蒼に暮れた頃、ようやくフェルメールが立ち止まった。森の半分を過ぎたあたりだった。


 少し拓けた場所で、火をおこすのにも眠るのにも困らないだろう。


 二人の魔法を合わせて結界を張る。魔獣に襲われないように、人間が来てもすぐ気がつくようにだ。腹に毛布などを乗せなくてもいいように、結界の中は一定の温度を保つ。


「ここにしよう。火を起こしておいてくれ」

「うん、わかった」


 スカーレットが枯れ木を探すため、小走りで離れていった。


 自分から離れても特に心配などはしていなかった。彼女を殺せるとしたら、最上級の魔族か自分だけだと思っているからだ。


 バッグを下ろし、中からナイフを取り出す。ガルムの死体を地面に寝かせ、関節を外してから前足と後ろ足、尻尾を切り取った。皮をはいでから腹を切り、不要な臓器を取り出していった。


 背後ではスカーレットが火をおこし始めていた。法術の方が得意だといっても、魔術が使えないわけではない。むしろ中級魔術師くらいの実力は持ち合わせている。


 空気の通り道を作りながら、細い枝や太い枝を上手く組み合わせた。少しの枯れ葉に火を付け、細い枝に移し、徐々に太い枝へと燃え移るようにと考えられてる。


 旅をする上で鍋やフライパンなどを持ち歩くことはない。戦闘の邪魔になるからだ。


 大きな葉っぱに肉を乗せ、スカーレットの元に運んだ。待っていたかのように、彼女は長い針に肉を刺していった。


 まるでバーベキューでもするかのような金属製の長い串。これはフェルメールの自前だが、なにも肉や野菜を焼くために持ち歩いているわけではない。ミスリルで作られた串は異常なほどに固く、それでいて靭やかである。食材にも使えるが、主な用途は武器であった。強引に情報を入手する際に、人の腕や足に刺して身動きを取れなくするものだ。


 塩と胡椒を適度にふりかけ、今日の夕食が完成した。


「「いただきます」」


 と言って、二人同時に口に入れた。


 魔獣の肉は、一般人の間では高級な食材だ。普通の動物よりも狩猟が難しく、運動能力が高いので肉が柔らかい。そのため魔獣の肉を好んで食べる者が多いのだ。それは人間も魔族も同じだった。


 串を四本ほど食べ、残りは燻製にした。燻製というには拙いが、生肉や焼いた肉を持ち歩くよりも日持ちする。


 魔術で出した水で串を洗い、またバッグの中にしまった。


 コーヒーを入れてもらって一息ついた。見上げても星はほとんど見えなかった。大きな葉が邪魔をしていたからだ。


 薄い毛布を敷いて横になると、スカーレットが隣にやってきた。腕を伸ばすと、彼女ははにかみながら頭を乗せた。


「ねえ、フェル」

「なんだい、レット」


 いつものように、スカーレットが身を寄せてきた。フェルメールの胸に左腕を回す。


「もしも、もしもね。解呪師が私の呪いを解いてくれて、私が普通の人間に戻れたらお願いがあるの」

「普通の、人間ね」

「魔族なのは仕方ないと思うけど、呪いさえ解ければ普通には生活できるでしょう? それに半人半魔なんて、今ではそこまで珍しくないし」

「まあそうだな。で、お願いって?」

「呪いが解けたらね、私と結婚して欲しい」

「また突然の求婚だな……」

「突然じゃないよ。私はフェルが好き、愛してる。ずっと一緒にいて欲しいの。結婚して、子供を作って、楽しく生きていきたいの」

「それがお前の願いなのか」

「そう。私は普通になりたいの。だから、お願い」


 潤んだ瞳で見上げられ、予想以上に胸が高鳴った。


「俺もお前のことが好きだよ。そうでなければ、こんなふうに一緒にいたりなんかしない。そうだな、結婚、してもいいかもな」

「本当?」

「本当さ」

「嬉しい。フェルを好きでいてよかった。フェルと一緒にいてよかった」


 そう言いながら、胸に鼻先をこすりつけてきた。その仕草が愛らしく、魔族状態のあの残虐さなど忘れそうになった。


 が、忘れることなどできなかった。


 普通になど戻れるのだろうか。結婚などできるのだろうか。これだけ人を殺してきた自分たちが、普通の人間と同じ生活ができるのだろうか。


 気がつくと、スカーレットが隣で寝息を立てていた。


 こうしていればただの少女だ。美しく可愛らしい少女でしかない。


「俺だって、お前と一緒にいたいよ」


 頭をひと撫でし、毛先を指で弄んだ。サラサラツルツルとしていて気持ちがいい。手触りがよく、いつまでも触っていたいと思ってしまう。手入れもなにもしていないはずだが、これもまた魔族の血のせいか。


 目を閉じた。


 無駄に考えることなど無い。考えたところで答えは出ないのだ。


 早く寝てしまおう。彼女の身体を抱いて、幸せな気持ちのまま眠ってしまおう。今こうしていることだけでも奇跡なのだから。


 殺人狂で食人鬼の彼女が自分を襲わない理由は考えない。それはきっと、今ある幸せを壊す要因になりうるからだ。

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