第16話 アンナ、アーニャに語る

              

 

 アンナはジャズクラブの前で、心細そうな様子のアーニャを見かけ声をかけた。

「アーニャ。」

アーニャは虚ろな顔をこちらへ向けた。

「お久しぶりね。レオンはいないわよ。」

「ええ。今ピアノの前に座っているのは別人でした。レオン、どうしているのかと思って・・・。」

「レオンはもう帰ってはこないかもしれないわ。」

「え?どうして?アンナ、何か知ってらっしゃるなら教えて頂きたいわ。」

「そうね・・。では、これからうちへ来ない?車も待たせてあるし。」

「はい。それではお邪魔させていただきます。」

アンナは頷くとアーニャを伴い歩き出した。黒い大きな車の前に運転手が立っていた。アンナを見かけると、ドアを開けた。

「さあ、どうぞ。」

アンナとアーニャは車に乗り込み、そのまま無言で家に向かった。


 アンナの家に着くと、大きな門が開かれた。アーニャはアンナの住む屋敷を目にして、目を瞬かせた。

家の中に入ると、どっしりとした家具と上等な絨毯が目に入った。家の中はひっそりとしていた。高い天井を見上げると眩いばかりのシャンデリアが目に入った。

 「りっぱなお屋敷ですね。」

「ありがとう。でも、寂しいのよ、一人で居ると。」

「そう・・・。」

 

 居間に通されると、立派なマントルピースに囲まれた暖炉が目に入った。白い漆喰の壁には古い絵が飾られていた。美しい美術品がさり気なく置かれている。フランス窓からは、真っ直ぐに広がる山の端と葡萄畑が広がっていた。


 「どうぞ、好きなところへ座ってね。今お茶をいれるから。」 

アーニャは居心地の良いソファーに身を沈めた。アンナがお茶とクッキーを運んできた。アンナはしばらくだまってそのお茶を飲んでいたが、やがて口火を切った。


「レオンと私、お付き合いをしていたのよ。」

「・・・・。いつごろからですか?」

「そうね。もう3年ほど前かしら、レオンと最初に出会ったのは。それから半年位たって少しずつ親しくなっていったのよ。私は歌い手。彼はピアニスト。最初の出会いは仕事場だったの。彼の弾くピアノが大好きだったわ。でも、彼はなかなか心を開いてくれなかった。私には夫がいるし。だから、もちろん、許されない恋だったのよ。でも、私はどうしても彼への想いを断ち切ることが出来なかった。それで、2人ともとても苦しんだわ。私は夫と離婚しようと思っていた。でも、夫は承諾してくれなくて。」

「こんなに大きなお屋敷に住んで、何不自由なく暮らしてらっしゃるのに。私からしたら、とても羨ましいことです。」

「確かに、夫のお陰でいい生活をしてきたわ。でも、人を愛するということは、お金で満たされるものでは無いことくらい、あなたにも分かるでしょ?」

「ええ。」

「それに、夫はもうレオンとのことを知っていたわ。」

「そうなんですか。それでも離婚しないんですね。」

「ええ。それに、レオンにはもう会えないと思うわ。」

「それはどうして?一体何があったんですか?」


 アンナは、全てを話した。夫が探偵社に頼んでレオンのことを調べさせ、その結果、妹さんの病気のことを知り、夫が妹さんの手術代を出し、その代わりに、アンナと別れさせたということを。

 アーニャは、アンナの微妙に変化し続ける美しい顔を見ながら、じっとその話を聞いていた。アーニャは次第に自分の顔が紅潮してくるのが分かった。

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