エピローグ

エピローグ

 美穂は病院に運ばれてからなかなか回復できず、二週間たった今も入院したままだった。お友達クラブの合宿でエクセレントクラスに入れてもらったあとの記憶がすっぽり抜け落ちている。

 起きていても、寝ていても、体のなかをむしが蠢くようなざわつきがやまない。気持ち悪くて仕方なく、起き上がって病院内をうろつき回るのが習慣になっていた。


 自分が随分嫌われたことは、見舞いに来てくれる友達が皆無だったから、痛いほど理解させられた。その原因はお友達クラブのせいだと恨んだ。

 自分をお友達クラブに誘った上、恐ろしいものを見せつけたたかっちを恨んだ。死んで当然だと思った。たかっちの親はまだ自分たちの娘が生きていると思いこんで、捜索しているらしい。とっくの昔に死んでいるのにと美穂はいい気味だと嘲笑った。


 警察は冷たくて美穂の言うことの半分も信じてくれない。親もそうだ。自分が幻覚を見ているか嘘をついていると思っているらしくて、この間、病室に精神科医がやってきた。


 恨みと憤りで胸が破裂してしまいそうだった。

 お友達クラブに誘ったのに来なかった友達が憎い。兄に反対されたからと言って来なかった陽向が憎い。そして、まるで外国のモデルみたいな少年を見せびらかす陽向を殺してやりたい。


 自分がこんな目に合っているのは半分以上、陽向とその友達のせいだ。だから殺してやりたい死んだっていいと考えている。

 今日も頭のなかでざわざわと蟲が騒いでいる。体のなかはすべて蟲に食われてしまったようで最近はざわつきがなくなった。


 でも頭のなかはどうすることもできない。夜も眠れない。そしてそのざわつきが言葉になって自分に囁きかけるのだ。


 ――殺せばいいさ。


 殺してもいいのだろうか。でも今の自分に自由はない。病室がある階をぐるぐると巡ることしかできない。今もナースの目を盗んで夜中に歩き回っている。


 声は今日も囁く。

 大丈夫。

 必ず殺してやる。

 任せてほしい。

 きっと、きっとよ……。と、美穂は祈るように声に答えた。


 そして、一層暗い影のなかに踏み込む。

 突然、「あっ」と膝が折れた。片膝が折れると片方の膝も崩れた。そのまま床に転ぶと思ったら、そんなことにはならなかった。体ごと暗闇に飲み込まれて、意識も何もかも黒い泥のなかに沈んでいった。もう二度と這い上がることのできない淵の底へ。


 美穂が消えた焦げ跡が、しばらくして、ぐちゃぐちゃとかき混ぜられた。どす黒く溶解した何かが、柱のように床から突き出す。泥粘土を固めてひっつけていくように徐々に形ができる。

 それは精巧に作られた塑像そぞうのように床から現れた。黒髪やまつげの一本一本まで緻密に作られて生み出された泥人形だ。


 真っ黒な人形は次第に色をなくしていき、いつしか生きている人間のように変わっていった。黒いのは長い髪とその黒目がちの瞳だけだ。ふっくらとした乳房に桃色の乳首は凝り固まり、歓喜に震えている。なめらかな肌にしなやかな四肢。細い、まだ幼い腰つき。形容しようのない美しさが見るものに得体の知れない恐怖を植え付ける。


 美穂と同い年に見えるその少女は、美穂とはまるで似つかない別人だった。この世に生まれでたことを心から喜んでいるように微笑んだ。その笑みに段々と悪意が滲んでくる。それなのに少女はどこまでも美しい。込み上げてくる嘲笑を止められないと言った感じで笑いを噛み殺す。


 ふいに少女は顔を上げ、窓際へ駆け寄った。

 空には月が浮かんでいて、眼下には電気の切れかけた街灯が立っている。チカチカしている街灯を指差すと、途端にちらつきはやんだ。

 少女は窓を開けた。生温なまぬるい風が吹き込んでくる。その風が少女の艶やかな黒髪を巻き上げる。少女は窓枠に足をかけ、そのまま飛び降りた。


 飛び降りた道の影が裸の少女を包み込むように歪む。水たまりのように飛び跳ねた影が少女の体にまとわりついて黒いワンピースに、くるぶしと足を包み靴になった。

 少女は不敵に笑い、あどけない声で言う。


「四つ目の封印は解けたぞ、晶良」


 闇と影が少女のあとを黒犬のように、からすのように追っていく。夜の街へ、少女は紛れて消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!