第5話

 晶良が体を起こせるようになるまで、瑪瑙は晶良にあの不気味な液体を届けた。かく言う晶良はすっかり観念して、おとなしく恐るべき薬湯を飲み干した。ひどい咳込みとえづきを繰り返していると、いつも無名が竹筒に入れた白湯さゆを飲ませてくれる。それがなかったら二日は異常な味に苦しむことになる。


「あの時、晶良ちゃんから自分の人形を作ってほしいって言われて、ほんとに驚いちゃったわ」


「あのときは仕方なかったんです。瑪瑙姉さんの人形は防御力が凄まじいから」


「うふふ。妖かしのお陰。あの子たちは極端に自分を守る力があるのよ」


「それと提灯もありがとうございます」


 陽仁がそれを聞いて、晶良の部屋にある提灯を見やる。


「あれが持てるのは、瑪瑙さんと無名だけじゃなかったのか?」


「あら、誰がそんな頭の悪いことを言ったの?」


 晶良が苦笑する。


「僕です」


「まぁ、晶良ちゃん。提灯が欲しいって言ってくれたらいつでもあげたのよ? 遠慮しなくてよかったのに。でもこれでいつでもわたしの家に遊びに来れるわね」


 瑪瑙がウキウキした声で言った。


「姉さんが僕を閉じ込めたりしなかったら、少しは遊びに行ってもいいです……」


 今回大きな借りができてしまった晶良は深いため息をついて、自分をおもちゃにして遊びたがる姉に答えた。





 それから一週間、すっかり体調が戻った晶良に、柘榴から電話がかかった。

 緊張して電話に出た晶良に向かって、柘榴が言った。


『喪服を着てすぐに一宮の菩提寺に来い』


「は、はいっ」


 電話を切った晶良が一言。


「僕、喪服持ってません……」


 それを聞いた陽仁も顔を歪める。


「俺もだ……」


 急いで喪服を揃えた二人は、長野にある一宮家の菩提寺にJRで向かった。

 道中、陽仁がスマホのチャットで翡翠に尋ねると、


『やっと光輝さんを清浄化したから納骨できるようになったのよ』


 そこで、陽仁は疑問に思う。光輝は佐伯のはずだ。なぜ一宮家の菩提寺に納骨されるのだろう。


『それは光輝さんが、昔、一宮の女性と結婚してたから。あと柘榴姉さんの希望なの』


「柘榴さんの?」


 ますますよくわからない。


『一宮の人って佐伯の人と結婚できるんですか?』


『できるわよ。現にわたしたちの父親は佐伯の人間だったもの』


(知らなかった……)


『佐伯はもともと一宮の分家なの。時々先祖返りして強い力を持った人間が生まれるのよ。そういう男女は一宮家の男女と目合わせて結婚することになってるわけ』


『そうなんですね』


 だから光輝は一宮の墓に納まることになったのだ。けれど柘榴の希望とは一体どういうことなのだろう。


「なぁ、晶良。柘榴さんは、なんだか光輝さんを救助するとき、すごい焦ってたように思うんだけど……」


 晶良が駅で買ったまんじゅうの箱を開けて電車のなかでむしゃむしゃ食べながら、ちらりと陽仁に視線を向けたけれど、すぐに車窓から外を眺める。


「そうでしたっけ?」


「そうだったような気が……」


 陽仁の脳裏に、光輝の最期を聞いた柘榴の姿が浮かぶ。いつになくポーカーフェイスが少しだけ崩れたように見えたからだ。



 菩提寺に着いてから、陽仁は他の生き残った人たちはどうしているか、翡翠に尋ねた。

 翡翠は顔立ちが晶良によく似た美人だ。背が高く、長い黒髪を一つにまとめてきっちりと結い上げている。

 柘榴はいつも以上に険しい表情でとてもじゃないが話しかけづらかったのだ。


「みんな病院に収容されてるわ。泥蛆でいそに蝕まれた体内をもとに戻すのに、瑪瑙姉さんに頼らないといけなかったけど」


「卵から孵った人たちの体の中に泥蛆でいそがいたんですか!?」


「そうだ。泥蛆でいそが臓器や肉の代わりをしていた。それを修復することができるのは、遺憾ながら瑪瑙だけだった」


 苦々しい表情で隣にいた柘榴が答えた。遺憾って言うことはあまり納得行くようなやり方ではなかったってことなのだろうと、陽仁は推測した。


泥蛆でいそに体を乗っ取られてたってことですか? でもそうしたら死んじまうんじゃ」


 陽仁は驚いた。晶良がいつも説明してくれることと違う。泥蛆でいそは人の悪心や欲望を食べる時に人の生気も食べてしまう。だから取り憑かれた人間は死んでしまうのだ。


「臓器の代わりをしていたから、我々も晶良も人と区別がつかなかったのだ」


泥蛆でいそが臓器の代わりになるんですか!?」


 すると、柘榴が神妙な顔つきで答える。


「死体蘇生者……泥蛆でいそを自在に操れるものには可能だろう」


 晶良が何かを理解したように呟く。


屍人しびと使いですね……」


「生きたまま屍人にするつもりだったのかもしれん。そうなると晶良や光輝にもわからない」


 陽仁にはさっぱり意味がわからなかった。

 納骨はつつがなく終わり、帰りは翡翠たちとともにヘリに乗って帰途についた。

 ヘリのなかでも柘榴は外を眺めたまま、一言も口を利くことがなかった。かと思ったらおもむろに左手の指にはめていた指輪を抜き取り、ヘリの外へ投げ捨てた。


「わ、どうしたんですか」


 陽仁が驚いて言うと、柘榴が一言口にした。


「もう必要なくなった……」


 そしてまた黙り込んでしまった。

 




 それからしばらくの間、翡翠から陽仁のSNSチャットに、柘榴の酒癖をなんとかしてほしいという愚痴が届くようになった。

 陽仁が呆れたようにそれを晶良に見せると、彼はポツリと呟いた。


「ほっといたらもとに戻りますよ。柘榴姉さんは強い人だから」


 陽仁はその言葉の意味がつかめず、キョトンする。


「なんでだ? なんで、柘榴さんを放っておいていいんだ?」


 晶良は薄く笑った。どことなく悲しげに。


「陽仁さんが知らなくていいこともあるんです」


「なんだよ、それは」


 晶良の表情を見てそれ以上は突っ込まないことにした。





 猛流たけると言う男、屍人使い、おそらくそれらが晶良を苦しめている。それが少しでも理解できたらと思う陽仁だった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!