no.2

「あの、ご家族のかたは? ご挨拶したいんですけど」

「あぁ、それなら、心配要りません。ここに住んでるのはぼくひとりだから」

「え? あの」


 陽仁はこれ以上聞くのは失礼に当たるような気がして黙った。陽向もそれに気付き、兄を見つめた。

 しかし、晶良は気にもせず、笑顔で言った。


「姉たちは別の場所に住んでますし、ここはぼくの持ち家なんです」

「はぁ」


 陽仁は次に言うべき言葉が見つからなかった。


「お疲れでしょう、お茶でも飲みませんか」


 晶良と彼女は年が近そうに見える分、すぐに打ち解け合っているようだ。


「あたし、神奈川にある県立第一高なんだけど、晶良さんはどこの高校に行ってるの? 近くだと、やっぱり大田区にあるとこ? それとも目黒区の高校?」


 晶良は困惑した顔になり、陽向に言った。


「ぼく、今年で二十七になるんです」

「え!?」

 兄妹は同時に驚愕の声を上げた。


「なんか整形とかしてるの!?」


「いえ、してないですよ」

 晶良は困ったように言う。


「なにをやったらそんなに若く見えるの」


 陽向が好奇心から聞いたが、晶良は言葉を濁して答えない。


「体質なんです……」


 単なる体質で年が十歳も若く見えるものだろうかと陽仁は訝しく思う。

 仕事柄のせいだとも言ったが、詳しいことは教えてくれなかった。




 陽仁と陽向が晶良宅に世話になって、すでに一週間が経とうとしていた。

 心配していた陽向の学力テストも無事に終わり、三月の学期末までは学園の行事もない。部活動をしていない陽向はまっすぐ帰宅すると、まずは陽仁が帰ってくるまでの間に掃除をすませる。


 家賃など要らないと言う晶良に、それでは納得できないということで、諏訪兄妹は家事全般を引き受けることを申し出た。

 それまでこの広いペントハウスの清掃などどうしていたかと問うと、定期的にハウスキーパーを雇い、彼らに清掃させていたと言う。

 さすがにこれだけ広いのでさもありなんと納得できるのだが、問題はそれだけではなかった。


 晶良のペントハウスに住み始めた最初の夜、異常にきれいなキッチンで早速夕食をこしらえようと陽向が立ち上がると、晶良がさらりと言った。


「キッチンには料理道具がないんです。いつも外食してるから」


 それを聞いた陽仁と陽向は目を丸くした。

「外食!?」


「はい。料理作らないんです」

「料理作らないって、朝も?」


 陽向が尋ねると、晶良はこくんとうなづき、

「外で食べますよ。近くに早朝から開いてるカフェがあるんです。そこのフレンチトーストがすごくおいしいんですよ」

 と、ニコニコしながら答えた。


 二人は、たった今、晶良の口から物凄くとんでもないことを聞いた気がした。

 要約すると、三百六十五日三食、計千九十五回の食事を外食しているということだ。

 陽仁は真っ白に燃え尽きた。陽向はただ唖然と晶良を見つめていた。


 畳敷きの台座の上で、つくねんと正座してお茶を飲んでいる晶良に、別の意味でスポットライトが当たっているように感じられた。

 晶良は笑顔のまま不思議そうに兄妹を見ている。

 陽仁は今までもやもやと胸の内側で形にならなかった疑念を口にした。


「じゃあ、掃除は?」

「掃除はハウスキーパーに頼んでます」

「じゃあ、洗濯は?」

「洗濯は毎日クリーニングが来てますね」

「何か家の中のことで、自分でやってることってあるのか?」


 陽仁の中で晶良はすでに目上ではなかった。即座に陽向と同じ分類に位置づけられていた。


「自分で?」


 晶良は、しばし考えていたが、得意そうに答えた。

「お茶は自分で入れてますよ」


 陽仁は二の句の告げないまま晶良を見ていた。

 陽向はそんな兄を見て少しでも助けになればと、晶良に言った。


「えと、じゃあ、今日の夕飯はあたしが作る。今から材料買ってくれば、すぐ夕飯作れるし」


 ただし、調理道具も買い揃えなければならないが。

 しかし、何の問題もなかった。晶良は陽向の申し出を非常に喜び、近くにスーパーがあると教えてくれた。そこでならたいがいのものが揃うとのことだった。

 結局三人でスーパーに行き、鍋物の道具と材料を買い揃えた。もちろん財布の役回りは晶良だ。


 こうして最初の親睦は鍋を囲んで深められたのだが、親睦以外にもいろいろなことが提案された。

 まず、家事全般は家賃代わりに諏訪兄妹がする。晶良はなるべく外食しない。洗濯乾燥機を購入したら洗濯は家でする。ごく当たり前の提案だった。

 そんな陽仁の提案を、晶良は何が楽しいのかニコニコしながら聞いていた。


「それでいいか?」


 陽仁が念を押すと、晶良はこくんとうなづいた。


「いいですよ。反対に何でもしていただいて申し訳ないくらいです」


 ただし、財布は晶良持ちなのだが、本人は気にもしていないようだ。

 ところが、掃除機や洗濯乾燥機を買いに行く日取りの話を始めると、晶良が何か言いたそうにしている。


「なに」

「あのぉ」

 晶良は言いにくそうに口ごもっている。


「なに?」

 陽仁は強めにまた聞いた。


「実はもう買ってあるんです」

「なにを」

「掃除機と洗濯乾燥機」

「なんだ、あるんじゃん!」

 陽向が大きな声で言った。


「なんで使わないの?」

 陽向は素朴な疑問を口にした。


「なんででしょう?」

 自分のことなのに、晶良は首を傾げた。


「使えよ!」

 陽仁は思わず、ツッコミをいれていた。


 


 晶良は自分の居室の隣の部屋に二人を案内した。


「ここなんですけど、どこかにあるはずなんです」


 なんともおかしな日本語であった。

 陽仁と陽向は顔を見合わせたが、まずは部屋の中に入って実際に眼にしないとわからないと判断した。


「まあ、すぐわかるだろ」


 洗濯乾燥機みたいな大きいものならすぐに視界に入るはず、だった――。

 梱包されたままの数多くのダンボールの山が、部屋に入った二人の視界に飛び込んできた。十畳の部屋に所狭しと詰め込まれている。

 すぐにわかると考えていた大きな家電は、想像を超える数のダンボールに埋もれていた。ひと目見ただけではどこにあるのか皆目見当がつかない。


 晶良は照れ笑いを浮かべながら言った。

「ちょっと買いすぎちゃって」


 陽仁は晶良を見て目を剥いた。

「ちょっとどころじゃないだろ」


「なにこれ」


 陽向は早速中に入って、梱包された荷物のラベルを点検している。


「調理器具あるじゃん!」

 陽向が叫んで、ホットプレートの梱包を持ち上げた。


 その夜、さまざまなものが発掘されたわけだが、無駄に重複している品物も数多くあった。

 陽仁が晶良になんでこんなにものがあるんだと尋ねると、彼は困った顔をして答えた。


「テレビですごく便利ですよって、紹介されてたんです。そんなに便利なら持っておいたほうがいいかなって、思ったんです。でも、ぼくひとりじゃ設置できないし、第一家事やったことないからわからないし、じゃあ、今度でいいかってこの部屋に片付けてたら、いつのまにかこんなふうになっちゃってたんです。不思議ですよね?」


「いや、不思議じゃないだろ」

 陽仁は迷わず突っ込んだ。


 要するに、テレビショッピングを見るたびに何か買っては、この部屋に放り込んでいたと言うのだ。晶良はなかなかの浪費家のようだ。家電やトレーニングマシーンや健康食品に限ってだが。

 陽向はざくざく発掘される高級ダイエット食品に狂喜乱舞していた。


 その日を限りに晶良はテレビショッピング禁止になった。


 晶良の自室のテレビも没収され、テレビは監視のできるリビングに移された。

 そのテレビも無駄にでかかった。液晶薄型テレビ六十五インチを男二人でリビングに運び入れ、機械音痴の晶良の代わりに陽仁がデジタル端子を接続した。

 視聴できるようになると、晶良はテレビの前に陣取った。

 それも陽仁によって禁止され、最低二メートル離れるように決められた。


 晶良は笑顔でうなずいているが、少し悲しそうだった。

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