no.3

「陽向さん、おやつにしませんか」


 陽向は掃除機をかけ終わり一息ついた。そこへ見計らったように晶良が声をかけてきた。


「やった。晶良ちゃん、おやつなに?」


 晶良は陽向からも弟属性に分類されてしまったようだ。

 知ってか知らずか、晶良は別に気にしていないようだ。


「この前、陽向さんが食べたいって言っていたお店のケーキですよ」


 晶良が、ピンクのマカロンがかわいく飾られてあるケーキを、皿に切り分けてテーブルに置いていく。そして、フォションのフレーバーティーを茶器に注ぎいれた。

 こういうことに関しては晶良のほうがマメだった。本人が甘党だということもあるだろうが、上に姉がいるせいか手馴れた様子だ。


 簡単な家族構成を教えてもらっていた陽向は、そんなことを考えながらテーブルの前に座って晶良が落ち着くのを待った。

 陽向は、この一週間、目の前でおいしそうにケーキを食べている人物のあらゆる面を見てきた。


 仕事はしていないが、このマンションを含め、他にも数件の資産を有していること。資産運営は専門家に任せていること。その収益で生活していること。そんな自分を見かねて、姉が不動産の清掃のアルバイトを紹介してくれたこと。

 少なくとも晶良の姉は世間的な常識を有しているようだ。


 酒は飲めないと言うし、ギャンブルには興味がないようだ。興味は尽きないが女性の影もない。かといって男の友人も皆無のようだ。

 見れば見るほど、その細い面は男とも女ともつかない美しさを形成している。滑らかな頬はふっくらとしており、髭の剃り跡も見当たらない。

 陽向の同級生の男子でさえ、汚いくらいに顔の表面に毛が密生しているというのに。


 晶良は性別の常識も簡単に覆している。

 陽仁にいたっては彼のことを無性別の生きもの呼ばわりしている。男にしては、きれいだということは認めているらしい。


 陽向がまじまじと晶良を眺めていると、不意に目が合った。

 彼はにっこりと微笑む。それがまた極上の甘い笑顔だった。

 それに、自分に笑いかけてくれている男は今まで出会ったことがないくらいの美青年なのだ。年齢不詳なので、美少年と表現しても言い過ぎではない。

 本当に黙って座っていると、彼はまさに絵画の中から現れ出た天使のように綺麗だった。


 その晶良が「おいしいですね」と彼女に無邪気な笑顔を向けてくれる。

 陽向はなぜだか後ろめたい思いがして引きつった笑顔を返した。

 どこをどうひっくり返しても、二十七のおっさんには見えなかった。世の中は不公平である。


「なんですか」

 おっとりとした口調で晶良が声をかけた。


「え、あ、なんでもない。そうだ、晶良ちゃん、今日のお夕飯はなに食べたい?」

 陽向は心中をごまかすために他愛ない質問を返した。


「そうですねぇ、ナスを使ったラタトゥイユとか、ヒラメのムニエルのビガラート・ソースがけとか……」

「あー、晶良ちゃん、ごめん。肉じゃが作ります。ほんっとごめん」


 ラタトゥイユとか知らないし、と陽向はつぶやいた。


「陽向さんの作る肉じゃがっておいしいですよねぇ。ぼく、大好きですよ」


 庶民の作る肉じゃがなど生まれてこのかた食べたことがない晶良の好物が、陽向特製の肉じゃがなのだ。

 結局おいしければ何でも食べてくれるのだが、陽向とは何かが大いにかけ離れていて、たまにお互い、相手が何を言っているのかわかりかねることもあった。


 同じ日本語でも通じないことがあるのだと、陽向は自分の認識を晶良と知り合うことで改めた。けれど、高校やスーパーの売り場のおばさんとは会話が通じているので、この場合、晶良のほうが違う世界にいるといっていい。本人はあまり気にしてないようだが。


「陽仁さん、今日は何時くらいに帰ってくるんでしょうね?」

「そうだなぁ、最近遅いもんね。アニキに合わせて夕飯作ってたら、おなか空きすぎちゃうよ」


 二人は壁にかけられた時計を眺めた。まだ五時である。夕飯を作るには早すぎる。肉じゃがの材料は冷蔵庫の中にあるため、買い物に出かける必要はなかった。


「学校の課題やっちゃおうかなぁ」

 陽向は面倒臭そうにつぶやいた。


 昨日学力テストが終わったばかりだというのに、各教科毎に課題を出され、期末試験前までに提出しなければならなかった。

 陽向は県立の進学校に通っているが、本人はあまり勉強が好きではない。特に得意な教科というものもないが、だからといって頭が悪いわけでもなく、普通の部類だと自負している。


 晶良はいつの間にかテレビをつけて、五時のニュースを見ている。

 そこで陽向はぴんときた。晶良に勉強を見てもらえないかと。いいアイデアに思え、晶良に話しかけた。


「ねぇ、晶良ちゃん、勉強さ、見てくれないかな?」


 気のせいか、晶良の反応が悪い。一拍置いて晶良は振り向いたが、明らかに顔が引きつっている。

 晶良がそんな顔をするのを見るのはこれが初めてだった。


「勉強……?」

「うん」


 よいしょと陽向は立ち上がった。


「絶対、見ないといけないですか」

「うーん、わかんないとことか教えてくれると助かるんだけど」

「ぼくが……?」


 ようやく陽向は何かおかしいと気付いた。


「嫌?」

 率直にたずねてみた。


「嫌というか、苦手なんです」


 なんとなくだが、晶良ならありえると腑に落ちる。


「じゃあ、得意な科目だけでいいよ?」


「得意な科目もないんですよね」

 残念そうに彼は言った。


「じゃあ、勉強は全部ダメ? とか……?」


 陽向が控えめに言うと、晶良が頬を染めて答えた。


「勉強は全教科全部乙だったんですよね……」


 顔は綺麗でも、頭は悪いんだ……、と陽向は率直に感じたが、口にはしなかった。

 頭が悪くても、それは晶良の印象を悪くする一因にはならない。


 たった一週間だが、晶良は二人に対しても、態度がまったく変わらない。陽向は晶良のことをまっすぐで素直な人間だと感じている。


「よし、今日は腕によりをかけて肉じゃが以外にお惣菜作ろっと」


 ねっ、と晶良に目配せすると、彼は眩しげな目をして笑顔を返してくれた。




「お、今日は豪華じゃん」

 夜の七時過ぎに帰ってきた陽仁はテーブルの上に並べられた皿の数に驚いた。


 いつもより皿数が二種類多い。

「なに、お祝い?」


 諏訪家の基準ではそんなときは特別な日だけだったので、思わず陽仁はそう判断した。


「ちがーう」


 テーブルを囲んでお茶を飲んでいた陽向が答えた。晶良は黙ってニコニコしている。


「いいじゃん、たまには品数多くったってさ。そういう日もあるんだよ」

「へぇ、そういう日ばっかりだといいな」


 陽仁はうれしそうに言った。その言葉に晶良も同意する。


「そうですねぇ。陽向さんのお料理はおいしいから、たくさん食べちゃいますよね」


 そう言う晶良は陽向の夕飯をガッツリ完食していた。それで太らないから不思議である。


 陽仁はスーツを着替えてジャージ姿でテーブルの前に座り、いただきますと一礼してから箸を取った。






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