第2話

 どういうことなのか陽仁にはさっぱりわからない。ただ思いつくのはこの会場にもあの変なものがあるのかもしれないということだけだ。


「なんだろう……。そうだ、なんだか空虚です。なぜなのかはわからないですけど、普通幸せな人間はそれなりに欲を持ってます」


「幸せなのにか?」


「欲のない人間なんていませんよ。人は何らかの欲を持ってます。悪いほうに行くか良いほうに行くかはその人次第ですけど、ここにいる方たちにはそれがないんです。無欲とも違うし……なんだろう?」


 晶良がそんなことを言うのは珍しい。晶良にもわからないことがあるのだと思った。


「陽向たちはどこだ……?」


 陽仁は急に陽向が心配になった。こんな得体の知れない集団と一緒にしておけない気がした。親切だろうがどんなだろうが、晶良にこんなことを言わせる連中だ。まともなわけがない。


 陽向はバーベキュー機器の周りに寄り集まって美味しそうに肉を頬張っている。そしてそこで肉を焼いている好青年と話をしていた。

 陽仁は意識がはっきりしてきた晶良を連れて、近寄っていった。


「陽向」


 声をかけると、笑顔で陽向が振り向いた。


「アニキ」


 割り箸を持った手を振っている。近くには陽向の友達もいる。晶良が近づくと少女たちは照れたようににやけて、コソコソと小声で耳打ちし始めた。

 美穂も手を振って陽仁たちを呼んでいる。

 側に寄っていくとトングを持った青年がにこやかに挨拶してきた。


「今日は来てくれてありがとうございます。陽向さんの保護者の方だと聞きました。僕は相良さがらです。どうぞよろしくお願いします」


「どうも、諏訪です」


 青年は茶色に髪を染めてはいるが、ガラが悪いわけではない。むしろ普通すぎるくらいだ。青いシャツにエプロン、そして瓢箪型のブローチを付けている。


(この趣味の悪いブローチ、お友達クラブのトレードマークかなんかか?)


「肉、焼けてますからどうぞ食べてください」

 と、相良が言うと、横から美穂が割り箸と皿を手渡した。


 晶良が自分の皿にどんどん肉を盛っていき、むしゃむしゃと食べ始める。


「あ、あたしのもどうぞ!」


 なぜか、陽向の友達も晶良の皿に自分の肉をどんどん積んでいく。


「ありがとうございます」


 晶良がニッコリと微笑むと、少女たちがキャッキャッとはしゃいだ。


「みんな無邪気ですね」


(いや、みんなお前に夢中なんだよ)


 陽仁は苦笑いを浮かべた。

 そばに立っていた美穂が陽仁に話しかけてくる。


「相良さんは今日バーベキューを主催したリーダーなんですよー」


「あ、そうなんですか。陽向がお世話になってます」


「いえいえ、全然気にしないでください。僕らの趣旨はお友達を作ることなんですから」


 陽向が得意気に口を挟む。


「そうなんだよ、みほりんは相良さんと友達になって、悩みを打ち明けたら気持ちが軽くなったんだってさ」


「ふーん」


 相良は悪気など一切ない顔で微笑んでいる。


「相良さん、お肉お肉!」


 少女たちが焦げ始めた肉を指して騒いだ。それを相良が笑いながら相手をする。


「あ、ほんとだね」


 陽仁は晶良にこっそりと尋ねた。


「どうだ? 晶良」


「さっきの人たちよりも何もないです。そのかわり吸い込むほうはものすごいですよ」


 美穂が陽向たちと話をしている。


「だからさ、今度キャンプに行こうってば。みんなも来るし。お泊まり会、楽しいよ」


「みほりん、行ったの?」


「二回行った」


「どこであるの? 遠いと行けない」


「山梨。東京駅からバスがそこまで連れていってくれるよ」


「バスが来るの!?」


「そう、お泊まり会だけど、二百人くらいは来るんだ」


「えー!」


 話している内容は無邪気だが、二百人は異常だ。何かのイベントとしか考えられない。


「金がかかるんじゃないのかな?」


 陽仁は少女たちの会話に口を挟んだ。すると、相良が美穂の代わりに答える。


「かかりませんよ。そこで、みんな自分の悩み相談なんかするだけです。勉強も教えますよ、ちょうど夏休みだし、ちょっとした勉強合宿ですね」


「そこでも相良さんが主催するんですか」


 相良が少し黙った後に言う。


「僕たちの上に、五人ほどリーダーがいるんです。その方たちが主催です」


「じゃあ、施設とかの負担はその人たちが?」


「そうですよ」


「今日の催しも大変だったでしょう?」


 陽仁が何気ないふうを装って聞いてみた。


「僕たち、お友達クラブが大好きなんです。だからバイトも楽しいですよ」


「へぇ、バイトして費用を出してくれてるんですね。じゃあ、その合宿のリーダーはもっと大変だ」


「そうですね。でもお友達クラブのためだから」


(お友達クラブのためね……)


 白々しい印象だった。それに合宿の主催者を言うのを少しためらったのも気になる。それなのに陽向が無邪気に答えているのが聞こえた。


「行きたーい!」


 陽仁は目をむいた。


(そこで行きたいって言うのか、お前は!)


「じゃあ、参加決まりだねー」


「陽向、ちょっと来い」


 陽向が怪訝そうな顔をして陽仁を見る。 

 少女たちから距離を置いて、陽仁は陽向に言った。


「俺は許さない。行くのは駄目だ」


「なんで」


 陽向が明らかにむくれて言った。


「理由はどうであれ駄目だ」


「なんだよ、アニキのケチ。あたし絶対行くもん」


「絶対駄目だ。許さない」


「なんでよ!」


 陽向が珍しく声を荒げた。興奮しているのかまなじりが赤くなっている。


(陽向がここまで反抗するの、初めてだな)


 内心、陽仁は焦りながらも甘やかせないため、陽向を守りたい一心で言い聞かせた。

 いつの間にか隣に晶良が来ていた。


「いいか、晶良が変だって言ってるような連中と一緒にキャンプに行くのは駄目だ」


 陽向が目を大きく見開いて晶良を見やった。


「晶良ちゃんも駄目って言ったの? みんないい人なのに、変だって言ったの?」


 晶良が困ったように弁明する。


「さっきから見てて思い出したんですけど、僕、釈は空っぽだって言ったことがあったでしょう? あの主催者の方、釈卓也に似てるんです。陽向さんも釈の書いた本は空々しいって言ってたでしょう?」


 すると、反抗的にしかめていた顔を緩めて、陽向がかすかに頷いた。


「言った……」


「危険というより、心配なんですよ。普通、みんな良かれ悪しかれ欲を持ってます。でもここの大学生の人たちは何も持ってないし、さっきの相良さんは釈みたいに空に近かった。それどころかあなた方の欲まで吸っています。それなのに自我という欲が見えてこないんですよ」


「でも、いい人だよ? 欲を吸ってくれるなんていい人じゃん」


 言い負かされているのがわかっているのか、陽向が一生懸命に晶良に言い募った。


「自我がないってどういうことかわかりますか?」


「わかんない……」


「無欲とは違うんです。人間から欲を完全になくすってことは存在しないのと同じなんです。そんな人と一緒にいられますか?」


「でもいるよ? ほら」


 晶良が困ったような顔をした。


「説明が悪かったですね。はっきり言いますね。自我がない、存在しないっていうのは人じゃないってことです。あの人はもう人じゃないんです」


「人じゃないの……?」


 晶良がはっきりと告げた。


「ええ、そうです」


 そうなると陽向も観念したように押し黙った。


「行くって言っちゃった……断れない」


「俺が断るよ」


 陽仁が陽向に言い聞かせた。すると晶良がそれを止めて笑う。


「僕は行きます。そのキャンプに興味があるんで」


「え!?」


 陽仁はあからさまにいやな顔をした。晶良が人間じゃないと言い切った奴らと同じ施設に泊まるということは、化物と一緒に檻のなかに閉じ込められるようなものだ。

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