第54話nuisance call

悪戯に付き合ってみることにした私は

電話の向こうに問いかけてみた。


「Hello? This is Charles. What's your name please?」


一瞬の間があった。ため息とも、笑いを堪える息ともとれるものを感じた。


「Hey!! Charles. This is a Chinese quince. 」


チャイニーズ???私の頭は混乱した。

やっぱり阿保らしいと思って切ろうとしたその瞬間

こんがらがった糸がほどけた。


「おはよう。まだこんな時間だってのに、えらく早起きなんだね?」


「そうよ、チャールズ。私は今、保育園に送りに出て帰ってきたとこ。

それにしても本当にチャールズなの?あなた」


お互いに下品の贅を尽くすように笑った。

なぜか適当に思い付いたのがチャールズだっただけなのだが。

笑ったのは実に久々にな気がした。


「でも、Chinese quince でよくわかったわね?」


「そうなんだ。自分でもびっくりしたさ。

学生の時、八百屋でバイトしてたんだけどね

かりんの入ってる箱に"Chinese quince"って書いてあったんだ。

でも発音が良過ぎて、理解するのに時間がかかった。」


今度はすこし控えめな笑いが起きた。


「ふ~ん。それであなた今、お仕事中じゃないの?

お話して大丈夫?」


答えに困ったが、適当にやり過ごした。


「それで?こんな朝早くから一体何の用?」


すこしため息が漏れたみたいだった。


「あのね?言っておきますけど、こんな商売だからって

朝の10時にお客さんとこに電話しちゃいけませんか?

そりゃあね、あなたは私のお客さんかもしれない・・・だけど・・・」



「うん。言いたいことはわかったよ。悪かった。別にそういう意味で言ったんじゃないんだ。

子供を保育園まで送ってひと段落したんで、男前なチャールズの声を聞いて癒されたかったってことだね?」


反応は返ってこなかった。私は話題をシフトしてみた。


「今夜は雨かな?」


「台風が来るかもしれないって昨日から騒いでるじゃない。」


「TVは見ないんだ。」


「物凄い大きいやつみたい。ハリケーン並みのなんだって。

なんか、台風って聞くとドキドキしてテンションあがっちゃうのよね。」


「それはわからなくもないな。」


台風の夜にドライブに出かけ、ヨットハーバーの近くに車を停めて

物凄い暴風雨のなか、カーセックスをしたことを思い出した。

これも"前妻"との素敵な思い出。


「今夜は暇?」

直球で来やがった。


「ねぇ?ドライブにでも行かない?暴風雨のなかを?」


「ダメだ。台風の夜にドライブっていい思い出がなくってね。」

私は嘘を吐いた。


「あなた・・・昨日素面だったわよね?」


「あぁ、そうとも。車に乗るときは飲まないさ。」


「台風の日に、奥さんとドライブに行って・・・って話を

楽しそうにしてたのはどこの誰でしょう?」


「チャールズ?」


「正解!!」


やはり私は昨日、天井のしみに向かって話していたのかもしれない。

何を話したかさっぱり覚えてない。


「オーケー。わかったよ。ドライブは無理だけど、夜ご飯でもご一緒にいかがですか?」


「じゃあ8時にコスモスペースでいい?アタシ時間にルーズな人は嫌いだから、3分しか待たないんだからね。

じゃあ今夜ね。」


コスモスペース・・・

待ち合わせの場所としては定番中の定番。


「コスモスペースって・・・?」


既に電話は切れていた。



後味の悪さだけが残った。

引っかかっていることが沢山あるような気がした。

ひとつずつメモに書き出して問題点と解決方法を整理する必要がある。



解決方法以前に、問題点を洗い出すことから始めなければならない。


私は手始めに顔を洗ってみることにした。

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