第3話

「大丈夫、僕がついてますから。それにリーダーより上の人たちを見てみたいんです」


 陽仁はため息をつく。こうなった晶良を止められる人間なんか見たことがない。彼の姉たちでも無理なのを知っている。晶良はこう見えて頑固なのだ。


「それでキャンプはいつなんですか? 陽向さん」


「八月一日から二日間だよ」


「再来週か」


「一緒に行きましょうね、陽仁さん」


「やっぱり俺もかよ……」


 晶良の言葉にがっくり肩を落とした。晶良は陽仁を連れてスタスタと相良のもとに戻ると開口一番に言った。


「陽向さんは行けませんけど、僕たちは興味あります。参加します」


 相良は顔色ひとつ変えず、微笑んだ。


「わかりました。陽向さん、今度は来てくださいね」


「……はい」


 すると周りにいた少女や美穂が非難する。


「えー、来るのやめたの!? なんでー」


 陽仁が代わりに答える。


「陽向が行っても大丈夫かどうか確かめてからじゃないとね」


 それを聞いて少女たちの顔つきが、同情するような表情に一変して陽向に声をかけた。


「陽向んち厳しいね」


 陽向は曖昧に笑って頷いた。





 翌日の午前中、零課の刑事、佐伯光輝が晶良のペントハウスを訪れた。

 玄関に現れた刑事は三十代半ばで無精髭を生やしている。くたびれた黒いスーツ姿で襟元を緩め、ネクタイを外し、スーツの袖を捲り上げどこかだらしなく着崩していて、男寡婦やもめをそのまま体現したような男だった。


「どーも。佐伯光輝です」


「上がってお茶でも」


 陽仁がそう言ってスリッパを出すと、光輝が手を振って言った。


「いやぁ、すぐ出かけませんか。結構回るんで」


「じゃあ、そこの椅子にかけて待っててください。準備してきます」


 刑事に見えない光輝にそう言って、陽仁は急いで晶良に準備させて玄関に出た。


「晶良さま、お久しぶりです」


 光輝が軽く頭を下げる。


「光輝さん、久しぶりです。でもいい加減、さまって呼ぶのやめてください」

「そりゃ、命令ですかね?」


 晶良がニコニコしながら答える。


「命令です」


「しょうがない総領さんだ」


「総領じゃありません」


「はははは」


 光輝が乾いた笑いを漏らした。陽仁は靴を履きながら、佐伯の人はみんなどこか変わってるなと思う。岡山で世話をしてくれた佐伯刑事はやたら気合が入っている人物だったし、今度は無気力ときている。


「下に車停めてますから」


 三人はペントハウスを出て、光輝の車に乗り込んだ。やに臭い。吸殻入れからタバコの吸殻が溢れている。

 陽仁がそれを眺めているのを見た光輝が言った。


「何回禁煙しても失敗するんすよ。あ、タバコ吸っていいすか」


 あえて禁煙できない理由について考えないようにして、返事をする。


「どうぞ」


「どーも」


 ヨレヨレの黒いジャケットのポケットから潰れたタバコの箱を取り出して、少し折れたタバコを口にくわえると百円ライターで火をつけた。そしてそのままエンジンを入れて車を発進させる。


「今から向かうところはどこですか?」


「都内十二ヶ所くらいですよ。疲れたら言ってください」


「遠慮なく言います。それで、どこも焦げ跡があった場所ですね」


「無論ですよ。課長が認めた厳選したとこばっかりです」


「柘榴姉さんはサイコメトリーをしても何も見えなかったって言ってましたけど、結局全員の家から釈卓也の本は見つかったんですか?」


 後部座席に座っている晶良をフロントミラー越しに見て、面白がるように光輝が笑った。


「ドンピシャでしたよ。やっぱ、総領さんはすごいなぁ。課長も驚いてましたよ」


「総領じゃないです。やっぱりあったんですね。釈卓也も調べてるんですか?」


「調べ始めたら、面白いですよ。釈の合宿に行って帰ってこないって訴えがいくつもあって。掘り出したらなんか出てくるでしょうね、総領さん」


「晶良です」


 また光輝が笑う。どうも本当に面白がっているようだ。

 車の運転は荒くて、カーブするたびに体がかしいだ。車の発進も停車も急だ。ガクガクと体が揺れて気持ち悪くなる。

 晶良は慣れているのか平気なのかぼうっと窓から外を眺めている。おもむろに車はマンションの前に止まった。


「着きましたよ」


 三人は車から降りて、高級マンションを見上げた。都内の一等地に建つマンションだから、億単位はするだろう。


「ここ……?」


 晶良の言葉に光輝が返事をする。口に咥えている短くなったタバコをペッと道路に吐き捨てた。


(うわ)


 陽仁はハンカチをポケットから出してそれを拾うと、さっさとマンションに入っていった二人を追った。

 部屋は五階、四LDKだ。


「どこに焦げ跡があったんですか?」


「風呂場ですね」


 三人で風呂場に行って見てみる。言われたとおり、バスタブのなかに焦げ跡があった。


「お湯は張ってあったんですか?」


 晶良の質問に、


「そうです。けど焦げてた」


 晶良はつぶさにすべての部屋を見ていった。けれど、釈の本以外めぼしいものは見つからない。晶良が釈の本を手にとって捲るとサインがあった。


「この人、釈さんのファンだったんですね」


「とりあえず全部見ましたけど、全員サイン入りの本、持ってましたよ」


「そうですか……」


「じゃ、次ですね」


 そんな調子で二十三区内を巡っているうちに空模様が怪しくなってきた。最後の一軒を回る前に、雨のなか、コンビニエンスストアに車を停めて飲み物を買った。

 光輝は全部吸い終わった煙草の箱を車のなかに放ると、タバコを買いに行った。晶良もついて車を出ると、助手席側に回って窓から声をかける。


「陽仁さんは買わないんですか? 買ってきましょうか」


「じゃあ、お茶」


 晶良が陽仁から金を受け取り、ウキウキした様子でコンビニに入っていく。晶良は陽仁たちと出会うまでコンビニすら知らなかったのだ。いまだにコンビニに来ると楽しそうに棚を見て回っては食べ物を大量に買ってくる。


 先に光輝が戻ってきた。バタンと音を立てて車のドアを閉めて席に座る。後ろに撫でつけた黒髪が雨に濡れている。


「総領さん、はしゃいじゃって。まるで子供っすね」


 陽仁は車内のゴミを拾ってダッシュボードに放り込んでいた。


「ああ、掃除っすか、気ぃ使ってもらってどーも」


「いや、こういうたちなんで」


 すると、光輝が笑った。何度も聞いた乾いた笑いだ。


「あんた苦労性だ。でも悪いやつじゃない」


「なんでわかるんですか」


 光輝が前を向いた。フロントガラスは雨に濡れて雨だれが伝って落ちている。向こう側が雨だれのせいではっきりと見えない。


「俺の能力。なんか憑いてたりすると顔が歪んで見えるの」


 顔が歪んで見える? と不思議そうにしていると、光輝が続けた。指をフロントガラスに向ける。


「ほら、ここ見て。向こうが歪んでるだろ。人も顔も歪んでる。こんなふうに見えるんだよ」


「じゃあ、今日みたいな日はわかりにくいですね」


 陽仁が言う。


「ははは。あんたにとってはそうだな。でも俺にはわかるんだよ、雨が降ってようと降ってまいと歪んで見える」


「じゃあ、憑かれてない人と区別がつかないんじゃないですか?」


 陽仁にとってはそれは素朴な疑問だった。


「憑かれてなかったら雨だれなんて関係ない。窓越しでも歪んでないし、まともに見える。そういうことなんだよ」


 そういう光輝の目はフロントガラスを通り越して何かを見ているように遠い目つきだった。


「お待たせしました。はい、陽仁さん、お茶」


 濃いお茶を出されて陽仁は受け取る。


「すごいなぁ、総領さんに買い物させるんだ」


「総領じゃないです。陽仁さんは友達ですから」


 そう言うと、買ってきたものを袋から出して晶良は早速食べ始めた。


「最後は物件じゃないんですよね。押収品なんです。まぁ、いずれ返さないといけないんで今のうちに見といてください」


 そう言って光輝は二十三区内にある零課の施設に車を向けた。

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