第2話

 陽仁は何度も光輝に電話をかけてみたが、やはり結果は同じだった。圏外とも出られないともなんのアナウンスもなく、ただ呼び出し音が鳴り続けるだけなのだ。留守番電話にもならない。


「光輝さんにはGPSが取り付けられていたんだよな?」


「柘榴姉さんはチャットでそう送ってきましたね」


「そのGPSでもわからなかったのかな」


「柘榴姉さんなら衛星電話が使えるはずですから、圏外になることはないと思いますし、GPSを捉えきれないなんてことないと思います」


 それでは光輝は一体どこへ行ったのだろう。それともわざとGPSを自ら取り去ったのだろうか。

 結局光輝とは連絡が取れないまま、駄目元で柘榴に電話をした。


『なんだ、陽仁』


「柘榴さん、こんばんは、あの」


 陽仁は言うことを整理しながら話そうとした。


『速やかに要件のみ伝えろ』


 苛立たしげに、柘榴がちっと舌を鳴らす。光輝と連絡が取れないことを柘榴も心配しているのだろうか。


「チャットと同じ件です。光輝さんのことで……」


『光輝とは連絡は取れない。わたしが視ても、GPSを受信しても、一箇所から動かない。場所は、山梨の富士山麓にある施設だ』


「え?」


 陽仁は耳を疑った。


「それって俺たちがいた施設ですか!?」


『お前たちがいた施設と同じかはわからんが、チャットから傍受した情報では位置的に重なる』


 陽仁は愕然として黙った。あの場所の何処かに光輝がいたのだ。釈の合宿に行ったはずの光輝が。自分たちがもう少し粘っていたら、光輝は見つかったのだろうか。


「陽仁さん……?」


 晶良が心配して声をかけてきた。電話口で柘榴が命じた。


『晶良に変われ』


 言われるままにスマホを晶良に渡す。


「姉さん、光輝さんはやっぱりあの施設にいるんですね? じゃあ、僕、戻ってみます」


『駄目だ。我々は出動の準備を整えている。すでに施設前に待機した状態だ』


 スマホから漏れ聞こえてくる柘榴さんの言葉を聞いて、陽仁は呆然とした。柘榴の行動力は半端ない。それ以上に光輝の危機に対する対処が半端ない。


「光輝さんはあそこにいるのか。光輝さんはそんなに重要人物だったのか」


「多分。それに光輝さんの能力は人に憑いたものを見るだけじゃないんです。その人間の本質まで見抜くことができるんですよ。彼が一人で行ったのは釈に関係する人間の本質がわかったからです」


 晶良が電話口から柘榴に話しかける。


「姉さん、本当は光輝さんから連絡があったんでしょう? だからすぐに突入の準備ができたんでしょう?」


 柘榴の沈黙が耳に痛い。陽仁は固唾を呑んで返事を待った。


『中身が違うと言っていた。何かと入れ替わっているとな。それだけだ。我々が相手にするのは人ではない。本質は人ではないものだ』


「僕もそれは感じていました。でも確信がなかったんです。空っぽに見えたから」


『あれは容器だと言っていた。お前が説明したように人間の欲を溜めておく容器だ。他の人間はその欲でいっぱいになっていたが、釈だけが空だったと最後に報告してきた』


「空っぽ……容器……欲でいっぱい……。陽仁さん、釈とお友達クラブと焦げ跡が繋がった気がします」


「どういう意味だ?」


『なんの話をしている。これ以上無駄話を聞いている暇はない。切るぞ』


 晶良が慌てて続けた。


「待ってください、最後に一つ。弥勒院海みろくいん かいという男性が実在しているか調べてほしいんです」


『要件はそれだけか? 時間がない』


 待ってくれという言葉も聞かず、柘榴は電話を切ってしまった。きっと突入の合図をするためだ。あの施設を制圧したとして、光輝さんの身は無事なのか、わからなかった。


「釈はみんなの欲を吸い取っていた……、釈の講演会で代理をした男性もそうです。僕は能力を閉じていたから全てを見ることはできなかったけど、あのときすでに光輝さんには見えてたんだと思います。あの男の人が体に欲を溜めていたのを」


 晶良はここで陽仁の様子を窺った。


「あの時光輝さんは何も言ってなかったけど、合宿に参加するって言ったのはそのせいだったのか……」


「そうですね。お友達クラブのリーダー格の相良さんもなかが空っぽで、僕が見た限り、子供たちの欲を吸い取っていました。吸い取った欲はどうなるんでしょうね」


「それがわかったら、誰が何をしようとしてるかわかるんだな?」


「その通りです。最後に、忠明さんが父親の鳥羽さんから譲り受けた変なもの。あれも欲を吸い取りますよね。そして誰かがその欲を取り去っている」


「でも誰が浄化しているかわからないじゃないか」


「そこが問題です……」


「じゃあ、今のところわからないのは鳥羽さんの変な瓢箪型のものだけか? でも、相良が言ってたじゃないか。あの瓢箪は卵で、素晴らしいものが生まれるって」


「問題はそこです。最後に会った、弥勒院さん。あの人は空っぽじゃなかったんです……。見ただけじゃわからないですけど、普通の人に見えました。それが不思議で名刺をもらって会ってみようと思ったんです」


 何か手があるのかと陽仁は思って晶良に尋ねる。


「弥勒院に会ってどうするんだ? 釈と関係あるのかって聞くのか?」


「僕が知りたかったのは、あのエクセレントクラスという特別室のなかです」


「でも、入れなかったじゃないか」


「陽仁さん、弥勒院さんの名刺を見てください」


 そう言って晶良がショルダーバッグから弥勒院の名刺を取り出して見せた。


「住所が二十三区内に三カ所あるな……」


「その一つが忠明さんの事務所の近くにあるんです。もしかしたらと思うんですけど、ちょっと忠明さんにカマをかけてみませんか?」


「カマ?」


「ええ、瓢箪を譲り受けることになったって」


「うまくいくかな……?」


「やってみないとわかりません」


 陽仁は早速忠明の事務所に電話をかけてみた。


『どうしたんですか? あれについてはもう話しませんから』


 電話口に出た忠明は陽仁のことを異様に警戒しているようだ。


「実は、弥勒院さんと偶然知り合いになりまして、瓢箪を譲ってもらえることになったんです」


 忠明の沈黙が耳に痛い。陽仁は辛抱強く待った。


『……弥勒院さんがですか? あなたを選んだんですか?』


「正確には一宮のほうですが」


『あちらのほうですか。それは良かった。一宮さんも他の方と同様に素晴らしい卵を手に入れられたんですね』


 忠明の声が興奮に上ずってくる。


「まだ、浄化はしてもらってないんです。でも俺たち以外にその卵とやらを受け取ってる人がいるんですか?」


『ええ、選ばれた人間だけが、卵を手に入れて、心と体を無にし、素晴らしい世界へ生まれ変わることが約束されているんです』


 夢見るようなうっとりとした声が電話の向こうから聞こえてくる。


「選ばれた人間……」


 晶良もそれを聞いて怪訝な顔をする。選ばれた人間。弥勒院が口にした言葉だ。


『全国にわたしのような選ばれた人間がいるという話です。弥勒院さんはそういった方々の卵を浄化して、わたしたちの体に巣食っている浅ましい欲を高次元のものに変えてくれるんです』


 忠明が弥勒院の口にした言葉をそのまま復唱した。


「ところで忠明さんはその浄化には何回参加されたんですか?」


『二回ほどです。行けば行くほど体と心が満たされていきますよ』


「じゃあ、俺たちも楽しみにしています」


『ぜひ、お勧めします』


 そう言って忠明は電話を切った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!