第28話あいうぃるこーるゆークリス

「はいっ、谷中だが。」

DJクリスペプラーを彷彿させる渋く低い声。

こいつの声だけは、なにかしらフェロモン的な要素を含んでいるような気がする、

だが外見にその類いのものは一切含まれていない。

あっ、あと立派な鷲っ鼻と立派なナニもあるか。

竿師に足る要素はもっている。


「こんな朝早うからどうされました?あっ、おはようございます。」


「あんたは暢気なもんだなぁ~?え~?!」

本当に好い声、男性のわたしであっても、とろけそうになる。


「無きにしもあらずんば虎子を得ず、ですかね。」


本家クリスの名台詞を被せてやる。


「お前のケツの穴は虎穴だったか?今度会ったときは覚悟しておけ。

お前から虎の子を引きずり出してやるからな。」


わたしの被せを理解してかどうかはしらないが、応戦。

その声を聞きながら引きずり出していただけるのであれば何時でも歓迎、

でも声だけで十分、本家とは違い、ラジオ限定にとどめておくべきだ。


「でも、谷中さんよりさきに、ぼくのケツを狙ってるやつがいるかもしれない。

いや、そんな物好きな連中が実在するのかどうかを確かめたくて電話しました。」


谷中は黙る。

比喩が飛躍しすぎたか。


車が停まる感覚、どうやらコインラインドリー前に着いたらしい、

美沙がシートの間から顔をのぞかせてくる。


「後ろは見るな、ずっと前を見といてくれ。ここでしばらく停まってくれ。

ハッピーちゃん。」

受話口をふさぎ、小声でたしなめウィンクのサービスまでしてやる。


受話口を開け、咳払い

「いや、ご挨拶はこれくらいにして、昨日と今日、めったに寄こさない電話を、このわたしに

してきてくれたのはどういうわけなんです?」


「おー、忘れとった。」

乾いて笑う、

事の顛末を話し始めてくれた。


発端は昨朝8時に遡る、

立日ソフトウェア 本社製造部に1本の電話が入った。


「おはようございます。お電話ありがとうございます。担当、ササキでございます。」

担当としか名乗らないが、愛想だけはいい。

朝の8時だというのに、ワンコール鳴り終わらないうちに出た。


女の声、

「D県警 伏見署 生活安全課のミナミダと申します。おたく様、立日ソフトさん?」

女は社名を言わなかった理由を承知で、話を有利に進めるためにトラップを仕掛けた。

そんなことはつゆしらず、ササキは

「はい、左様でございます。どういったご用件でしょうか?」

慇懃無礼に返す。


「おたく様の会社に神邊係長さんはおられますか?」

滅茶苦茶な日本語、慇懃無礼で応じる。


「あいにく神邊係長さんは、いま席を外していますので、戻り次第折り返すように伝えます。

折り返し先をおっしゃっていただけますか?」

またも違和感のありありの日本語。


「あっ、失礼? そこにいらっしゃるかどうかではなく、おたくの会社に

神邊係長が在籍されているかどうかを確認したかったんですが。」


「申し訳ありません。

そのようなことは個人情報に該当しますのでお答えできません。」


「ふふふっ」刑事ミナミダは、付け入る隙を見つけ思わず声が漏れてしまう。


「じゃあどこに電話をしたら答えてもらえるんですかね?」


「それも、個人情報ですね。申し訳ありませんが。」

淡々と答える。


「あらー、それは残念。」

楽しみにしていた遠足が早朝突然の雷雨により中止となり、連絡網が回ってきた母親のように応じ、

「実はね?よく聞いてほしいことなんですが、おたくの会社の神邊係長がJR琵琶湖線の電車内で痴漢の容疑をかけられて、

いまうちの署に連行されたんですよ?」

痴漢のくだりを、迷惑防止条例違反と、オブラートに包んでも良かったが意味がないことだと判断した。

様子を伺うが、動揺の“ど”の字も感じない。


「身元引き受けにどなたか会社の方をこちらまで来ていただけないかという相談だったんです。」

多少空気が重くなることを期待したが、

「そうなんですねぇ。」

軽っ!想定以下のリアクションに根負けしそうになるがあきらめたら終わり、目的を達成しなければ。

ミナミダ刑事の予想は確信に変わった。

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