第14話 レオンの行方

               


「アーニャ!アーニャ!」

学校の門を出たところで、アーニャは友達のエリカに呼び止められた。

「アーニャったら、待って頂戴。一緒に帰ろう!」

「うん。」

「アーニャはここの病院にそのまま勤務するの?それにしても国家試験、よく受かったわね。」

「あら、私だって一生懸命に勉強をしたのよ。」

「そう?全然そう見えなかったけど。なんだかいつも、ぼんやりしていたじゃないの。心配していたんだから。」

「心配?そんなにおかしな様子だった?」

「ええ、まったくその通り。おかしな様子だったわよ。」

「そうなの・・・。」

「でもよかったわね。これで正々堂々と遊べるわ!」

「でも、すぐに勤務が始まるわ。つかの間の休息というわけね。」

「私ね、旅行に行くの。イギリスに。」

「そう。いいわね。私は何の予定もないわ。」

「また春になったら会いましょう。あ、彼が迎えに来てる。アーニャ、それじゃあね!」


 エリカは手を振り、道に止まっていた車に乗り込んだ。イギリスは恋人と行くのかしら?私は休みになっても独りぼっちね。


 アーニャはバッグから本を取り出し、バス停のベンチに腰を下ろした。

本を読もうとしたが、何度も同じところを読んでいるのに気がついた。諦めて本を閉じた。このまま家に帰りたくないな。


 アーニャは、あのジャズクラブに行ってみることにした。レオンに会えるとは思わなかったが、彼の片鱗を感じたかったのかもしれない。彼が居なくなって、かれこれ半年ね。今は彼の無事を祈ることしかできなかった。


 ジャズクラブの前に着くと、窓から中の様子を伺った。ピアノの前に座っているのは、見知らぬ人だった。私は何をしているのだろう。会えるわけなどないのに・・・。アーニャはため息を一つ付くと、家の方に向かって歩き出した。


 すると、後ろで誰かの呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、アンナの姿が目に入った。




                


 ジャズクラブの前でアンナとアーニャが出会った一月ほど前、アンナは仕事で一緒になったピアニストや歌手仲間と一緒に夕食を食べていた。


「最近仕事どう?」

そう言い出したのはマリだった。

「私は暇だわ。どうしちゃったのかしら。仕事が全然入らないのよ。これじゃ、生活もままならないわ。アンナはいいわね。仕事が無くても関係ないものね。」

「ええ、まぁ。」

「僕もレギュラーで入っていた店が二軒も潰れちゃったから、新しい所を探さなくちゃいけないよ。不景気の波はいよいよ広がってきたというわけさ。」

そう答えたのは、ピアニストのアンディーだった。

「新しいシャンソニエは一軒もできないものね。」

ナラがうんざりした様子で答えた。

「そうねー。昨日のライブでは、お客が一人よ。もう、ギャラをもらうとき、肩身が狭くなったわ。」

マリはそう言って肩を竦めた。

「まぁ、仕方ないわよ。そうそう歌い手ばかりに客を集めろというのも無理があるんだから。」

ナラが慰めた。

歌い手たちは、皆で愚痴をこぼし合っている。アンナは皆の話を黙って聞いていた。


「でも、ピアニストはまだ良い方だよ。ベースやドラムなんて、仕事自体が無くなっているよ。ピアノ一本でも聴かせられるけど、ベースやドラムは無くてもいいからね。」

「悲惨な状況よね。でも、ピアニストだって腕が良くなくちゃ、どんどん首になるわよ。アンディー、大丈夫?」

「おいおい、脅かさないでくれよ。それでなくても今落ち込んでいるんだから。」

皆一斉に笑ってアンディーをからかっている。


「私はレオンのピアノが好きだなぁ。でも、レオン、色々と大変そうね。またピアノ弾いてもらえるのかしら。」

マリがそう言ったのを聞いて、アンナは思わずマリを見て尋ねた。


「え?大変そうって、レオン、どうしたの?何かあったの?」

「ええ。私も最近知ったのだけど、レオンの妹さんが以前から重い心臓の病気で手術しないと助からないんですって。それに心臓の手術って物凄くお金がかかるから、いくら売れっこのピアニストのレオンでもそのお金は用立て出来ないでしょ。だから大変だったようなの。それで、いよいよ妹さんの具合が悪くなってきたから、レオン、お金を借りようとあちこち奔走していたみたい。でも、そんな時、どこかのお金持ちが手術代を工面してくれたって。大きな家が二軒位買えるほどの金額だそうよ。今はつきっきりで妹さんの看病をしているそうよ。手術は成功したようだから、それは良かったけれど、その後の看病が大変なんですって。」


 アンナは、あまりのショックに返事もできなかった。そんなことがあったなんて。どうしてレオンは私に何も言ってくれなかったのだろう。なぜ黙って行ってしまったのだろう。私がどんなに心配するか分っているはず。それなのに、どうして?次から次に沸き起こる疑問にアンナは苦しめられた。


 アンナは擦れた声で聞いた。

「それはどこの病院なの?」

「さぁ、聞いてないわ・・。」

「そうなの・・・。」

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