第2話 15R (改)

 むわっとした熱気が部屋から漏れて出た。


 体臭と体液、得体の知れない液体の臭いが部屋中に満ちていた。部屋は暗く目を凝らしてやっと見える。しかし次第に目が慣れてきて、陽仁は思わず「あっ」と声を上げた。


 年齢性別の関係なく人間が裸でもつれ合っている。彼らの周囲にはたくさんの大きな瓢箪が並べてある。もつれ合う男女を眺めるようにして、見覚えのある男が女たちと寝そべっていた。

 釈卓也が部屋に入ってきた弥勒院に向かって手を振って挨拶をした。


「やぁ、ようやく連れてきたの」


「どうしても来たいと言ったからね」


 弥勒院は何事もないかのように答えた。

 裸の女のなかにはどう見ても十代の少女が混じっている。少年が少女を組み伏せ、無心に腰を振っているのが見える。反対に中年の男の上であられもなくよがっている少女もいる。妙齢の女が自分の息子くらいの少年の股間に顔を埋めている。


 それを眺めている釈の股間にはいきり立つものが上を向いて反り返り、その上に肉付きのいい尻をした女が、自らそれを受け入れようとしていた。

 すべて飲み込むと狂おしく釈の膝の上で上体を揺らす。


「手が放せないんだよ」


 釈が爽やかに笑った。


「そのようだね」


 にこやかに弥勒院が答える。

 性の狂宴を繰り広げているなかには見覚えのある顔も含まれていた。お友達クラブのリーダー格の人間もいれば、エクセレントルームへ招かれて入っていった少年少女もいる。


「なんてこった……」


 言葉に出来ず、陽仁はこの惨状を見つめるしかなかった。


「乱交パーティがエクセレントクラスの本性なのか……?」


 陽仁は呻く。憤りに目の前が真っ赤になってくる。いたいけな子供が、彼らに蹂躙されて狂乱する姿に驚愕してもいた。

 それを聞いて弥勒院が鼻で笑う。


「はっ、乱交パーティに見えるのかな?」


「それ以外に何に見えるんだ」


「ならば、君は性的に興奮したということだ」


 弥勒院が嘲笑うように口元を歪める。


「君も同じかな?」


 晶良が無感情な声で答えた。


「欲を交歓しあって増幅して何をするつもりなんですか」


 すると、弥勒院が目を見開いて嬉しそうに囁いた。


「ここに満ちているものが見えているんだね。物事の本質だよ。そして命の源だ」


「こうやって増幅させ集めた欲を何に使うんですか」


 晶良が淫欲に満ちた部屋を眺める。

 弥勒院が含み笑う。


「これは神意だ。さぁ、あなたたちもこっちに来るといい。心も体も空っぽにして、命の源で一杯にするんだ。そうすればわたしが生まれ変わらせてあげるよ」


 弥勒院が晶良を引き込んだ。陽仁が慌てて弥勒院を押しやった。

 どんと弥勒院はよろけて扉にぶつかる。


「馬鹿な人たちだ。素晴らしいものに生まれ変わるために、彼らは自分たちの欲を極限まで大きくして体のなかで育てているんだ。邪魔しても意味がない」


 晶良が弥勒院を睨みつける。


「こんなもので満たして何に生まれ変わるんですか。人ではないものにですか?」


 クックックッと弥勒院が笑いを噛み殺す。


「人を超えたものだよ。そんなこともわからないんだな」


「そう、人を超えたものだよ」


 弥勒院と同じことを釈も口にした。その顔が見る間に腫れ上がっていく。

 陽仁は目を見張った。

 風船のように釈の頭が丸く大きくなったかと思った途端、頭上からバックリと割れる。クリオネが餌を捕食するように、腐った花が醜い花弁を広げて咲くように、割れた頭が自分の膝の上で腰を振っている女の頭を飲み込んだ。



 むわっと不快な臭いが辺りに漂う。血のえた臭いに似ている。飲み込まれていく女の体を黒い液体が流れて伝う。腰のくぼみにたまり、尻の割れ目へと吸い込まれていくように落ちていく。

 蛇が餌を丸呑みするように釈だったものが女を飲み込んだ。それなのに、釈の足元に寝そべる女たちは逃げようともせず、うっとりとした顔でその化物を見上げている。


 人間の形に歪んだ釈の上半身がぐねぐねとゆらぎ、ぶちゅりと水音を破裂させて、大きな塊を吐き出した。その塊が床にゴロンと転がって落ちる。

 それは巨大な瓢箪型の何かだった。薄い膜のなかで何かが蠢いているのが見える。膜は赤黒いもので染まっていた。


「卵……」


 晶良が呟いた。


「卵!?」


 陽仁は相良が言った、素晴らしいものが生まれる卵という言葉を思い出す。そして忠明が見せてくれたものが脳裏をよぎる。大きさこそ違うけれど形はそのまま同じものだった。


 膝を抱えた人間と同じくらいの大きさの卵が、部屋中に転がっているのだ。それは粘着ねばつく魚臭い液体にまみれ表面が凸凹でこぼこと動いていた。薄い乳白色の膜のそれは、蛇の卵に似ている。

 呆然と惨憺さんたんたる光景を眺めているうちに、部屋中に転がる卵の表面が破れて、なかから全裸の人間が転がり出た。


「彼らは素晴らしい完璧なものになるための段階を迎えた……」


 囁くように弥勒院が晶良の耳元で言った。


「これは素晴らしいものじゃないです」


「あぁ……」


 耐えられないとでも言いたそうに弥勒院がため息を付く。


「相変わらず晶良は馬鹿だなぁ……。なぜこれがわからないんだ?」


 それは慈愛に満ちた、小さな子供にでも言い聞かすような口調だった。

 その瞬間、真正面を見つめていた晶良が、さっと弥勒院に目を向けた。その顔が驚愕に歪んでいる。わなわなと震える声を漏らした。


猛流たける兄さん……?」


「残念だよ」


 晶良が弥勒院の襟元を掴むより早く、嘲笑を浮かべた顔が内側にベコッとへこんだ。皮という皮に皺が寄り、服と一緒に床へと崩れ落ち、床に着いてしまう前に黒いあぶくになって消えていく。残されたのは見覚えのある焦げ跡だった。

 陽仁は晶良が驚愕の表情のまま固まっているのに気付き、肩を揺らした。


「晶良、しっかりしろ!」


 二人は釈のほうを振り向いた。彼は立ち上がり、だらしなく広がったままの頭をこちらに向けて笑っていた。舌も歯も口もないはずなのに、言葉がはっきりと部屋中に響く。


「さぁ、皆さん! 素晴らしい体に生まれ変わりましょう!」


 それだけでなく、卵から生まれでた人間が、血潮に似た液体にまみれて這ってくる。襲ってくるというよりも逃げ出そうとしているかのようだった。

 這う人間と交わる人間が混ざり合う。重なるように裸の人間が山を作っていく。そのなかには赤い液体に染まりベタベタに羊膜のようなものを肌にまとった美穂も混じっている。


 レバーに似た血の塊が彼らの体にまとわりついて、押し潰されてすり潰され、さらに塗り込められていく。

 陽仁はただそれを見つめるしかなかった。どうすればいいのかわからなかったのだ。彼らは人にしか見えない。泥蛆でいそもいなければ、屍人しびと屍鬼しきもいない。どうやって攻撃しろというのか。

 それなのに晶良が言う。


「彼らを助けようと思ったらいけませんよ。空になった分だけ吸い取ろうとしてきます。命が欠けたものもいます。死にたくなかったら下がっていることです」


 そう言いつつ、前に進もうとする。


「ま、待て、晶良!」


 陽仁も部屋のなかへと踏み込もうとした。しかし、悪臭が顔面にぶつかってきて、思わず咳き込み顔を歪める。

 晶良の向かう先には手当たり次第に人間を飲み込んでは卵を吐き出し続ける、釈がいる。晶良が狙っているのはその化物なのだ。


 晶良が人の山を踏みつけて乗り越えようとするとその足を、人間だったものが掴み引きずり降ろそうとした。よろけながら頭が大きく裂けた化物へ晶良が向かっていくのを見て、陽仁は走り出そうとした。

 しかし、それを後ろから羽交い締めにされてしまう。耳元で静かに無名が言った。


「あなたは死んでしまいます。彼を助けてはいけません」


「でも、晶良は人間だ! お前と一緒にするな!」

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