第3話 15R(改)

 ペントハウスに帰り、陽仁は合宿に行く準備を済ませた。晶良は帰ってきてからテレビも見ずに座卓に頬杖をついて考え込んでいる。

 多分今日の起こったすべて思い出して整理しているのかもしれない。

 夕飯の時間になり、帰ってきた陽向に手伝わせて料理を作ると、いつもどおり食事を始めた。そのころには晶良もいつもの様子で、テレビを付けて、食べながらそれに見入った。それを何度も陽向に注意されている。


「晶良ちゃん、テレビ見ながら食事をしちゃ駄目だって。お行儀が悪いよ」


「僕、今までこうしてて、誰にも何も言われなかったですよ?」


「それはみんなが晶良ちゃんを甘やかしてたからじゃないの?」


 すると、晶良が思いがけないことを言われたように目を丸くする。


「僕は甘やかされてたんですね。考えたこともなかったです。そういえば、姉さんたちはテレビを見てませんでしたね」


「翡翠さんだっていつもここに来ても、テレビ見てる晶良ちゃんを怒ったことないじゃん」


「そうですね。新しい発見です」


「新しい発見じゃないよ。ほら、ご飯こぼしてる」


 そう言いつつ、陽向が晶良を甲斐甲斐しく世話しているのを見て、やはり兄として陽仁は深いため息をついた。

 食後、三人で珍しく紅茶とケーキを食べながらとりとめのないことを話していると、陽向がぼそっと言った。


「明日さ、アニキ、合宿に行くでしょ」


「ああ」


「あたし、行かなくてよかったー」


 陽仁はあれほど行きたがっていたとは思えないようなことを言う陽向を不思議そうに見やった。


「どうしたんだ?」


 晶良も顔を上げて、陽向を見つめる。


「みほりんがさ、合宿に十人以上連れていけるから、自分もエクセレントクラスになれるってしつこいんだよね」


「エクセレントクラス?」


 陽向がショートケーキのいちごの部分を口に含む。


「うん。なんかね、お友達を五十人にするとリーダーになれて、百人に増やすとエクセレントクラスっていうのになれるんだってさ」


 陽仁は呆れた。


「階級があるのか」


「それ聞いたらさー、みんな白けちゃって」


 それはそうだろう。単純にお友達と一緒に遊ぶのと意味が違ってくる。お友達を何人集めたら何になれると聞けば、友達をステータス代わりにしている幼い子供は反感を覚えるはずだ。


「それでどうしたんだ」


「んーん……みんな行かないって決めた。でもみほりんには秘密」


(子供は残酷だな……)


 苦笑せざるを得ない。そうやって異物を自然淘汰していくのだろう。陽向とその友達は、みほりんという異質な存在を排除したのだ。


「だから晶良ちゃんたちもやめていいんだよ?」


 陽向がケーキを巻いていたセロファンを器用にフォークで丸めて皿の上に置いた。

 晶良がケーキを頬張りながら笑顔で答える。


「僕たちは行きますよ。別にお友達になる必要なんてないですから。それに、みほりんさんはお友達をなくしたばかりでしょう? だからすごく寂しくて、そういうことを言っちゃったかもしれないですよ。気にしないでみほりんさんとまた遊んではどうですか? それでも嫌だったら、お友達をやめたらいいと思います」


 優しく諭す晶良を見て陽仁は内心ホッとした。


「うーん、晶良ちゃんがそう言うなら。みんなにもそう言ってみる」


(陽向は素直だなぁ……)


 アニキ心で陽向を褒める。色眼鏡無しで自分の妹は性格がいいと思う。喧嘩もするが、あのくらいかわいいものだ。目を細めている陽仁を見て陽向が気味悪そうに言った。


「何? アニキ、ニヤニヤして気持ち悪い」


 一気に心がどん底に落ち込む。やっぱり子供は残酷だとひとりごちた。

 陽向が宿題をするために部屋に戻ったあと、陽仁は晶良に尋ねた。


「今日、相良さんがいたろ?」


「ええ、何か話してましたけど、どうかしたんですか?」


「お友達クラブのバーベキューに行ったときに、世話してた連中がみんな瓢箪の形したブローチしてたの覚えてるか?」


 晶良があの時のことを思い出すようにまばたきをした。


「ああ、そういえばしてましたね」


「今日行ったセミナーのスタッフがしてた腕章覚えてるか」


「ええ」


「あれにも同じような形のロゴがあったろ?」


「そうですね」


「あれはなんだって相良さんに聞いたら、卵だって言うんだ」


「卵?」


「ああ、素晴らしいものが生まれる象徴らしい」


「素晴らしいもの……」


 晶良がしばらく考えてから呟く。


「きっととんでもないものが生まれる卵ですよ……」


 その言葉が何かを予兆しているように聞こえて、陽仁は背筋が寒くなった。





 合宿当日、早朝からバスの到着場へ足を運び、単身、光輝は釈の合宿に参加した。

 バスを使って富士山麓の合宿施設まで連れてこられ、まず釈から受けるミーティングをすっぽかして、早速館内を見て回った。

 タバコが吸えないことで少し苛々しながら、スタッフが入っていった廊下の隅にある扉を開けた。案の定、エレベーターがある。


(これで表記されてない八階に行けるか)


 念のために術式で式神を配置する。誰か来れば伝言を相手に伝えて、なおかつ自分にわかるようにするためだ。八階まで行ってしまえばあとはどうにでもなる。

 それに、柘榴には報告をちゃんとした。


(無茶はするなってあいつに言われそうだな)

 光輝は口の端を歪めた。そっと左指の指輪を見る。

(あいつと約束したもんな……)


 エレベーターはやがて八階に到着して、軽やかな機械音を立てて開いた。他の階と違いシックな黒絨毯だ。光輝はその絨毯を踏みしめて廊下の端にある扉に向かって歩き出した。


 扉は白く塗られて、ノブは金色だ。この中に何があるかわからないが、異様な感覚がそのドアから滲み出てきてくる。ドアノブを中心に空間が歪んで見えるのだ。皮膚にチリチリと静電気が走る。ただならぬものであることは間違いない。

 ドアノブに手をかけるとたやすく開いた。

 誰もいないと、一瞬そう思った。


(ミーティングすっ飛ばしてここに来たからなぁ……)


 それなのに一歩踏み込むのがためらわれる。ここに入れば、もう二度と戻れない気がする。だが、自分にはGPSが取り付けられていて、零課にはすぐにわかるようになっている。それが光輝に隙を見せた。

 深く息をついて光輝はなかに踏み込んだ。暗い部屋の正面に足のないベッドが置かれている。そこに人が横になっているのが見えた。


「気が早いのね、一足先にようこそ」


 女の声だ、しかも若い。十代くらいだろうか……。けれど灯火もない部屋では見通せない。


「こんな場所にこんな部屋があるとは思わなかったよ」

「ここはエクセレントな人間が来れる部屋なの。あなたはエクセレントな人かしら……。あぁ、でもすごく魅力的な欲を持っているのね。憎しみと愛と自己嫌悪と絶望と……美味しそうね。こっちに来て」


 一歩踏み込んでしまうと体が自分の意志では動かなくなった。

(くっ……)

 光輝は式神を飛ばすために真言を唱えようとした。が――。


 一瞬のうちに、目の前に黒髪の女が立っていた。長い黒髪が裸体にとぐろを巻く。


 長い前髪が黒目がちのつぶらな瞳を隠している。赤い薔薇ばらのような唇と紙のように白い肌。青く静脈が皮膚の下に浮いている。

 盛り上がった胸には桃色の茱萸ぐみのような○○。細いくびれた腰にまだ生えそろっていない淡い○毛。体臭はどことなく膿んだような甘ったるさがある。


 顔は形容しがたい。恐ろしいほど整った面立ちだ。あまりにも整いすぎて人間らしさがない。

 予想と違い、女の中身は空っぽではなかった。得体のしれないものがぎっしりと詰まっているのに、それは臓器にしか見えない。臓器に見える何かだ……。


(いつものやつと違う……)


 光輝がたじろぐと、女が笑う。


「その力、余計なものをてしまうようね。でも、欲しいわ……。封印を解く力の足しになるかも」

「何、言ってんの。力なんて俺は知らねぇよ。それとも、あんた、裸で俺を誘惑してんのかな」


 女が嫣然えんぜんと唇を横に伸ばしてニィッと笑う。光輝を見上げる瞳に微かな媚が浮かんでいる。けれど、それもやはり演技のように空々しい。少女に似つかわしくない甘ったるい声が漏れる。


「くく、そうよ、誘惑しているの」


 女のスラリとした両腕が光輝の首に絡みつき顔を寄せた。鼻先に唇を這わせて、信じられないくらい甘い息を吐きかける。赤い舌を伸ばし、鼻先をちろちろと舐める。


「わたしを見てこらえられるかしら」

「あんたみたいなガキに勃つわきゃないだろ」


 試すように女が赤い舌先で光輝の唇をツツッと舐めた。それから唇を割り、異物のような生温かい塊で歯列を割って、光輝の舌に擦りつけてくる。貪るように唇を重ね、少女とは思えない力でさらに部屋の奥へと引きずり込む。


 光輝は革靴の爪先で絨毯を蹴りつけながら抵抗するが敵わない。ずるずると引きずられて部屋のなかへ入ると、空気が明らかに変わった。

 麻薬のようなキスに光輝の頭がクラクラとしてくる。女の唾液が神経を高ぶらせて否が応でも体が反応する。強気に光輝は少女に笑ってみせる。


「ちょっとおいたがすぎるんじゃないか……」


 そう言って、女を引き剥がそうとするがなぜかできない。手足から力が抜けてくる。それなのに意思とは無関係に○○が持ち上がり硬くなってくる。少女に力づくでベッドに引き倒された。

 ベルトを引き抜かれ、ズボンを引きずり降ろされて、力なく横たわる自分にまたがり微笑む少女を見上げる。


「何するつもりだ……」

「あなたに今からめくるめくような快感を与えてあげる」


 そう言って、女は光輝の意思とは裏腹に○○した○○を赤く熟れた○○の○へ導いた。にゅちゅと○○が硬くなった○○にまとわりついて○○込んで離さない。温かく柔らかな肉の中で、○○はさらに硬度を増す。○から溢れる甘酸っぱい蜜が、光輝の鼻腔をくすぐる。それ以外にも膿んだ傷跡が放つ甘い匂いも漂い始めた。


 女が艶かしく腰を揺らすたびに○○で○○○が擦られて引き絞られる。

 信じられないほどの快感が下半身ではなく、脳髄にネバネバと触手を伸ばして締め付けてくる。まるでそれは粘着質の産卵管が快楽の卵を光輝の脳みそに産み付けていく。

 それと同時に○○に締め付けられる○○から、何かが吸い取られているのを肌で感じる。


 女が髪を振り乱し、胸を震わせ、くいくいともっと○○に○○が当たるように腰を振る。


「素晴らしいわ。あなたがもっと欲しい。きっと役に立つでしょうね」


 そう言いながら、女は自分のゆさゆさと揺れる○○を持ち上げて、梅の蕾に似た○○を○○んで○○りだした。


 下腹部と腰に女の髪と白い尻がねちゃねちゃとした生温かいスライムのようにまとわりついてくる。光輝は自分の腰を包みだしたものを目にした。漆黒の、ミミズのような触手を持つたとえがたい何か。女の腹から下が得体の知れないものに変化していく。


 とろりと白い肌が崩れて表皮から滑り落ちていく。皮膚の下には白い脂肪が薄く筋肉にまといつき、それが火にあぶられたバターのように溶けていく。

 豊かな○○が重さに耐えきれず、胸筋からずり下がり、ぼとりと光輝の胸に落ちて潰れた。それなのに、女の顔と黒々とした髪だけが変わらずそこにある。


 筋肉も型くずれ、青黒い内臓が重さで女の股ぐらに溜まっていく。それらをどす黒く変色した女の下半身が拾い上げてともに溶け合う。

 腐敗した死体が光輝の体を舐め尽くす。○○○を包む○だけが生きているように蠢いている。


 どろどろに溶けた人間の残骸が、臭気を伴いながら光輝の○○○を貪り、精を絞り尽くしていく。


「うあぁ……」


 光輝の声に気づいた女が赤い唇を釣り上げて笑った。


「駄目ね、この体……。どうしても形を保っていられないのよ……」


 果てのない愉悦が光輝の体を蝕んでいく。霞む意識の底で、GPSで自分のもとに、早く零課の人間がたどり着いてくれることを祈った。

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