第42話ホップ、ステップ、ジャンプ!

「もしもし君?」


「あっ、社長、おはようございます。」


「だから、それはやめてといってるでしょう?もう!」


「あっ、すみません。で、どうされました?」


「どうしたもこうしたもないわよ!いますぐ美沙を連れて戻ってきなさい!」


「なんぞありましたか?」


「なんぞって、君と美沙のことだから新聞やテレビというものとは無縁の生活なんでしょうね?」


美沙に関していえば確かにそうかもしれないが、わたしはそういうわけでもないのだが。

「新聞を読めば何かわかりますか?」


「新聞買いに行く暇がもったいないから、わたしが説明してあげるわよ。もう!」


なんだかこれまでにない不機嫌さ、それもそのはず、生理期間中であることをあらかじめ告げられていたのだ。


「えらいすみませんね。お願いします。」



宅配便会社大手「●●急便」(D県)の未公開株を上場すると偽って、沖縄県内の女性ら4人に売り、

計6400万円をだまし取ったとして、元取締役(55)ら6人が詐欺容疑で逮捕された。


元取締役は逮捕直前、5月7日付で本人から、治療中の病気による体調の悪化を理由に、

取締役を退任したいとの申し出があり、即日、同社取締役会に承認されていたことがこれまでに判明している。


D県警捜査二課への取材では、被害者は全国に拡がる可能性があり、被害額も未知数として警戒を強めており

元取締役個人の計画だったのか等について容疑者を厳しく追求するとともに、会社ぐるみの関与の可能性も捨ててはいない。

「●●急便」の本社への家宅捜索もふくめた対応を協議しているとのこと。



「南多梨十奈(みなみだりそな)は飛んだわ!」


言ったところで電話が切れた。

あまりに突然のことだったものだから、耳から離しディスプレイをまじまじと確認した。

わたしの充電がなくなったらしい、

あきらめてソファーへ放り投げる。


とある昭和の名優と呼ばれた男のテレビ番組でのインタビューを思い出す。


一番駄目な演技は何かといった趣旨のことをMCから質問され、

娘を誘拐された父親が犯人からの電話をとり、身代金を要求されたようなシリアスな場面。

犯人は要求額と受け渡し場所、時間だけを告げ、一方的に電話が切られる。


このようなシーンで、電話が切れたことを悟った際、受話器を顔に近づけてまじまじと見る、

このような演技は有り得ない、だからやってはいけない演技のひとつなのだと熱弁をふるっていた。


でもそれは、斯様な自分の身に降りかかった、もしくは降りかかろうとしている現実があまりにも

巨大で全容は把握できないけれどもなにか恐ろしいことに引きずり込まれようとしていることを悟ったことがないからこそ

言えたセリフなのだろうと身をもってしった。



「りそな銀行がつぶれたらしい。」

言って乾いて笑う。


「りそな銀行?わたしは口座もってないから関係ないわ?だれ?あのひとからでしょう?」

深く同意してうなずく。

テーブルの上の美沙の携帯がふるえる。


念のため、という風で、ディスプレイを覗くが涼しい顔でスルー、

とそこへ、ウエイターがやってきて、

「空いたお皿をお下げします。」

言って、モーニングセットの空いた皿を下げた。


「あっ、すみません、今日の朝刊ってありますかね?」


「新聞はレジの横に置いてございます。

読み終わりましたらラックのほうへ戻していただくよう、ご協力をお願いしますね。」


淡々と言ってウェイターは行ってしまった。

ファイミレス風情のモーニングごときでは、新聞を持って来てはくれないんですね。

はいはい、わかりましたよ。

ひとりごちて席を立ち、新聞ラックから引き抜いて戻ってきた。


「何かお飲みになりますか?」


「温かい紅茶がいいーー。」


「砂糖やミルクはいかがいたしますか?」


「要らないーーー。」


「承知しました。」

言って新聞をテーブルへ放り投げ、踵を返してレジの横にあるドリンクバーコーナーへ。

給茶用の耐熱ポットへお湯を注ぎ、ダージリンのティーバッグを放り込む。

普段はホットしか飲まないわたしだが、今はなんとなく、アイスカフェオレが飲みたい気分で

マシンの下にグラスをセットした。


淹れ終わるのをボーッとして待っていたら、初老の爺が「失礼」ともなにも言わずに強引に手を伸ばして

エスプレッソマシンにカップを押し込んできた。


逆に「失礼」とわたしのほうが詫び、半身のかたちで場所を明け渡してやる。

すぐとできあがったカフィオレを引っ手繰るかたちでグラスを取り上げ、ホットティーとカップのセットと

一緒にお盆に載せて席へ戻る。


「どうするの?」

新聞の社会面から顔をあげ、上目遣いで聞いてくる。


お盆をテーブルに置き、どかっとソファーへ腰をおろし、組んだ両手で後頭部を抱えるかたち、

「さぁ?今すぐ美沙を連れて戻って来いと言ってたけど。それと、南多梨十奈が飛んだって。」


「そりゃぁそうでしょ。この”元取締役(55)ら6人”って、ほかの5人は、Pop愛の客だろうしね。

Pop愛だって、警察に恩を売りたいところはあるでしょうから、その元取締役が囲ってた愛人として、

南多梨十奈の名前をあげるでしょうしね。」


「とりあえず、いっぺん帰ってみようか?」


「わたしは別にどっちでもいいよー。」

言いながら、給茶用の耐熱ポットからカップへ注ぎ、ふーふーっと冷ますこともなく直で美味そうに飲む。


「じゃあお墓はまた今度にして帰りましょうか?」


「本当に行かなくていいの?お墓。お線香とかどうするのよ?」


件の、西村賢太御代の生前墓参りに向かう道中、美沙がお腹が空いて死にそうだと餓えを訴えたため、

急遽、ファミレスのモーニングを食べに入ったのだ。


「美沙のママに供えてあげるさ。」


「それはうれしいけどさ?コップ酒は?タバコは?」


「タバコはおれが灰にしてやるさ。コップ酒は・・・そうだな、あとで車のタイヤにかけて清めよう。

帰路の安全祈願に。カルピスウォーターは、みーちゃんにあげる。」


ホテルを出たすぐのコンビニで墓参グッズを用意して来ていたのだ。


「そういえば君、日本酒は飲まないんだね?」


「あー、円山公園の占い師に日本酒だけは飲むなと釘を刺されたてるんだ。」


「飲んだらどうなるの?」


「驚くなかれ、死ぬらしい。」


そこでまた美沙の携帯がふるえる。

途切れるのを待って、ため息交じりに電源を落としたらしい。


「ほな、それ飲んだら行きますか?」

給茶用の耐熱ポットを顎でしゃくる。


「とりあえず、島之内まで行く?わたし、ダッチワイフがどんなだか見たことないからいっぺん見てみたいんだよね。」

言いながらにかっと笑う。

黒目がちの瞳孔が拡がったように見えた。

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