第4話

 血まみれの人間の山のなかから、か細い声が聞こえてきた。


「晶良さま……」


 その声は光輝だった。


「光輝さん!」


 晶良が人の山から光輝を掘り当てた。光輝も卵から孵ったばかりのようだった。


「ははは……能力持ってかれちまいましたよ……」


 しわがれた声で光輝が笑った。


「光輝さん、しっかり」


 光輝の顔には白い膜が張っている。無理に卵からったせいだ。体が形成される前に生まれてしまったのだ。


「駄目だわ……泥蛆にやられちまった」


 白い膜の下を灰色のものが蠢いているのが見える。


「そんなの駄目ですよ! 泥蛆なら僕が滅しますから」


「それに耐えられっかな……無理でしょ……」


 光輝がニヒルに笑う。


「晶良さま……一息にやっちまってくださいよ」


 どろどろに溶けた手が力なく床に落ちる。


「こんなんじゃ、もう、あいつを抱けねぇな……」


 晶良が光輝を横たえた。

 晶良が陽仁とに、まだかろうじて人間のままでいる犠牲者を部屋から出すように言った。


「扉を締めてくださいね」


 陽仁たちは晶良の言うとおりに、数人の男女を外に出して扉を閉じた。

 閉じた瞬間、扉の隙間から白い閃光が漏れた。それはしばらく続いた後、太陽が雲に隠れるように輝きを失って静まった。

 無名がそれを確かめてから部屋の扉を開けると、部屋の真ん中に晶良が倒れていた。

 陽仁が慌てて晶良に駆け寄る。


「晶良!」


 あの時と同じだ。岡山の孤島で化物を滅するときに晶良が放った光。それが晶良の命を削る。かろうじて息がある晶良に向かって、無名が言った。


「晶良さまはここにいる人間の魂を輪廻環りんねかんに戻したのでしょう。そうしなければ、泥蛆に憑かれた魂はとともに黄泉へととされて、輪廻に戻れなくなりますから」


「晶良はそのたびに自分の命を削るのかよ?」


 納得ができない。なぜそこまでするのだ。陽仁はほぞを噛む。


「それが晶良さまの使命でございますゆえ」


「使命だって!?」


 陽仁が憤ってに八つ当たりした。


「一宮家のものはすべて使命を負って力を顕現いたします。それに逆らえば、神意を与えたものの手で命を取られることになっております」


「納得いかねぇよ!」


 陽仁が叫ぶと、苛々した女の声が響いた。


「何をしておる。主さまを早う、介抱せぬか。が苛立っている」


 青嵐が空中から現れて、扇子を広げ凄惨な光景に眉をめる。


「おお、穢らわしい」


 そう言うと、ふわふわと宙を舞っている玉虫色の領巾ひれをさっと振った。それを何度も繰り返す。繰り返すごとに部屋から饐えた臭いが消えていく。代わりに白檀の香りが充満した。血にまみれた晶良の体も拭われたように綺麗になる。

 目を閉じた晶良の口から重厚な男の声が漏れ出る。


「主に滋養のあるものを」


(うわ)


 この声は岡山で晶良が同じように倒れたときに何度も聞いた声だった。晶良が気を失っているときはこうして朱鸛しゅこうが表面に現れて、晶良の代わりに飯を食う。彼の言う滋養のあるものとは肉のことだ。


「早うせぬか、うつけ者」


 青嵐からも急かされて、陽仁は晶良を背中に担いだ。いくら華奢でも晶良は男だ。重たい……。陽仁はよたよたしながら晶良を担いだままマンションを出た。

 あれほど凄烈な戦いを経たと言うのに、外はまだ明るかった。陽仁からしてみたら半日は経ったように感じたからだ。


 真っ昼間の町中、晶良を担いで無名と歩く。足取り軽くとはいかないまでも何かが一段落ついたように思えた。

 肉と言われても何も思いつかない。陽仁は空を仰いだ。青い空が少しだけ薄い雲で白みかかって見える。


「ファミレスにでも行くかぁ……」


 そう言って、陽仁は晶良を担ぎなおして、よたよたとファミレスを求めて歩き出した。





 ファミレスでなんとか意識を取り戻した晶良を連れて、無名とペントハウスに戻ると、両脇を長く伸ばしたボブカットにグラマラスな体を黒いスーツに包んだ柘榴が、リビングのソファに座って晶良の帰りを待っていた。

 相変わらず鉄壁のポーカーフェイスだ。美人なのにと陽仁はいつも思ってしまう。

 ぐったりとした晶良では話にならないと判断した柘榴が、陽仁を詰問する。


「場所、被害、現状を報告しろ」


 事の次第をすべて説明する。陽仁から目をそらして柘榴がポツリと呟いた。


「光輝はどうした」


 光輝の最期を言うべきか迷って、陽仁は言葉少なめに答える。


「立派な最期でしたよ」


「そうか……ならいい」


 それだけ言うと、柘榴は目をつぶった。しかし、すぐに立ち上がり、鋭く言い放つ。


「肉を届けさせる。焼いて晶良に食わせろ。生がいいなら馬刺しでもなんでも送るから遠慮なく言え」


「は、はい」


 なんだかんだ言って、晶良は姉たち全員から愛されている。だから、過去に何があったか知らないが、自分を責めないでほしいと陽仁は願った。

 結局晶良を畳に寝かせて、陽仁と陽向とは座卓を囲んだ。


「なぁ、無名。あの晶良は何者だったんだ……?」


 記憶にあるに殺された晶良を思い出す。

 無名がこともなげに答える。


「あれは主が作った人形でございます。魂を錬成して晶良さまに似せて作った木偶でくでございます」


「なんだって……?」


「主は防御する力のほうがけておりますゆえ、そのためにまずは防御を固めて攻撃をする手はずでございました。しかし、陽仁殿がそれを知っていると敵にバレてしまいますので、主から黙っているようにと命じられておりました」


「くぅう」

(俺だけなんも知らんかったのか!)


「ねぇ、アニキ、この前から思ってたんだけど、この人誰?」


 さっきから黙っていた陽向が陽仁に尋ねる。


「無名と申します」


「こんにちは、無名さん」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 陽向とが頭を下げあっているところへ、いきなり空間に穴が開き、大きなかごを持った瑪瑙が飛び込んできた。


「晶良ちゃん、大丈夫なの?」


 一応瑪瑙も心配だったらしく急いでやってきたようだ。すぐさま晶良のもとに駆け寄った。


「どうも、瑪瑙さん……」


 瑪瑙がはじめて陽仁の存在に気付いたような顔をしてみせる。それから思い出したように微笑んだ。


「届いたわよ。わたしの家の周りを山童がウロウロしてて苛々したけど」


 と言って見せたのが瓶詰めの泥蛆だった。


「うわっ!」


「うふふ。これを今からどうするかとっても楽しみ。それと、これ、指の麻痺を治す薬湯ね。それからこっちは晶良ちゃんに飲ませてあげてね」


 二つの小瓶が座卓に置かれる。一つは真っ黒で、陽仁と書かれている。もう一つは真紫色であぶくがブクブクと浮いてきている。

 陽仁は顔を歪ませて無理に笑ってみせる。


「あ、ありがとうございます」


 どおりで人差し指が思い通りにならないと思った。と陽仁は自分の指を見た。


「無名、行くわよ。じゃあね、晶良ちゃん。また薬湯を持ってきてあげる」


 半分眠っている晶良には瑪瑙の声は聞こえてないだろう。聞こえていないほうがむしろ幸せかもしれない。きっと回復するまで瑪瑙は晶良に薬湯を届けるに決まっている。

 陽向がバタバタと人が入れ替わり立ち替わりして出ていったのを、唖然として見守っていた。


「アニキ、なんで晶良ちゃん寝込んでるの? それにあの人たち誰?」


 どう言ったらいいかわからないと思いながら簡潔に説明してみる。


「晶良は力を使いすぎたから。男のほうは式神で女の人は晶良のお姉さん」


「えー、晶良ちゃんのお姉さん、三人だけじゃなかったんだね。で、これ何?」


 陽向が座卓の上の不気味な液体を指差す。


「こ、これは……お前は飲まなくていい汁」


「あ、そうなんだ……よかった……」


 心から安堵したように陽向が呟いた。

 陽仁は憂鬱な気分で不気味な液体を見るのだった。

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