第3話

 陽仁と晶良は目配せして確信する。


「これでお友達クラブと鳥羽が繋がったな」


「エクセレントクラスの部屋が実はその卵を浄化する場所なんでしょうか……」


「相良や釈が体に溜め込んだものを吐き出す場所がエクセレントクラスの部屋だとしたら?」


「この住所全てにエクセレントクラスの特別室があるとしたらどうですか?」


「そのどれか一つでも潜入できれば他の特別室のことも推測できるってことか?」


「そのつもりです」


「ものすごい賭けだぜ? どれが当たるかロシアンルーレットみたいなもんじゃないか」


 晶良が微笑んだ。


「そうでもないですよ。弥勒院さんは異様に僕のことを気に入ったみたいでしたし、彼に電話して指定した場所に行けばいいんです。彼はきっと僕を取り込もうと思うでしょうから」


 陽仁は呆れ返った。


「それじゃあ、飛んで火に入る夏の虫だろ」


「いやだなって思ってるんですけど、考えはあるんです」


 陽向が退屈そうに陽仁と晶良を眺めている。


「瑪瑙姉さんに頼むんです」


「あの瑪瑙さんか」


 陽仁の背筋に冷たいものが走る。


「瑪瑙さんなんかに頼ったらろくでもないことにならないか?」


「この際仕方ないです。とりあえず殺されたりはしないでしょうから」


「代価とか言われないか?」


 陽仁はおずおずと聞いてみる。

 晶良が苦笑いを浮かべて仕方がないという顔をした。


「なんにでも代償はつきものですよ……」


 その日の夜半に陽仁のスマホがピロンッと鳴った。柘榴からのチャットだった。

 寝ぼけ眼で陽仁はスマホを手にとってチャットの内容を読んで、ガバリと体を起こす。

 そこには簡潔に、『弥勒院海は三年前に死んでいる』とだけあった。


「じゃあ、あの男は一体何者なんだ……?」


 陽仁の背筋がゾッと粟立った。





 翌朝、まだ朝日が出る前に、晶良は庭に開いた妖し世への穴に向かって式を飛ばした。蝶の姿に变化へんげした式はひらひらと穴へと消えていった。


「あんなとろっちいもんじゃなくてもっと早いものにすればよかったのに」


 陽仁がとりあえず弁当を穴の前に供えた。


「瑪瑙姉さんは虫が好きだから、すぐ捕まえますよ。まぁ、その前に僕からの使いだってわかるでしょうけど」


「どのくらい待つんだ? もうすぐ夜が明けるんじゃないか?」


 夜明け前の涼しい空気が徐々に熱気を含み始める。空も紺色から紫色に変わり始める。湿気と熱気が混在となって風に運ばれてきたとき、穴が少しずつ大きくなり、ぼんやりとした提灯の明かりが見え始めた。

 提灯を提げているのは無名だ。相変わらず乱れのない執事姿をしていて、妖し世のなかにいるときの彼の手は節くれだっていた。


「主に用があるとか?」


「そうです。今すぐ瑪瑙姉さんに会って話をしたいんです」


「主も会いたがっております。すぐに参りましょう」


 陽仁と晶良は無名の後ろについて、妖し世のなかへ足を踏み入れた。





 妖し世を抜けて明るい光のなかへ出たとき、陽仁は山の斜面だろうと覚悟したのに、足は草地を踏んでいた。目の前にはあの迷家まよいががある。玄関の前にエプロンを身に着け相変わらず楚々とした瑪瑙が佇んでいた。


「晶良ちゃんから立て続けにお願い事って珍しいわね」


 無邪気な微笑みを浮かべているけれど、瑪瑙が本当は何を考えているかわからないのを陽仁はいやというほどわかっている。だから最初に会ったときのような気持ちには到底ならない。

 妖し世を通っていくうちに疲れ切った晶良が、それでも先に要件を伝えようと、息を荒げながら告げた。


「錬成してほしいんです」


 瑪瑙が目を丸くする。

 陽仁は錬成の意味がわからなくて戸惑った。晶良が陽仁を振り返って言った。


「陽仁さんは無名とここで待っていてください」


「無名待っててね」


「はい、仰せのとおりに、主」


 無名が自分の主人にうやうやしく頭を下げた。

 それを陽仁は黙って見ていたが、ずっと気になっていたことを聞いた。


「無名は人形なんだろ? それがどうやったらそんなに人間みたいになれるんだ?」


 無名が硬質な笑みを浮かべる。


「主が命を錬成してくださったのです。わたしには命があります。それがわたしの体を動かしているのです。この狭間にある様々な生き物は主が錬成して作り上げた作品です」


 そういえば、瑪瑙は無からものを作り出す力を持っている。それが命だというのだろうか。でも、そんな命は狭間や妖し世でしか通用しないのではないだろうか。思ったままを無名に言ってみる。

 すると無名がおかしげに笑った。


「今は主の言われるとおりに、わたしはこの狭間で奉仕させていただいております。別段、ここでなければ存在できない身ではございません。ただ主が望まれないだけなのでございます」


「瑪瑙さんが望まない?」 


 確か瑪瑙さんは自分で作り上げたこの妖し世との間に引きこもっていると聞いた。


「引きこもっているから?」


「現し世にあまり自分の意味を見出しておられないだけです」


 でもそんな瑪瑙は晶良や柘榴の服を作っている。護符のための紙もいている。現し世に十分貢献しているし、人形師をしているとも聞いた。

 ただ、魔女と呼ばれて怖がられていることを除いて、瑪瑙が現し世を嫌う理由がわからない。やっぱり人間が嫌いだから顔を合わせたくないのだろうか。


「それならこんな狭間じゃなくて完全に妖し世に引きこもったほうが良くないか?」


「そうでございますね。しかしながら、それを決められるのは主ですので、わたしから口を出す必要はございません」


 青嵐で式神に馴染んでいる陽仁からしたら、無名の従順さはある意味奴隷と同じだ。

 多分、十分ほど話していたと思う。陽仁がもう少し無名に話しかけようとしたとき、玄関から出てきた晶良に声をかけられた。


「陽仁さんお待たせしました。行きましょう」


 迷家に入ったときとあまり変わらない様子の晶良を、陽仁は怪訝に思う。


「もう大丈夫なのか?」


「ええ、すっかりいいです。じゃあ、瑪瑙姉さん、ありがとうございました」


「無名、今回は晶良ちゃんについててあげて。晶良ちゃん、提灯はプレゼントするから大切にしてね」


 陽仁は晶良の手元を見たけれど、提灯などどこにもない。一体何のことを言っているのだろうと訝しく思っていると、晶良が笑顔で頷いた。


「はい、主」


 無名が深く頭を下げて、先に立って妖し世へと陽仁と晶良を導いた。


「晶良についてて、って、どういう意味だ?」


 晶良が背後から答える。


「弥勒院さんのところへ無名にもついてきてもらうんです」


「え? でも、無名は現し世に出られるのか?」


「出られます」


 無名が振り返らずに言った。


「でも、人形の……」


 節くれだった指を彼は隠しきれるのだろうか。陽仁の不安を払拭するように無名が続ける。


「陽仁殿、わたしがなぜ瑪瑙さまの式神としてこうしていられるのかわかりますか?」


「いや、ぜんぜん」


 陽仁が素直に答えた。


「わたしには実体がございます。それが瑪瑙さまの能力を特殊なものにしているのでございます。わたしは一部が妖し世でできておりますゆえ、妖し世に入ると人形である部分が見えてしまいますが、現し世に入れば、狭間と同じ姿になれるのです」


 ということは人間そっくりになれるということか。


「陽仁さん、それは本当にすごい力なんですよ?」


 背後で晶良が付け加える。


「どういう意味だ?」


「考えてみてください。僕の青嵐は神霊だけど、人には見えません。力だけを現し世に反映できる程度です。でも、瑪瑙姉さんの力は根本が違うんです。無から有を作り出す能力は、無から命を生み出す力です。姉さんはそれを妖かしに用いて試し続けて、無名を作り上げました」


「ということは、無名は妖かしなのか?」


「妖かしの一部を拝借しているんです。だから妖かしの世界に行くと妖かしの力だけが抜けてしまうんですよ。はっきり言うと、彼は妖し世にいる限り人間と変わりないということです」


「俺と変わらないってことか」


「はっきり言うとそうですね」


 それなのに、瑪瑙はなぜ今回晶良についていけと言ったのだろうか……。それがわからない。そんなことを話しているうちに、あっという間にペントハウスにたどり着いてしまった。

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