第4話

 外から見るとなんの変哲もない施設だ。厳重に鉄柵で門が閉められている以外は。

 光輝は車を門の前に止めて外に出て、門に設置してあるインターホンに呼びかけると、鉄柵が自動的に開いた。

 再び車に乗り込み、施設内の駐車場に停める。

 三人は降りて、施設の外にあるシャッターの前に立った。


「ブツがでかいんで、ここにしか置けないんすよね」


「でかい?」


 光輝がシャッターをガラガラと押し上げた。なかには高級そうな黒い車があった。


「車……?」


「誰の車だと思いますか?」


 ニヤニヤしながら光輝が言った。


「誰ですか?」


 晶良が尋ねると、光輝が答える。


「鳥羽ですよ」


 陽仁は息を呑む。あの失踪した鳥羽の車なのか。


「息子から失踪届が出たんで、念の為に行って家中見てから車を調べたんすよ」


「車を? なぜですか」


「車で出かけると言って家を出た鳥羽が、車にも乗らずにいなくなったって言ってるんすよ。そんで、課長が車を調べろって言いましてね」


 光輝が運転席側の扉を開いた。

 陽仁もなかを覗いたがどこか違和感がある。その違和感にはすぐに気付いた。シートベルトがかかっているのだ。思わず声を上げる。


「お、さすが総領さんのマネージャーさんだな」


「晶良です。確かに運転席に焦げ跡がありますね」


「黒いから見逃しがちですがね」


 晶良が腑に落ちたように呟く。


「みんな失踪したんじゃない……。消えたんですね」


「で、調べたら出てきましたよ、釈の本。サイン入り」


 陽仁はもう一度つばを飲み込んだ。





(――で、なんでこの人うちにいるんだ?)


 陽仁は夕飯の準備を終えて座卓に料理を並べながら、陽向の横にあぐらをかいている光輝を見た。陽向は緊張しながらも気を遣って話しかけている。

 晶良は晶良でマイペースにテレビを付けて、陽向の話とテレビと交互に見ては適当に相槌を打っている始末だ。


(晶良のせいだった……)


 最後の料理をどんと座卓の真ん中に置く。


『光輝さん、ご飯どうですか?』


 総領の夕飯の誘いを断れるはずもなく、光輝も居心地悪そうに生活感たっぷりの畳の壇の上にいる。なんだかこういう家族の和気藹々とした雰囲気が苦手のようだ。


「へぇ、マネージャーさんは料理もできるんだ。おふくろみてぇだな」


 それに対して陽向がここぞというふうに兄への不満を漏らしている。


「そうなんですよー。買い物もチラシを見比べて十円でも安いところにしろってうるさいんです」


「こういう家庭料理久しぶりだわ」


 目の前に並べられた和食の数々を光輝は眺めている。


「いつでも嫁さんになれるな」


「はははは」


 今度は陽仁が乾いた笑い声を上げた。


「彼女さんも彼氏がこんだけ料理できたら嬉しいだろうねぇ」


「彼女いませんから、俺」


 座卓の側に炊飯器を持ってきて陽仁が不機嫌そうに答えた。

 晶良がニコニコしながら光輝に言う。


「陽仁さんはお料理だけじゃなくてなんでもできるんですよ」


 自慢気に話してくれるが、陽仁はあまり嬉しくない。できれば、こういう手料理は本当に彼女に食べてほしいけれど、まだ子供の陽向をおいて結婚を考えることもできないし、陽向が一人でなんでもできるまであと数年はかかる。それまでは一人で十分だった。


「マジでアニキってお母さんみたいに、あれしろこれしろとか言ってくるんですよ」


 味噌汁をみんなに手渡しながら陽向が口を尖らせる。


「お前が子供だからだろ」


 陽仁はご飯をよそって、光輝に手渡す。


「どーも」


 ご飯の準備ができると、ようやく陽向と晶良が箸を手に持って口を揃えて「いただきます」と言って食べ始めた。光輝は煮物を箸に取って黙々と口に運んでいる。


「光輝さんは柘榴さんと働いてるんですよね? やっぱり特殊能力とかあるんですか?」


 陽向が子供らしい図々しい好奇心をむき出しにして光輝に尋ねた。


「そうだなー、憑かれた人間を見分けられるとかだな」


 光輝は言われ慣れしているのか気にしてないようで、皿に盛られた料理を次々に食べていく。


「へぇ、じゃあ、あたしになんか憑いてますか!?」


 光輝がちらりと陽向を見やる。


「君には何もついてないよ。ふつーの中学生」


 陽仁は陽向が余計なことを言いませんように、と祈りながら黙って夕飯を食べていたが、やっぱり妹は余計なことを言った。


「うちのアニキはどうですか?」


「ふつー。顔と同じ」


 その言葉に陽向が失礼なほど笑い転げている。


(こいつ……、あとで締める)


「じゃあじゃあ、晶良ちゃんは!?」


 陽仁は妹の言葉に呆れる。まさか主人にあなた憑いてますよとか言わせたいのか。


「総領さんは後光が見えますね。眩しくて顔が見えない」


 光輝の言葉に思わずご飯が喉に詰まった。


「グッ」


 陽向が茶を手に取る陽仁を怪訝そうに見る。

 晶良が口いっぱいに頬張りながら言い返す。


「晶良です。いい加減総領って呼ばないでください」


(後光については触れないのかよ……)


 陽仁は茶を飲みながら喉に詰まったおかずを流し込んだ。


「後光って、天使みたいなアレですか?」


 すると、光輝が箸を休めて、少し上を見て答えた。


「あー……、仏さんの後光だな」


 陽向はその言葉にキョトンとした。陽仁が代わりに尋ねる。


「要するに、あれですか? 仏様の光輪みたいなのってことですか」


 光輝が箸を振って肯定する。


「そーそー。その光輪ね」


 陽向が目を大きくして晶良を見つめる。


「晶良ちゃんには仏様が憑いてるの?」


 晶良が苦笑する。


「そういうのが見える人はいますね。でも仏様は人間に憑いたりしないですから」


 光輝がおもむろに陽仁に言った。


「マネージャーさん、ビールあるかな? やっぱ、こういう和食にはビールだよな」


(ずっ、図々しい……)


 陽仁も苦笑いを浮かべて断る。


「ありません」


 光輝はわざとそういうことを言ったようで、ニヤニヤしている。


「ないのかぁ、残念だなぁ」


 わざとらしく首を振りながら言った。


「あ、あたし買ってきましょうか!」


 陽向が余計な親切心を出して光輝に言った。陽仁はすかさず陽向に注意する。


「光輝さんは車の運転があるんだから飲めないの」


「あっ、そうか」


 陽向が失敗したとでも言いたそうな変な笑みを浮かべた。


「こういう妹持ったら、兄ちゃんはなかなか彼女作れないなぁ?」


 からかっているのがわかるだけに陽仁はムスッとして答える。


「いや、今は忙しいだけですから」


「彼女、作ったほうがいいんじゃねぇかなぁ? 男ばっかりだとむさ苦しいでしょ」


 すると陽向がムキになって言い返す。


「晶良ちゃんはむさ苦しくないですよー!」


「あーそうだねー」


 適当に光輝が受け流している。


(余計なお世話だよ……)


 陽仁は光輝がわざとふざけているように感じながら、食べ終わった茶碗を置いた。それからおかわりと差し出された晶良の丼を受け取る。

 丼に山盛りご飯をよそうと、晶良に手渡した。


「それで、光輝さんは釈のこと何かわかってるんですか?」


 晶良がもぐもぐと咀嚼しながら聞いた。


「釈ですか」


 陽仁も返事に注意を向ける。


「釈卓也がどうかしたの?」


 陽向が不思議そうな顔をした。

 光輝は陽向のことを無視して答える。


「今わかってるのは、公表してるプロフが全部虚偽だってことだけっすかね」


「えー」


 陽向が声を上げる。


「みんな釈卓也が東大出てるって信じてるのに。みほりんなんかすごい自慢してたし」


 光輝がわざとらしい笑みを浮かべて陽向に言い聞かせる。


「あれは全部ウソなんですよー」


「なぁんだ、嘘なんだ」


 陽仁は釈に別の意味で興味はあるが、学歴には興味ない。陽向が学歴を気にしたのは、まだ幼いからでもあるけれど自分の進路のせいだろう。

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